73:恋愛フラグ――破壊しますか?
謁見の間での一件が冷めやらぬまま、ソーマたちは女王エーメルに伴われて広間を後にした。
その背に突き刺さるような視線は、畏怖と敬意、そしてまだ拭いきれない疑念が入り混じっている。
応接間に案内され、女王が静かに口を開いた。
「……改めて、感謝を申し上げます。ソーマ殿、そして仲間の皆さま。あなた方がいなければ、世界樹は瘴気に侵され、我らエルフは滅びを迎えていたでしょう」
言葉は厳かでありながら、確かな温かみを帯びていた。
その声を合図に、従者たちが重そうな箱を運び込んでくる。
――ガチャン、と蓋が開けられる。
中には金貨の光、そして世界樹にいた大蛇の素材がぎっしりと詰まっていた。
「これが報酬です。さらに、討伐した大蛇の素材も……革、鱗、牙、血。すべて希少で、国でも取り扱いに困るほどの代物となるでしょう」
「お、おい……こりゃ大金持ちじゃねぇか!」
ジョッシュが目を丸くし、思わず身を乗り出した。
「鱗をオレのバットに貼りつけたら、最強だろ! 火も通さねぇし、剣すら跳ね返すかも!」
「……兄さん、浮かれすぎです」
クリスが小さくため息をつきつつも、口元は緩んでいる。
あの冷静な彼女ですら、珍しく嬉しさを隠しきれないのだろう。
そして、さらに従者が慎重に両手で抱えたものを運んできた。
それは淡い輝きを宿す一本の枝。
「……世界樹の枝……?」
ソーマが呟く。
枝はただの木片ではなかった。
白銀の光をまとい、かすかに鼓動するような生命の響きを放っている。
「そうです」
女王は深く頷いた。
「世界樹は救われたことで、自ら枝を一つ落としました。……これは世界樹が、あなた方に託すべきと告げている証。どうか、受け取ってください」
ソーマは仲間たちと視線を交わし、両手で慎重に枝を受け取った。
その瞬間、胸の奥にじんわりと熱が広がる。
ただの枝ではない。
――世界樹そのものの生命力が、自分たちに触れ、刻まれていくような感覚だった。
「……必ず、大切にします」
そう口にしたソーマの表情は真剣そのもので、女王もまた柔らかく微笑んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
儀式めいた厳かな雰囲気はやがて解け、場は祝宴へと移った。
精霊の光が森の木々に灯され、会場を優しく照らす。
長いテーブルには森で採れた果実や野菜、きのこ料理や香草を使った肉料理が並び、芳醇な果実酒の香りが漂う。
「うおーっ、この野菜シャキシャキだ! 味付けもうめぇ!」
ジョッシュは豪快に皿を空け、果実酒を片手に笑っている。
「兄さん、落ち着いてください……」
クリスは呆れ顔ながらも盃を受け、ほんのりと頬を赤らめていた。
彼女にしては珍しく、柔らかい笑みを浮かべている。
一方、エルーナは――
「ソーマ、これ。森の木の実を煮たやつ……甘いんだよ」
自分の皿から分けてソーマに差し出す。
「ありがとう」
ソーマが微笑むと、彼女の耳がわずかに赤く染まった。
その笑顔は、戦いのときの勇敢さではなく、年相応の少女のものだった。
ふと、視線を感じて振り返る。
宴の奥、銀髪と赤紫の瞳を持つ一人の女性が、静かにこちらを見つめていた。
「……ルーナ女王……」
ソーマが名を呼ぶと、彼女はわずかに口角を上げて杯を掲げた。
「面白いものを見せてもらったわ。……人間も悪くないわね」
それだけ言い残し、彼女は再び杯を傾ける。
深紅の瞳に宿る光は、どこか探るようでもあり、興味を抱いているようでもあった。
ソーマの胸の奥に小さなざわめきが広がる。
この旅で得たものは、世界樹の枝や報酬だけではないのかもしれない――そう思わされた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
露に濡れた森を抜けると、女王エーメルが見送りに現れた。
「本当に、もう行ってしまうのですね」
「はい。長く世話になりました。また、機会があれば……」
ソーマは深く一礼する。
女王の転移魔法によって港へ送られると、目の前には碧い海が広がっていた。
潮風が頬を撫で、遠くで白波が砕け散る。
「さぁ、船に乗ろうぜ!」
ジョッシュが肩を叩いて笑う。
その時。
「……待って!」
振り返ると、そこにはエルーナが立っていた。
彼女は息を整え、強い瞳でソーマを見据える。
「……わ、私も一緒に行きたい」
「……え?」
ソーマは思わず声を漏らす。
「昨日のうちに、ルーナ様には別れを告げた。……もう後戻りはしない。私は……ソーマたちと旅がしたい」
迷いのない言葉。
その瞳に映るのは、まっすぐな決意だった。
「マジかよ……すげぇ決断だな」
ジョッシュが口笛を吹き、クリスは複雑そうに眉を寄せた。
「エルーナ……本当にいいのですか?」
「うん」
エルーナは静かに、けれどはっきりと頷いた。
「私、自分の居場所を……ソーマと一緒に探したい」
ソーマは短い沈黙のあと、柔らかく笑った。
「……なら、歓迎するよ」
その瞬間、エルーナの顔は一気に花開くように明るくなった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
帰りの船は穏やかな波を切って進んでいく。
しかし――
「……う、ぐぅ……」
甲板にうつ伏せるソーマの顔は真っ青だった。
「ソーマさん、大丈夫ですか? 水を……!」
クリスが慌てて世話を焼く。
「待って! ソーマの世話は私がやる!」
エルーナが譲らず、クリスと睨み合う。
「だめです! 私が!」
「何言ってるの、私こそ!」
ふたりはソーマを挟んで小競り合いを始める。
ジョッシュは頭を抱え、肩をすくめた。
「ったく……やれやれだな」
波の音が心地よく響く中、ソーマはかすかに笑った。
そして――脳裏に、あの文字が浮かぶ。
《クリスティーナとの恋愛フラグが発生しました》
《エルーナとの恋愛フラグが発生しました》
(……死亡以外のフラグもあるのかよ……)
半ば意識朦朧としながらも、ソーマは苦笑する。
船は、地平線へと進んでいった。
第4章これにて完!
……もう1話だけ別視点で書かれた物語を書いて第5章へと続きます。
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