68:黒き大蛇と揺らぐ命のフラグ
蛇の群れを蹴散らしながら、ソーマたちは地下空洞をさらに奥へと進んでいた。
壁は自然の岩肌ではなく、どこか人工的に削られたような歪な模様を刻み、床には黒ずんだ瘴気の染みが脈動するように広がっている。
「……なあ、これって」
ジョッシュがバットを肩に担ぎ、眉を寄せる。
「洞窟ってより……なんか、ダンジョンっぽくねぇか?」
「ええ」
クリスが結界の杖を構えながら応じる。
「岩の配置や通路の広がり方が自然のものとは違う。……まるで、意志を持って形作られているように」
ソーマは黙って壁に触れた。
冷たい石の奥から、かすかな震え――脈動が指先へ伝わる。
(やっぱり……ここはただの抜け道じゃない。世界樹の生命力を糧にして、構造そのものが変質してる。まるで……)
「……ダンジョン化している」
小さく呟いたその言葉に、エルーナの目が鋭く光った。
「私も、そう感じてた。世界樹は大陸の命の根。もしその根元が侵されてるのなら……」
声が震え、吐息まで重くなる。
その時、奥から大地を揺らす轟音が響いた。
――ドォォォン、と空気ごと叩き潰す衝撃。
「戦闘音……?」
ジョッシュが目を細める。
「……もうすぐ、根元に辿り着く」
エルーナが矢筒を握りしめ、駆け出した。
湿った空気が震え、血錆のような匂いが濃くなっていく。
そして――視界が一気に開けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは大聖堂のような地下空洞だった。
天井は遥か上にそびえ、光苔が蒼白に瞬く。
絡み合う世界樹の根が柱のように幾重にも張り巡らされ、その間からは清冽な水が泉のように湧き出していた。
だが、その神秘はすでに穢れていた。
水は濁り、根は黒ずみ……
そこに鎮座する影が、全ての汚染の源だった。
――黒き巨蛇。
鱗は黒曜石のように硬質で、光を拒絶する漆黒。
体長は数十メートル。
ひとたび身をくねらせるだけで岩盤がひび割れ、尾が薙ぎ払えば岩壁ごと粉砕する。
吐息は瘴気を帯び、空気を腐らせ、世界樹の根を黒く侵していく。
「な、なんだありゃ……!」
ジョッシュが絶句した。
「……世界樹の力を吸い取っている?……」
クリスの声は震えを隠せない。
戦場には既に数十名のエルフ兵士が布陣していた。
矢を放ち、槍を突き、魔法を放っている。
「効かん……!」
「魔法も……弾かれる……!」
火球も氷槍も、鱗に触れた瞬間に弾かれ霧散する。
槍の突きも刃を立てられず、軋む音を残すだけだった。
「……通じない……!」
ソーマの喉がひりつく。
その瞬間――視界の隅に淡い光が浮かび上がる。
ソーマの前に、あの忌まわしいウィンドウが開いた。
《アストレイ、エルーナ、エルフ兵士たちの死亡フラグが発生しました――破壊しますか?》
(やっぱり……! 全員が死ぬ未来が見えてる!)
《フラグ発生確認――破壊対象:『アストレイ、エルーナ、エル……兵死──フラグ』》
《因果構造:進行率:5%……17%……29%……》
――ガガッ……ザザ……ッ!
《原因:循環……矛盾……干渉確認 ■■■■■……エラー発生……因果汚染率……上昇……》
《因果汚染率――急上昇》
《提案:撤退……or……コア破壊選択ヲ……早ク……早ク……早ク……》
「……っ!? ぐああっ……!」
ソーマは頭を押さえ、視界が揺らぐ。
「ソーマさん!?」
クリスが駆け寄る。
「だ、大丈夫だ……!」
笑みを作りながらも、冷たい汗が頬を伝う。
(あの時の虫の女王とは比べ物にならない……こいつは、フラグそのものを拒絶する存在だ)
背筋が冷たく震える。
「おいソーマ! 突っ立ってんな! エルフの連中、持たねぇぞ!」
ジョッシュが怒鳴る。
「……わかってる!」
ソーマは剣を構え直し、叫んだ。
「みんな! 俺の指示に従って動け! そうしなければ全員やられる!」
ソーマは声を張り上げた。
だが、エルフの兵士たちは一瞬だけ振り返ったものの、すぐに顔を背けた。
「部外者に指図される筋合いはない!」
「我らが命は女王と世界樹に捧げられている!」
「っ……!」
ソーマは歯噛みする。
(このままじゃ、本当に――!)
「ソーマ!」
ジョッシュが叫ぶ。
「もう説得してる暇はねぇ! 俺らでなんとかするしかねぇだろ!」
「……わかってる!」
ソーマは蜂王剣を握り直し、目の前の巨蛇を見据えた。
「クリス、支援を!」
「はい!」
「ジョッシュ、炎を! 鱗を少しでも焼け!」
「任せろ!」
「エルーナ、急所を狙える隙を作ってくれ!」
「了解!」
四人が同時に駆け出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
巨蛇が低く唸る。
次の瞬間、巨大な尾が横薙ぎに振り払われた。
「くっ!」
ソーマはすんでのところで飛び退き、岩壁に叩きつけられる兵士の姿を目にする。
血飛沫が散り、悲鳴が響いた。
「やめろぉぉぉっ!」
ジョッシュの炎球が炸裂する。
だが炎は表面を舐めるだけで、鱗は黒々と輝いたまま。
「硬すぎる……! 普通の攻撃は通用しない!」
クリスの結界が尾の直撃を防ぐが、衝撃で膝をつく。
「ソーマさん援護します!」
ソーマの体に光が走る。
加速した身体で蛇の腹に斬撃を叩き込む。
「――っ、貫けぇぇぇッ!【スティングドライブ】!」
ソーマの鋭い突きが鱗と鱗の隙間にめり込む。
だが――深く入る前に弾かれた。
「ぐっ……硬度が桁違いだ!」
「なら、これで!」
エルーナの矢が目を狙う。
だが瞼が瞬きのように閉じられ、矢は弾かれた。
「そんな……!」
巨蛇の口が開き、瘴気の奔流が吐き出される。
兵士たちが次々に倒れ、毒に蝕まれる。
「力が……抜ける……!」
「うあっ……!」
フラグがまた次々に点灯していく。
(このままじゃ、全滅……!)
歯を食いしばり、ソーマは叫んだ。
「どうすれば、このフラグを壊せる……!?」
黒き巨蛇はなおも暴れ狂い、世界樹の根を黒く染めていく。
第4章ボス戦開始。
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