63:黒曜の晩餐、交わされるフラグ
黒曜石を思わせる漆黒の石材で築かれた城壁は、夜の帳の下で月光を受け、星々と同じように淡く光を返していた。
森に溶け込むどころか、むしろ夜を従えて聳え立つ姿は荘厳そのものである。
ソーマたちは王女ルーナの厚意により、その居城で一夜の宿を与えられることになった。
昼間の歓迎ぶりもそうだが、あまりにあっさりと謁見が許され、そして王族の城での宿泊。
ソーマは、これまでに訪れたどの地とも違う『懐の深さ』を肌で感じていた。
案内されたのは、黒木を基調とした長い広間。
中央に据えられた長卓は、磨き込まれた表面に燭台の炎を映し、荘厳でありながらどこか温かさを含んでいた。
テーブルを彩るのは、香辛料で味付けされた獣肉のロースト、山菜の煮込み、果実酒に漬け込んだ木の実の菓子。
甘い香りと香ばしい匂いが混じり合い、思わず腹が鳴る。
「わぁ……」
クリスの目が輝いた。
「人間の街で食べる料理とは、まるで違いますね。見た目もすごく綺麗で……」
「だろう?」
ルーナが得意げに笑う。
「アスヴェリスの自慢の品ばかりよ。さ、遠慮なんてしないで存分に食べてちょうだい」
女王の隣にはエルーナが座っていた。
彼女が王族と同じ列に座していることに、ソーマたちは目を見張る。
「なあ……これ、俺たち場違いすぎねえか?」
ジョッシュが声を潜める。
「しっ!」
クリスが慌てて制する。
「でも……確かに、すごい待遇ですね」
そんな二人の心中を見抜いたのか、ルーナは軽やかに笑った。
「ここでは、客人も家族みたいなもの。肩の力を抜いて、ありのままでいいんだよ」
ソーマは思わず胸を撫で下ろす。
――やっぱり、この国は懐が深い。
アスエリスとはまるで違う。
やがて食事が進むにつれ、話題は自然と道中での出来事へと移っていった。
「そういえば、ここに来る途中で蛇の魔物に襲われました」
ソーマが切り出すと、ルーナの表情が僅かに曇る。
「やっぱり……最近、あの蛇の魔物が増えているのよ」
女王はグラスを置き、真剣な眼差しで続ける。
「エルーナも、その調査をしていたの」
「えっ……」
ソーマが視線を送ると、エルーナは気まずそうに頭を掻いた。
「まあ、ちょっとね。里の外れで妙に数が増えてたから原因を探してたんだ。でも……一人じゃどうにもならなくて」
「確かに、数が多すぎたな」
ジョッシュが腕を組む。
「あれはただの魔物の増殖じゃねえ。何かが裏で働いてる気がするぜ」
クリスも頷き、眉をひそめた。
「世界樹の周囲でも異変が起きているかもと聞きました。それと関係しているのでしょうか……?」
ルーナはしばし沈黙し、静かに唇を噛む。
「……正直、わからないの。アスエリスとの交流は盛んじゃないから、世界樹に関する情報はここまで届かない」
重苦しい沈黙が広間を覆う。
香ばしい料理の匂いも、不安にかき消されてしまいそうだった。
ソーマは心の中で思う。
――蛇の異常発生。
――世界樹の門前払い。
――そして世界樹の異変の調査依頼。
すべてが一つの線で繋がっている気がする……
「まあ!」
ルーナが軽やかに手を叩いた。
「暗い話ばかりしても仕方ないでしょ? 今日はせっかくの出会いを祝う夜なんだから。楽しく過ごさなきゃ損よ!」
その明るさに救われ、三人は自然と笑みを取り戻した。
不穏な影を感じつつも、温かい晩餐の時間は確かにそこにあった。
客間に戻ったソーマは、与えられた寝台に体を横たえ、天井を見上げていた。
脳裏に浮かぶのは、ルーナの快活な笑顔と、エルーナの少し照れた笑み。
「……不思議な国だ」
声に出した瞬間、胸の奥の緊張がほどける。
やがて眠気に引き込まれ、意識は闇に沈んでいった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
出立のとき、ルーナは惜しみない笑顔で彼らを送り出す。
「紹介状、大事にしてね。エーメルならきっと話を聞いてくれるから!」
エルーナも城門まで同行してくれるという。
「王都の中迄は行けないけど……せめて入口までは見送りたいんだ」
「ありがとう、エルーナ」
ソーマは素直に頭を下げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
道中、再び蛇の魔物に襲われたが、エルーナの援護射撃もあって難なく撃退する。
夜は往路と同じ野営地に腰を落ち着けることとなった。
焚き火がぱちぱちと爆ぜ、橙の光が四人の顔を揺らめかせる。
その火を挟み、ジョッシュが口を開いた。
「そういやエルーナ。お前、弓を使ってたけど……ハーフエルフでも得意なのか?」
「ちょっと兄さん!」
クリスが慌てて止める。
「……あっ!エルーナ、すまん。そういうつもりじゃなかったんだ」
エルーナは首を横に振り、ふっと笑った。
「気にしなくていいよ。弓そのものは得意じゃないの。ただ……狙いをつけるのが、ちょっと得意なだけ」
「狙い?」
クリスが首を傾げる。
「なんというか……目で捉えたものを、頭の中で線にして『ここに当たる』ってわかる感覚があるんだ。だから、弓そのものは得意じゃなくても、なんとか戦えてる」
「……なるほどな」
ソーマは感心する。
直感というより、天性の才に近い。
ジョッシュが木の枝で火をつつきながら問いかけた。
「魔法は? 魔力はありそうに見えるが」
「魔力は……普通のエルフには敵わないけど高いみたい。でも、魔法はまったく使えないんだ」
エルーナは苦笑する。
「どれだけ呪文を学んでも、全然発動しないの。だから弓を練習してきたんだよ」
クリスが同情を込めて視線を向ける。
「それは……大変でしたね」
けれど、エルーナは意外にも明るく笑った。
「大丈夫。今までだってなんとかなってきたし、一応私にもギフトがあるんだから」
「ギフト?」
ソーマが聞き返すと、エルーナは少し困ったように肩を竦めた。
「うん。でもね……そのギフト、読み方が分からないんだ。針のような、釘のような……そんな奇妙な文字で。女王様に見せても、首を傾げてただけ」
「読み方が……?」
ソーマの胸に、不思議なざわめきが広がる。
ギフトでありながら名すら分からない――それは新たな謎の予感だった。
「その文字って、どんな……」
問いかけかけたソーマを遮るように、エルーナは慌てて声を上げた。
「今はそんなこといいじゃない! それより、明日に備えて今日はもう寝ようよ。最初の見張りは私がするから」
濁されたまま話題は終わり、焚き火の音だけが森に響く。
ゆらめく炎は四人の影を夜の闇に映し出し、やがてそれぞれが眠りへと落ちていった。
そして――アスエリスの門は、もう目前に迫っていた。
創造神ご都合主義で漢字という読み方かは知りませんが漢字の文字自体は存在します。
ただエルーナのギフトの漢字を表すものがこの世界にまだ存在していないという事です。
例:ギフト【槍】→なんだこの文字は?木辺に……倉?どういう意味だ?
もちろんこの世界に槍は存在しますのでこんな事にはなりませんがそういう事です。
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