61:アスヴェリスへ、新たなフラグと共に
森の奥、湿った土の匂いに混じって焦げた草の臭いが鼻を突く中、四人は互いに呼吸を整えていた。
足元にはまだ、戦いの跡として横たわる蛇の死骸。
静寂が戻った森に、微かに水滴が葉を打つ音だけが響いていた。
「……ふぅ、危なかったな」
ジョッシュが肩の汗を拭いながら言う。
声には安堵と緊張が入り混じっていた。
「お前が飛び出さなかったら、あの子はやられてたぜ」
その言葉に、フードを脱いだ少女――エルーナは首を振る。
「いや……そもそも私の不注意だったんだ。助けてくれて、本当にありがとう」
金色の瞳がまっすぐソーマを見つめる。
その視線に射す光に、ソーマは思わず目を逸らした。
胸の奥が熱くなるのを感じる。
「……気にしないでください。あの状況だったら誰だってそうしました」
クリスが口元に柔らかい笑みを浮かべる。
その笑みは戦いの緊張を溶かすように、周囲に温もりをもたらした。
「改めて、私はエルーナ・バーン。……見ての通り、ハーフエルフなの。よろしくね」
少女の声は明るく澄んでいて、戦闘後の硬直した空気を柔らかく包む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
しばらく歩き、森の奥にある小さな泉で休憩を取った。
水を汲み、乾いた喉を潤すと、自然と会話が弾む。
「それで……皆はどうしてこんな所に?」
エルーナが好奇心を滲ませ、問いかける。
ソーマは少し考えた後、率直に答えた。
「俺たちは世界樹の様子を見に来たんだ。……門前払いだったけどな」
「……世界樹を?」
エルーナの目がわずかに揺れる。
期待と不安が入り混じった複雑な表情だ。
「アスヴァル国からの依頼なんです。けれど、王都の門番にもギルドにも取り合ってもらえなくて……」
クリスが言葉を継ぐ。
淡い疲労の色が表情に現れる。
「それで、南にあるアスヴェリスに向かえば何とかなるんじゃないかって……」
ジョッシュが肩をすくめ、少し笑みを漏らした。
エルーナは一瞬黙り込み、やがて小さく笑った。
「……そういうことなら、私が案内するよ」
「え?」
三人が同時に声を上げる。
「私はアスヴェリスで暮らしてるの。ずっと。だから……一緒に行こう。きっと力になれるよ」
ソーマはその言葉に驚きつつも、胸の奥に暖かなものを感じた。
暗い森に小さな灯りがともったような心地。
「いいのか?」
「もちろん。助けてもらった恩もあるし……」
エルーナはにこりと笑った。
「それに、なんだか放っておけないんだ。あなたたちのこと」
その笑顔に、クリスがほっと息を吐く。
「……ありがとう。心強いです」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜、森の中で焚き火を囲む。
フォレストエルクは近くで休み、火の粉が小さく舞う。
赤い炎に照らされた顔には、戦いの余韻と緊張の残滓がまだ残っていた。
「……ねえ、エルーナはどうして一人で森に?」
クリスが尋ねる。
「森でちょっと調べごとをしてたの」
「こんな危険な森に一人で?危なくないのか?」
ジョッシュが眉をひそめる。
「この森はエルフにとって庭みたいなものだよ。それに……私、昔から一人だったから」
エルーナは膝を抱え、火を見つめる。
「私は人間とエルフの子供。ハーフエルフはエルフにとって、異種族以上に忌むべき存在。産まれたばかりに捨てられて、アスヴェリスの女王様に拾われたの」
「女王が……?」
ソーマは意外そうに眉を上げる。
「うん。女王様は、異種族だからって忌み嫌わないの。私もそのひとり。だからアスヴェリスは……家族みたいな場所」
その声は明るいが、微かに寂しさも滲む。
「……俺も孤児院育ちだ」
ぽつりと呟いたジョッシュに、クリスも続く。
「私も」
二人の言葉に、エルーナの瞳が大きく見開かれる。
「……そうなの?」
「ああ。親なんて知らねえ。でも、仲間がいれば十分だった」
ジョッシュは笑い、肩をすくめる。
「私も同じです。血のつながりはなくても、助け合える人がいれば……」
クリスの言葉に、エルーナの胸が熱くなる。
「……そっか。じゃあ、ちょっと似てるんだね、私たち」
小さな笑顔が、炎に揺られて柔らかく光る。
ソーマは黙ってその光景を見つめる。
自分とは異なる境遇だが、同じ痛みを知る者同士の共感がそこにあった。
それは羨ましくもあり、心強くもあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ましたソーマは、森の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。
隣で眠る仲間たちの寝顔に視線を向け、不思議な安堵を覚えた。
フォレストエルクに跨がり、南へと進む一行。
森を抜けた先に見えたのは、黒曜石のように輝く城壁。
空を切り裂く尖塔がそびえ、妖しく美しい威容を放っていた。
「……あれが、アスヴェリス」
エルーナが誇らしげに告げる。
ソーマはその光景を胸に刻み、静かに呟いた。
「ここで、何か情報があればいいんだが……」
ダークエルフの都――アスヴェリス。
新たな舞台が、彼らを待ち受けていた。
ダークエルフのお姉さんに優しくされたい。
褐色美人いいですよね。
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