66:世界樹の地下に揺れるフラグ
城を後にしたソーマたちは、兵士の案内に従って世界樹の入口へと向かっていた。
巨大な森の奥にそびえ立つそれは、近づけば近づくほど圧倒的な存在感を増していく。
「……すごいな」
ジョッシュが思わず感嘆の声を漏らした。
「港からも、森からもずっと見えてたけど……やっぱり近くに来ると桁違いだ。空を突き抜けてるっていう表現、冗談じゃないな」
「圧倒されますね」
クリスが胸に手を当て、静かに息を整える。
「息を吸うだけで、体の奥まで澄んでいくような……まるで世界そのものの呼吸を一緒にしているみたい」
ソーマも頷きながらその幹を見上げる。
――まるで、世界の中心に触れているようだ。
見上げても見上げても終わらない幹の高さに、現実感が削がれる。
やがて、巨大な根の間に設けられた結界の門が見えてきた。
光の膜が淡く揺らぎ、そこから先は別の空間であるかのような神秘を放っている。
兵士が立ち止まり、振り返った。
「ここが、世界樹の結界です。ここから先に足を踏み入れられる者は限られています。あなた方には、あくまで入口付近までの許可しか下りていません」
「……わかっています」
ソーマは素直に頷いた。
だがその時――
奥から慌ただしい足音が響き、別の兵士が血相を変えて駆け寄ってきた。
「報告! 世界樹の根元から――大量の蛇の魔物が出現! こちらに向かってきています!」
「なっ――!」
兵士の顔色が一瞬で蒼白になる。
ソーマたちも思わず身構えた。
「……蛇だって?」
「数は!?」
案内していた兵士が叫ぶ。
「群れです! 最低でも数十、あるいは百を超えるかと!」
重苦しい沈黙が落ちる。
空気が一気に張り詰め、鳥の声すら消えた。
ジョッシュがバットを抜き放ち、クリスも杖を構える。
「来るなら迎え撃つしかないな!」
「待て!」
兵士が鋭く制した。
「これは緊急事態だ! 部外者を巻き込むわけにはいかん! すぐに引き返せ!」
「でも!」
ソーマが口を開きかけた瞬間――
「命令だ!」
兵士の声が怒号のように響く。
「我らが足止めをする! お前たちは退け!」
その瞬間、ソーマの視界にスキルウィンドウが展開された。
《エルフの兵士たちの死亡フラグが発生しました――破壊しますか?》
(……! やはりか! この状況……兵士たちは死ぬ未来に向かっている!)
ソーマは咄嗟に声を上げようとした。
だが――
「全軍、結界内へ! 時間を稼ぐぞ!」
兵士たちはすでに武器を構え、結界の光の中へと駆け戻っていった。
距離が離れ、スキルウィンドウはかき消されるように閉じてしまう。
ソーマは拳を強く握りしめた。
(止める間もなく……! くそっ!)
こうして、ソーマ達は渋々、後退を余儀なくされた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「結局、何も出来ずに追い返されちまったな」
ジョッシュが苛立ちを滲ませて吐き捨てる。
「目の前に脅威があるってのに、ただ帰れだなんてな」
「仕方ありません」
クリスは言葉を絞り出すように呟く。
「兵士たちの覚悟を無視してまで口を挟めば、余計に混乱を招きかねません。……でも」
彼女の瞳は、どこか悔しげに揺れていた。
ソーマも同じ思いだった。
(死亡フラグが出ていたのに……これじゃ見殺しにしたも同然だ。ギルドに報告はできる。けど、俺たちが来た意味は……?)
胸の奥に燻る無力感を抱えたその時、クリスが小さく問いかけてきた。
「……ソーマさん。もしかして、兵士たちに例のフラグが?」
「……あぁ」
ソーマは低く答える。
「でも止める間もなくいってしまった。このままでは死ぬと、俺には分かっているのに……」
場に重い空気が満ちる。
沈黙を破ったのはジョッシュだった。
「……なぁ。ルーナ様なら……それかエルーナなら、何とかできるんじゃねぇか?」
「そうです! あの人たちなら私たちの話を聞いてくれると思います!」
クリスの声にも、わずかな希望がにじんでいた。
「……それしかないか」
ソーマは強く頷く。
「急ごう!」
三人は城門を抜け、王都の外へと走る。
そこには、待っていたエルーナの姿があった。
「おかえり。どうだった?」
ソーマは苦い顔で答える。
「……世界樹の根元から、蛇の大群が湧いてきた。俺たちも加わろうとしたけど……緊急事態だからって追い返された」
「そう……」
エルーナの表情が険しくなる。
「これで任務自体は報告できる。でも、このままじゃ死人が出る……」
ソーマが唇を噛むと、エルーナは少し逡巡してから言った。
「……ソーマ。もし本当に世界樹に近づいて異常を確かめたいなら……一つだけ方法がある」
その声音に、三人は息を呑んだ。
「方法?」
「うん。アスヴェリスにいた頃、古い文献を見たの。世界樹の根元には、地中に大きな空洞が広がっているって。そしてその抜け道の一つをルーナ様に聞いて知ってる」
ジョッシュが驚きに目を見開いた。
「抜け道……!」
「正規の門からは入れなくても、そこからなら根元の近くまで行けるはず。でも……危険だと思う」
エルーナは真剣な眼差しでソーマを見た。
「案内はできる。けど、行くかどうかはあなたたちが決めて。無理にとは言わない」
その言葉は重く落ちた。
クリスが不安げにソーマを見つめる。
「ソーマさん……どうしますか?」
ジョッシュも眉を寄せ、低く呟く。
「蛇が大量発生してるって話だ。命懸けになるのは確実だぞ」
ソーマはしばし黙り、世界樹の巨大な影を仰ぎ見た。
――ここまで来て、ただ見ているだけで終わるのか。
いや、それでいいのか?
脳裏に過ぎるのは、ルーナ女王の真剣な表情。
そして、エーメル女王が最後に向けてきた、説明のつかない懐かしげな眼差し。
「……行こう」
ソーマははっきりと言った。
ジョッシュとクリスが息を呑む。
「ソーマ……!」
「危険なのはわかってる。でも、俺たちにしかできないことがあるはずだ」
エルーナが小さく笑みを浮かべた。
「そう言うと思った。じゃあ――私が案内する」
その決意を前に、三人もまた覚悟を決める。
こうしてソーマたちは、正規の門を通らず、世界樹の地下空洞へと通じる秘密の抜け道を探る決断を下したのだった。
結界貼られてるのに地下からは行けるのかよって言われてもご都合主義ですので。
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