64:光の都に立つフラグ
世界樹を抱く都――アスエリス。
白亜の城壁は朝日を受け、まるで光そのものを宿しているかのようにきらめいていた。
聳え立つ世界樹の巨影は城下町を覆い、枝葉の間から差し込む陽光がまるで祝福のように町並みを照らし出す。
ソーマたちはしばし足を止め、その姿に見入っていた。
「……やっぱり、でけえな」
ジョッシュが息を呑むように言葉を洩らした。
「この大きさ、改めて目の前にすると圧倒されますね」
クリスは目を細め、感嘆を隠さなかった。
隣でエルーナもまた、世界樹を仰ぎ見ていた。
その瞳はわずかに潤み、どこか切なげな光を宿している。
「……やっぱり、特別だね。アスヴェリスからも遠くに見えてはいたけど、こうして間近にすると……」
小さく呟くその声には、憧れと、どこかに押し殺した寂しさが混じっていた。
ソーマは横目で彼女を見やり、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「……ここから先は、エルーナは入れないんだな」
エルーナは苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「うん。ハーフエルフはここじゃよそ者扱いだから。下手に入ろうとしたら、きっと門番に追い払われちゃう」
その声音は明るく装っていたが、言葉の端に影が落ちているのをソーマは見逃さなかった。
胸の奥に重いものが落ちる。
これまで短いながらも共に旅をし、助け合ってきた仲間――それでも彼女はこの都の門をくぐれない。
気づけばソーマの口から言葉が零れていた。
「……ごめんな」
謝罪に、エルーナはきょとんと目を瞬かせ、すぐに小さく笑った。
「ソーマが謝ることじゃないよ。私はここで待ってる。大丈夫、世界樹を見たら戻ってきてくれるでしょ?」
「ああ。必ず」
ソーマは強く頷いた。
その決意が、エルーナの寂しげな笑みをわずかに和らげた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
再び訪れた冒険者ギルド。
扉を押し開けた瞬間、ざわめきが広がる。
「……またあなた達ですか」
受付にいた女性職員が眉をひそめた。
その視線には、あからさまな嫌悪が滲んでいる。
「国の紹介状があっても門前払いされて、まだ諦めないとは驚きですね」
苛立ったように前に出かけたジョッシュを、ソーマが手で制す。
「今日は別の紹介状を持ってきました」
ソーマは懐から一通の封書を取り出し、受付台に差し出した。
漆黒の封蝋には、アスヴェリスの女王ルーナの紋章が刻まれている。
職員の目が僅かに揺れた。
「……これは」
周囲の冒険者たちがざわつく。
「アスヴェリスの……?」
「ダークエルフの女王が人間に?」
職員は唇を噛み、しばし沈黙した後、渋々と言葉を吐いた。
「……無下にはできませんね。ですが、すぐにどうこうできるものでもありません。今日はお帰り下さい。明日またお願いします」
投げやりな声音だったが、これまでのような拒絶ではなかった。
ソーマは短く頭を下げる。
「わかりました」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その夜。
ソーマたちは以前泊まった宿に戻っていた。
食堂のテーブルで湯気を立てるスープを口に運びながら、張り詰めた心を少しずつ解きほぐしていく。
「……結局、今日も門前払いみたいなもんだな」
ジョッシュが肘をつき、不満げに言った。
「でも、ルーナ様の紹介状があるだけで無下にはされませんでした」
クリスは穏やかに返す。
「明日はきっと……」
「そうだな」
ソーマは窓の外に目を向けた。
夜空に浮かぶ世界樹の巨影は、漆黒の空に淡く光を落としていた。
――明日こそ、前に進める。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
再びギルドへ向かった彼らを待っていたのは、職員ではなく鎧をまとった兵士たちだった。
「ソーマ殿一行か?」
低く響く声が場を支配する。
「……そうですが」
ソーマが答えると、兵士は恭しく頭を下げた。
「これより、女王陛下が謁見を許された。王城まで同行願いたい」
一瞬、ギルド内の空気が凍りついた。
冒険者たちの視線が一斉に集まる。
「……女王と謁見だと?」
「人間の冒険者が……?」
ざわめきと驚愕が渦を巻く中、ソーマたちは兵士に従い、静かにギルドを後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都の奥へ進むにつれ、アスヴェリスとの違いが際立っていく。
アスヴェリスの城は黒曜石のように荘厳で、夜の闇に灯る炎のような輝きを放っていた。
一方、アスエリスの王城は白亜の大理石に包まれ、陽光をその身に宿すかのように明るい。
石畳は磨き上げられ、城門を守る兵士の鎧は光を反射し、空気まで清浄に感じられる。
「……全然、雰囲気が違うな」
ジョッシュが小声で呟いた。
「同じエルフの都でも、こうも違うのですね」
クリスは感嘆を隠さず辺りを見回す。
ソーマは無言で歩きながらここでどんな答えを得られるのか胸の奥に重みを感じていた。
やがて兵士に導かれ、謁見の間へと辿り着く。
扉が重々しく開かれる。
広大な大理石の床の上を歩き進むと、白金の椅子に腰かけた一人の女性が目に入った。
金糸を織り込んだ衣を纏い、長い金髪が流れるように肩を覆っている。
耳は鋭く長く、その瞳は冷ややかに澄み切っていた。
アスエリスの女王――エーメル。
その威光に思わず息を呑み、ソーマたちは自然と膝をつく。
「――面を上げよ」
清澄な声が広間に響き渡る。
いよいよ、謁見が始まろうとしていた。
ちなみにエルフの女王エーメル様はひんぬーで。
ひんぬーは正義!
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