62:黒曜の女王と気さくなフラグ
南の森を抜けた先に現れたのは、黒曜石のごとき城壁だった。
陽の光を受けて漆黒に輝き、アスエリスの白亜の都とはまるで対照的。
「……すごい」
思わずクリスが息を呑む。
その瞳には畏れよりも、どこか憧れの光が宿っていた。
門の前に立つダークエルフの兵たちは、三人の人間とフォレストエルク、そしてその傍らに立つエルーナを見るとすぐに槍を下ろした。
「お帰りなさい、エルーナ」
ソーマたちは驚く。
兵の声には、親しみすら込められていた。
エルーナは小さく笑って肩を竦める。
「ただいま。こっちは……私を助けてくれた人達だよ」
兵は三人を一瞥し、そして穏やかに頷いた。
「ならば入城を拒む理由はありません。ようこそ、アスヴェリスへ」
昨日までアスエリスで幾度も門前払いを食らったソーマたちは、拍子抜けして顔を見合わせた。
「歓迎……されてる?」
ジョッシュが小声で呟く。
「どうやら、ここは違うみたいですね」
クリスの頬に安堵の色が広がる。
黒き都に足を踏み入れると、そこには驚きの光景が広がっていた。
街路には活気が溢れ、露店の香辛料の匂いが風に乗って漂う。
行き交う人々は確かにダークエルフが多いが、人間や亜人の姿すら珍しくない。
「アスエリスじゃ、こんな景色ありえねえな……」
ジョッシュは目を丸くし、通りを見渡す。
この町の人々は人間の姿を見ても眉をひそめることなく、むしろ物珍しそうに声をかけてくる。
「旅の方? よかったら寄ってって!」
「おー、立派なフォレストエルクだな!」
ソーマは胸の奥がじんわりと熱くなるのを覚えた。
――拒絶ばかりの世界樹の都と、まるで違う。
同じ大陸でも、ここまで態度が変わるものなのかと。
「ね、言ったでしょ?」
エルーナが得意げに微笑んだ。
「アスヴェリスは誰でも受け入れてくれるんだよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街を抜け、そのまま城へと向かう。
通常ならば何重もの手続きを経てしか入れぬはずの城内へも、エルーナの案内で難なく通される。
「……本当に大丈夫なのか?」
ソーマが思わず問いかける。
「うん。すぐに会えるよ。だって……女王様はそういう人だから」
エルーナの言葉には迷いがなかった。
そして、漆黒の回廊を抜けた先。
広間の玉座に座っていたのは、一人の女性だった。
長い銀髪に赤紫の瞳。
豪奢な衣装を身にまといながらも、足を組んで気さくに笑っている。
その姿は、荘厳さよりも人懐っこさを前面に出していた。
「おかえり、エルーナ!」
朗らかな声が広間に響く。
「ただいま、ルーナ様」
エルーナが一礼すると、女性はひらひらと手を振った。
「よそよそしいのはやめてってば。ほら、こっちに来なさい」
――この人が女王?
ソーマは目を疑った。
あまりにも気さくで、威厳を強いる気配がない。
ルーナと呼ばれた女王は、すぐにソーマたちへ視線を向ける。
「ふむ……そっちの人は、エルーナの友達かな?」
「はじめまして女王様。俺はソーマ。こっちはジョッシュ、そしてクリス。勇大陸アスヴァルから来た冒険者です」
ソーマは胸を張り、正直に告げた。
「他国の冒険者だって? いいじゃない。面白そう!」
ルーナは子供のように笑った。
その態度に、クリスも緊張がほぐれて小さく笑みを浮かべる。
「……驚きました。こんなに気さくな女王様がいらっしゃるなんて」
「で、用件は?」
ルーナは前のめりに問いかける。
「ただの観光じゃないんでしょ?」
ソーマは息を吸い、真っ直ぐに告げた。
「アスヴァルの依頼で……世界樹の様子を確かめに来ました。けれど、アスエリスでは門前払いを受け……」
「ふむふむ」
ルーナは頷きながら頬杖をつく。
「それで、困ってここに来たと」
「はい。アスヴェリスなら、何か道が開けるんじゃないかと」
ソーマの声には必死さがにじんでいた。
王女はしばし目を伏せ、思案するように唇に指を当てる。
広間に沈黙が落ちる。
緊張に耐えきれず、ジョッシュがぼそりと呟いた。
「……やっぱダメか」
だがルーナは、ふっと笑って立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
言うなり軽い足取りで奥へ消えていく。
残された三人は顔を見合わせた。
「……軽いな」
ジョッシュが呆れたように言う。
「でも、悪い人ではなさそうですよ」
クリスの言葉に、ソーマも小さく頷いた。
気さくだが、芯の強さを感じる。
そんな人物だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やがて再び現れたルーナの手には、一枚の書状があった。
「待たせたね。これを持っていくといい」
差し出された羊皮紙には、鮮やかな紋章と封蝋。
そこには『アスヴェリス女王ルーナ』の署名が刻まれていた。
「……これは?」
「アスエリスの女王――エーメル宛ての紹介状だよ。あの子なら、きっと君たちの話を聞いてくれる」
ソーマの目が大きく見開かれる。
アスエリスの門を突破する鍵が、ここにあった。
「いいんですか……?」
「もちろん! 面白そうだもの」
ルーナは悪戯っぽく笑った。
「世界樹の件、私も気になってたしね。君たちが動いてくれるなら大歓迎だよ」
ソーマは深く頭を下げる。
「感謝します……女王様」
「ふふ、堅苦しいのはなし。ルーナでいいよ。だって――」
彼女は楽しそうにウィンクした。
「君たちはもう、エルーナの友達なんだから」
その言葉に、ソーマの胸は熱くなる。
拒絶と閉ざされた門の記憶が、ようやく癒されていくような気がした。
こうしてソーマたちは、新たな希望を手にしたのだった。
ルーナ女王はもちろん褐色グラマラスなイメージです。
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