7:昨日のフラグ回収
「さて、とりあえずパーティーも結成したし、まずは現状の整理と、これからの目標を話し合いたい。そのためにも――腰を落ち着けられる場所が必要だな。二人は今、どこに泊まってる?」
冒険者がパーティーを組んだ時、まず決めるのが拠点だ。
宿の一室を長期契約することで、情報共有や緊急時の集合がスムーズになる。
余裕があるパーティーは小さな家を借りることもある。
単なる寝床ではなく――仲間と共に過ごす帰る場所となる。
「それなんだけど……俺たち、パーティー解散してからは孤児院に世話になっててな。空き部屋を借りてるんだが、さすがにソーマまでとなると難しいかも……」
「じゃあ、まずは拠点探しからですね。ソーマさんは今までの宿、どうしたんですか?」
「パーティー抜けた時に部屋を引き払ったよ。昨夜は姉さんの部屋に泊まった。やはり宿屋探ししかないな。家を借りる余裕はないし、早速探してみよう」
三人はエリアごとに担当を決め、手分けして宿探しを始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数時間後、冒険者ギルドに集合し、結果を報告し合う三人。
「俺の担当エリア、拠点用の部屋はどこも満室だった」
「こっちもダメだ。空いてたのは大人数用の部屋か、高級な部屋ばかりだ」
「私も同じです。一応孤児院にも確認しましたが、ソーマさんまで一緒だと難しいと……」
――やはり厳しい。
拠点は冒険者たちの生命線だ。
普通の宿部屋は空いていても、拠点契約となるとすぐに埋まってしまう。
春先から始まる争奪戦で埋まってしまい、ソーマたちのように急にパーティーを組んだ場合は苦労する。
「仕方ねぇな……中心街から外れた宿とか、大きめの宿も探すか」
ジョッシュがそう言った時、ソーマは昨日の別れ際の、おかみさんの言葉を思い出した。
――『困ったことがあったら、いつでもおいで』
確かに、そう言ってくれた。
だが昨日出ていったばかりのソーマが、翌日に『ただいま』というのはあまりにも気まずいし恥ずかしい。
だが――
「俺、一つ心当たりがあるんだけど……」
「お、どこだ?」
「……昨日まで俺が世話になってた宿だよ」
「……ああ、なるほど。そりゃ気まずいな」
ジョッシュが苦笑し、クリスも心配そうに眉を寄せる。
「それに……シオニーさんたちもそこにいるんですよね?」
胸の奥がざわついた。
問題はそこだ。
おかみさんはきっと変わらず迎えてくれる。
けれど、元仲間たちと顔を合わせることを思うと……怖かった。
だが、もう逃げるわけにはいかなかった。
「……行ってみよう猪熊亭に。空きがあるか分からないし、どうせ王都にいる限り、ユーサー達とはいつか顔を合わせる。なら、逃げるより先に進むための一歩にしたい」
「ソーマ……本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。もう俺一人の問題じゃないからな」
「……分かりました。でも無理はしないでくださいね」
そう笑ってみせて、三人は猪熊亭へ向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
赤く染まった王都の街並みを抜け、懐かしい木造の宿の前に立つ。
窓から漏れる灯りは温かい。
扉の向こうにあるはずの、変わらない日常を思い描きながら深呼吸し、ソーマは扉を押し開けた。
「お邪魔します。おかみさん、……えっ?」
ソーマの目に飛び込んできたのは壊れた受付カウンターと木片の散乱。
そして、その真ん中で木材と金槌を手に、黙々と修理作業をしている猪熊亭の主人ラントさんの姿だった。
「すまん、今はカウンター修理中でな。……って、おお、帰ってきたかソーマ」
振り向いたラントさんの笑顔に、ソーマの胸の緊張が一気にほどける。
「……ただいま、ラントさん。これ……一体何が?」
ソーマが戸惑いながら聞くと、ラントさんは金槌を肩にかけ、やれやれといった表情で首をかしげた。
「実はな……ユーサーたちとちょっとした一悶着があってな。それで、こうなったってわけだ!」
「いやいや、それだけじゃ分かりませんって! 詳しく説明してくださいよ!」
そこへ奥からおかみさんのマールさんが姿を現した。
「あらあら、どうかしたのかい? あら、ソーマちゃん。おかえり」
「……ただいま、戻りました。けどこれは……」
「まぁまぁ、長くなるから晩ご飯の後にしようかね。ちょうどいい部屋も空いたし、ゆっくりしていきな」
その声に、胸の奥のざらつきがすっと溶けていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ってわけで、あいつらが夜中までバカ騒ぎした上にソーマの事を悪く言うもんだからかぁっときてな……まぁ……やっちまったもんはどうしようもねぇ。事実は変わらねぇ」
「先代勇者のセンドリックさんがここでいろんな奴らを迎え入れてやってくれないか言ってたけどこっちにも限度ってもんがあるさ」
