59:閉ざされたフラグ
白亜の城壁を前に、ソーマたちはフォレストエルクの背を降りた。
王都アスエリス――
世界樹の根元に築かれた大陸最大の都市は、外から見るだけでその規模と荘厳さを誇示していた。
だが、城門の前に立つ衛兵の視線は冷たい。
弓を構え、鋭い耳を揺らしながら警告する。
「止まれ。ここはアスエリス。無関係な者は入れぬ」
ソーマは一歩前に出て、頭を下げる。
「俺たちは旅人だ。アスヴァル国からの依頼でやってきた。それに――」
背後で静かに立つフォレストエルクに衛兵の目が向く。
黄金の瞳と目が合った瞬間、彼らの表情が僅かに揺れた。
「……フォレストエルクが背を許している?」
別の衛兵が息をのむ。
「まさか……人間に?」
ざわめきが広がり、緊張が走る。
ソーマは答えず、ただ静かにその背を見やった。
フォレストエルクは穏やかに鼻息を吐き、ゆるやかに首を振る。
やがて隊長格のエルフが現れ、眉をひそめつつも判断を下す。
「……フォレストエルクが認めた者を無下に追い返すわけにはいかぬ。だが、都の規律に従え。余計な振る舞いをすれば即刻追放する」
「感謝します」
ソーマは深く礼をして城門をくぐった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
都の中は活気に溢れていた。
石畳の広い大通りには露店が並び、行き交う人々――いや、エルフたちの姿が絶えない。
長命ゆえか、どこか落ち着いた気配を纏っているが、その視線は明らかに異邦人へと刺さってきた。
「……視線が痛いな」
ジョッシュが小声でつぶやく。
「仕方ないよ。人間なんて滅多に来ないんだろうし」
クリスは肩をすくめつつも、居心地悪そうに俯いた。
ソーマは気を取り直すように視線を上げる。
――見えた。
都の中央、天を貫くように伸びる世界樹が。
息を呑む。
幹だけで山脈のような大きさがあり、枝葉は空を覆って太陽を遮るほど。
神々しさと威圧感が同時に押し寄せ、膝が震えそうになる。
「……あれが、世界樹」
クリスの瞳が潤む。
「すげえ……こんなの、絵や本じゃ絶対伝わらねえな」
ジョッシュもただ圧倒されていた。
そのまま引き寄せられるように世界樹へ向かおうとした――が、門の前に立つ衛兵が槍を交差させて立ちふさがる。
「止まれ。ここから先は聖域だ。許可なき者は一歩たりとも入れぬ」
ソーマは一瞬ためらい、しかし口を開いた。
「俺たちはアスヴァル国からの依頼で、世界樹の様子を確かめに来たんだ」
「ならばギルドへ行け」
衛兵の返事は冷たかった。
仕方なく、ソーマたちは街の一角にある大きな建物――この大陸唯一のギルドへ向かうことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ギルド内部は広く、掲示板やカウンターには多くの依頼書が並んでいた。
だが、受付嬢の視線もまた冷たい。
「……人間、ね。依頼内容は?」
ソーマは深呼吸し、懐から紹介状を取り出した。
「アスヴァル王国からの依頼だ。世界樹の様子を確かめてほしいと」
受付嬢は紹介状をちらりと見たが、その表情は変わらない。
「……なるほど。ですが、ここはアスエリス。外の国の依頼であっても、勝手に世界樹に近づけるわけにはいけません」
ジョッシュが苛立ったように低く唸る。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「国に問い合わせます。答えが来るまでお待ちください」
受付嬢は淡々と告げた。
「……どのくらいかかる?」
ソーマが問う。
「わかりません。今日のうちには無理でしょう。とりあえず宿を探してください」
冷たく突き放され、三人はギルドを後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都の宿探しは難航した。
人間の客を嫌がる宿が多く、扉を閉ざされることもしばしばだった。
それでも粘り強く探し続け、ようやく片隅の小さな宿に泊まれることになった。
夜、部屋に腰を落ち着けた三人。
狭いが清潔な部屋、粗末なベッドに腰を下ろしても、誰も安堵の息を漏らせなかった。
「……あまりにも冷たいな」
ジョッシュが腕を組み、天井を睨む。
「仕方ないとはいえここまで人間に対する不信は根深いとは思いませんでした」
クリスがか細く答える。
ソーマは窓の外、夜空にそびえる世界樹を見上げた。
月光に照らされた枝葉は神秘的で、それだけに『遠ざけられている』現実が胸を締め付ける。
「……俺たちは、本当にあそこに近づけるのか」
呟いた声は、自分自身に向けられた問いでもあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
ギルドを再び訪れたソーマたちに、受付嬢は淡々と告げた。
「国からの回答が来ました。……世界樹の傍に寄る許可は下りませんでした」
「なっ……!」
ジョッシュが声を荒げる。
ソーマも顔を曇らせ、思わず受付に詰め寄る。
「でも、アスヴァル国からの正式な依頼なんですよ!?」
受付嬢は表情を変えず、ただ書類を整えながら言った。
「ここはアスエリスです。他国の依頼など理由にはなりません」
ソーマはしばらく黙ったまま拳を握りしめていた。
悔しさと焦りが胸をかき乱す。
だが、感情をぶつけても状況は変わらない。
「……わかりました」
短く答え、背を向ける。
ギルドを出た三人は、再び世界樹を見上げた。
圧倒的な存在感は変わらない。
だが、そこへ至る道は固く閉ざされている。
「どうすりゃいいんだ、ソーマ……」
ジョッシュの声は苛立ちと不安を含んでいた。
ソーマは答えを出せず、ただ黙って世界樹を見つめ続けた。
その胸の奥に、不穏な気配と焦燥だけが募っていった。
すんなりいきません、いかせません。
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