69:崩れゆく戦線と最後のフラグ
轟音と共に、黒き巨蛇の尾が地を薙いだ。
空洞の床が爆ぜ、巨大な石柱が粉々に砕け散る。
岩片が雨のように降り注ぎ、兵士の悲鳴と共に血飛沫が舞った。
「くっ――!」
ソーマは仲間を庇うように飛び込み、必殺の一突きで尾の一撃を受け止めた。
刹那、全身の骨が悲鳴を上げ、衝撃で視界が真っ白に弾け飛ぶ。
「ぐぅぅぅ……っ!」
弾き飛ばされ身体が岩壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。
喉に血の味が広がった。
「ソーマさん!」
クリスの悲鳴。
彼女は息を荒げながら両手を掲げ、光の障壁を展開する。
迫り来る瘴気が弾かれ、ソーマの体を覆った。
「大丈夫だ……まだ、戦える!」
血混じりの息を吐きながら、ソーマは剣を握り直した。
だがその声は、自分に言い聞かせるような震えを帯びていた。
戦況は刻一刻と悪化していた。
周囲に布陣していたエルフ兵士たちが次々と崩れ落ちていく。
瘴気に肺を焼かれ、視界を奪われ、武器を取り落とす音が重なった。
「か、体が……動かない……!」
「ぐっ……視界が……!」
その呻きは、ソーマの視界に無数の赤い光として浮かび上がった。
(また……! また全員が死ぬ未来を見せられるのか! 壊さなきゃ……!)
《フラグ解析開始……》
《因果構造:複雑化……異常値上昇……》
《提示:撤退を推奨します》
「撤退……?」
ソーマは荒い息を呑んだ。
確かに、今のままでは勝てない。
撤退すれば仲間の命は救える。
だが――
「退いたら……エルフ兵は全滅だ!」
ソーマは自分を奮い立たせるように叫んだ。
「ソーマ、現実を見ろ!」
ジョッシュが血に濡れた顔で怒鳴る。
「こっちが生き延びなきゃ意味ねぇだろ! 全員死んだら、何を守ったことになる!?」
「でも……世界樹の根は!」
エルーナが唇を震わせる。
「ここで食い止めなきゃ、森も、大陸も……!」
その叫びと同時に、巨蛇の顎が不気味に開いた。
漆黒の瘴気が奔流となり、空洞を埋め尽くすように吐き出される。
「【セイクリッドバリア】!」
クリスが結界を張るが、圧力で罅が入り、全身を震わせた。
「も、もう……限界です!」
「くそっ……!」
ソーマは剣を地に突き立て、視界に浮かぶノイズ混じりのウィンドウを睨む。
《解析継続中……》
《対象存在=■■■■■■■■■■……ダンジョンコアとの同化を確認》
《更に、世界樹の根と同化進行……》
《提示:撤退を推奨します》
「……ダンジョンコア……!?」
ソーマの顔から血の気が引いた。
(あれはただの魔物じゃない……ダンジョンそのものの核が、姿を取っている……! しかも世界樹の根と融合……倒すことは、無理なのか……?)
その考えに胸が締め付けられる。
撤退すれば、エルフ兵たちは見捨てることになる。それで本当にいいのか?
迷いの一瞬――巨蛇の尾が振り下ろされた。
「ソーマァッ!」
ジョッシュが割り込み、バットで受け止める。
骨が悲鳴を上げ、腕から血が噴き出す。
「っくそ……折れたかもな……!」
苦悶に歪んだ顔で、それでも彼は笑った。
「……早くどうするか決めろよ、ソーマ!」
「ジョッシュ……!」
ソーマは唇を噛み切り、血の味を広げる。
その時――
「ソーマ! 見て!」
エルーナの叫び。
彼女の放った矢が、巨蛇の肩口に突き刺さっていた。
通常なら鱗に弾かれるはずの矢が、淡く光を放ちながら肉を裂いていた。
「……効いてる!? 何をしたんだ?」
ソーマの目が見開かれる。
「私の魔力を込めた特製の矢なら、鱗を貫けた!」
エルーナは必死に弓を構え、震える声で続けた。
「でも……矢の残りは……!」
矢筒の中は、数本しか残っていなかった。
到底、この巨躯を仕留めるには足りない。
「……でも、魔力を一点集中すれば突破できるかもしれない……」
ソーマは低く呟く。
「でも矢が足りない!」
クリスが絶望に染まった声を上げた。
「どうやって……突破口を……」
その時、ソーマの脳裏に過去の映像が閃いた。
『読み方が分からないんだ。針のような、釘のような……そんな奇妙な文字で』
エルーナが以前、震える声で口にしていた言葉。
(……そうだ。あの時、彼女のギフトに浮かんだという文字。この世界には存在しない文字……あれこそが、鍵じゃないのか……!)
「エルーナ!」
ソーマは振り返り、必死に声を張り上げる。
「頼みがある! あの……君のギフトの文字を、思い出して書いてくれ!」
「え……? 私の……ギフト……?」
エルーナは驚きと戸惑いに眉を寄せる。
「確かに何かの文字だった。でも、それを今ここで……」
「頼む! 最後の望みなんだ!」
ソーマは血に濡れた手を伸ばし、叫んだ。
エルーナは決意の色を宿し、矢を収めて小さな羊皮紙を取り出す。
矢じりで指先を切り、その血で震える指を走らせた。
浮かび上がったのは――この世界には存在しない、見覚えのある文字。
「……これ、は……!」
ソーマの目が大きく見開かれた。
前世の物語でよく見た、あの文字だった。
視界のフラグが激しく明滅し、頭の奥に警告音が鳴り響く。
《干渉起動――対象:■■■■■サーペント》
《構造解析開始……因果ポイントを特定……》
《提示:エルーナのギフトでコア破壊してください》
ソーマはその通知を凝視し、息を呑む。
「まさか……エルーナのギフトが……突破口だったなんて……!」
巨蛇の咆哮が空洞を震わせる。
だがソーマの心を震わせていたのは、滅びの予兆ではなく――
未知の文字が告げる、未来の可能性だった。
エルーナのギフト予想できた人もいるのでは?
次回明らかに!
※作者からのお願い
投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!
お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。
ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。