ラントさんとマールさんが、苦笑交じりに言った。
ソーマを思ってくれる二人の優しさに心がうたれる。
「契約、お願いします。ここを……俺たちの、帰る場所にしたいんです」
ソーマの言葉にラントさんとマールさんは顔を見合わせ、にっこりとうなずく。
「なら、名前を書きな。――新しいページを開こうじゃないか」
差し出された帳面の空白に、ソーマは震える手で署名する。
インクが染み込んだ瞬間、確かな実感が胸に灯った。
「ようこそ、猪熊亭へ。ここが、あんたたちのホームだよ」
マールさんの笑みに、ソーマも思わず笑ってしまう。
「お世話になります。また、よろしくお願いします」
「おかえりなさい……待ってたよ」
温かなその言葉に、ようやく心から息をつけた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
おかみさんに案内されたのは、かつてユーサーたちと過ごしていた、二階の奥の部屋だった。
窓辺に腰を下ろし、大きく背伸びをする。
腹いっぱいの飯で満たされた体は心地よく重く、だが胸の奥は妙に軽い。
月明かりに照らされた通りをぼんやりと眺めていると、あの時と同じ部屋なのに、空気がまるで違って感じられた。
「よし、作戦会議だ。俺の部屋に集まってくれ」
声をかけ、ジョッシュとクリスを呼び寄せる。
「まずは、俺の戦力確認からだな」
椅子にもたれながら腕を組む。
「冒険者になってからスキルが発動したが……『フラグが発生しました』っていう、俺の頭の中だけに鳴る謎の通知。正直、戦闘には役立たない。結局頼れるのは、親父仕込みの剣術と、お袋に叩き込まれた体術だ」
「スキルは発動したが相変わらずか……てか、その状態でよくユーサーたちと並んで戦えたよな」
ジョッシュが苦笑まじりに呟く。
「でも……このままじゃ危ないですよね」
クリスが眉を下げ、不安そうに口を開く。
「私も支援しますけど、ソーマさんが無理をしたら……」
「大丈夫だ。剣は相棒みたいなもんだし、俺にはこっちの方が性に合ってる」
ソーマは剣の柄に軽く手を置いた。
「スキルに縛られず、自分の身一つで戦うのも悪くない。むしろ……俺らしい気がするんだ」
クリスが微笑み、張り詰めた空気が少し和らぐ。
「じゃあ、次はクリス。学園時代はヒールと、シールドを使ってたけど……今は?」
「ヒールは安定して発動できるし、シールドも強度が上がりました。ブーストっていう補助魔法と結界魔法を使える様になりました」
「結界魔法! あれはマジですげぇよ」
ジョッシュが身振りで範囲を示す。
「これくらいの広さを丸ごとバリアで覆って、物理も魔法も完全にシャットアウト!」
クリスは照れ笑いを浮かべ、ほんのり頬を染める。
「……で、ジョッシュ。お前のギフトはどうなんだ? 学園時代、スキルが使えるようになってただろ?」
「……ああ、それな」
ジョッシュはちょっとバツが悪そうに頭をかく。
「俺のギフト、【野球】なんだけど……いまだによく分かってねぇ」
「野球……」
胸の奥が一瞬ざわついた。
遠い記憶のどこかで、確かにその言葉を知っている気がした。
だが、靄がかかったように思い出せない。
「最初、野生の球かよって笑ってたんだけどな」
ジョッシュが苦笑する。
「蹴ったり転がしたり色々試したが、投げる動作だけ異様にしっくりきてさ。で、ある日突然【魔球ストレート】って魔力を球にしてぶん投げるスキルが発動したんだよな」
右手に青白い魔力が集まり、小さな球体が生まれる。
淡く輝きながら、彼の掌で脈打っていた。
「今は威力も安定してきた。クリスの魔法に守ってもらいながら後衛から投げ込めば、十分戦える……野球が何なのかは相変わらず謎だけどな」
球体はすっと掻き消え、ジョッシュは肩をすくめる。
「これが今の俺の戦い方だ。もっと先がある気がするが……今はとにかくこれを極める」
その言葉に迷いはなく、瞳には強い決意が宿っていた。
「……よし、戦力確認は以上だな」
ソーマの声に、二人は同時に頷いた。
「俺が前衛で剣を振る。ジョッシュが魔球で攻撃。クリスが回復と防御。――最低限の形は整ってる」
「連携さえ取れれば……きっと戦えます」
「いや、絶対いける。だって――」
ジョッシュがにやりと笑い、拳を突き出す。
「俺たち、学生の時からずっと一緒だっただろ?」
その言葉に、ソーマとクリスは顔を見合わせ、同時に笑った。
たとえギフトが不完全でも、スキルが使えなくても──
それでも――今、三人は確かに一つのチームになった。
猪熊亭の夜は静かに更けていく。
だが胸の奥では、確かに新しい物語が動き出していた。
ちなみに作者は某赤い球団ファンです。
最近は3連覇した時よりは熱は引いて見ています。
どうせ勝てないだろうという気持ちで見始めると負けた時のイライラは減りました。
呆れる事が増えました。
でも好きなんですよねぇ。
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