58:揺れる信頼と忍び寄るフラグ
深緑の森を駆け抜けるフォレストエルクの背で、ソーマたちは新大陸の奥へと旅を続けていた。
枝葉は驚くほど自然に避けてくれ、蹄が大地を踏む音すらほとんどしない。
森の風は清涼で、木漏れ日が差すたび、角に宿る苔や小花が淡くきらめいた。
「すごいな……これがフォレストエルクの力か」
ジョッシュは感嘆の声を漏らしながら、風を切るように進む鹿の背で姿勢を整える。
「本当に音がしない……。まるで森に溶け込んでるみたい」
クリスは驚きと感動を隠せない。
ソーマもまた、手綱を握るのではなく、ただ静かに背に身を任せていた。
バリスに言われた通り、無理に制御しようとせず、信頼することが何より大事だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
三日目の夜、森を抜けると小さな村が見えてきた。
石造りの柵に囲まれた村は、どこか閉ざされた雰囲気を漂わせている。
村人たちはソーマたちを見つけると、一斉に動きを止め、警戒の視線を向けてきた。
「……よそ者か」
弓を手にした村の男が声を張る。
ソーマは軽く手を上げた。
「俺たちは旅人だ。宿を借りたい。補給もさせてほしい」
しかし返ってくるのは、険しい顔とささやき声。
その中に『人間だ』『信用できない』という言葉が混じっている。
クリスが小さく肩をすくめた。
「やっぱり……歓迎されてないね」
だが次の瞬間、村人たちの視線がソーマたちの背後へと移った。
そこに立つフォレストエルク。
金の瞳が静かに村人を見返すと、その場に緊張が走った。
年配の村長らしき人物が、しばらく沈黙した後に言った。
「……フォレストエルクが背を許したのか」
ソーマは黙って頷いた。
村長は腕を組み、しばし思案したのち、渋々といった風に言葉を続けた。
「ならば宿を貸そう。ただし、無用な詮索はするな。我らが目を離すこともない」
それが『信頼』ではなく『監視』であることは明らかだった。
だが泊まれるだけでも御の字だった。
「ありがとうございます」
ソーマは深く礼をし、仲間と共に村へ足を踏み入れた。
宿の女将もぎこちない笑顔で迎え、食事と部屋を用意してくれた。
パンと煮込みの素朴な夕食を前に、ジョッシュが小声で呟く。
「……あからさまに警戒されてやがるな」
「仕方ないよ。人間はあまり良い印象を持たれてないんでしょう」
クリスはパンをちぎりながら苦笑する。
ソーマは窓の外で静かに佇むフォレストエルクの影を見やった。
「それでも、こうして泊めてもらえるのはフォレストエルクのおかげだ。……大事にしないとな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
旅を再開してからも、森は深さを増していった。
不思議なことに、他の魔物たちはフォレストエルクを恐れるのか、ほとんど姿を見せなかった。
狼型の魔獣が遠くで吠え立てても、すぐに逃げ去ってしまう。
「本当に……守られてるみたいだね」
クリスは感心して声を漏らす。
「こりゃあ移動に関しては無敵だな。エルフがこいつを使う理由がよくわかるぜ」
ジョッシュは満足げに頷いた。
だが――
「……ん?」
ソーマの耳に、かすかな草むらのざわめきが届いた。
次の瞬間、茂みから黒々とした蛇が飛び出す。
胴は人の腰ほどの太さ、目は赤くぎらつき、毒を滴らせた牙を剥き出しにしていた。
「来たな!」
ソーマが即座に剣を抜く。
フォレストエルクは怯える様子もなく、その場に静止する。
まるで『これはお前たちの戦いだ』と言わんばかりに。
蛇はクリスに飛びかかる。
「ひっ!」
だがジョッシュが素早く前に躍り出て、バットで横薙ぎに叩きつけた。
血飛沫が飛び、蛇は地に叩きつけられる。
「しぶてぇな……!」
体をくねらせ再び襲いかかる蛇。
ソーマが踏み込み、剣を閃かせた。
刃が鱗を裂き、蛇は断末魔の声を上げて崩れ落ちる。
残骸を見下ろし、ジョッシュが眉をひそめた。
「普通の蛇じゃねえな……なんか、嫌な気配がする」
クリスも怯えたように頷く。
「どうしてフォレストエルクを恐れずに近づいてきたんだろう……」
ソーマは血に濡れた剣を払いつつ、森の奥を睨んだ。
「わからない。だが……ただの偶然じゃない気がする」
その後も数度、似た蛇に襲われた。
他の魔物は一切近寄らないのに、蛇だけが執拗に道を塞ぐ。
不穏な違和感が、じわりと胸に広がっていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そうして七日間の旅路を経て――
ある朝、森を抜けた先で視界が一気に開けた。
そこには、空を覆うような巨大な樹がそびえていた。
枝葉は雲を突き抜け、根は大地を覆い尽くしている。
まさしく世界樹。
その麓に広がるのは、白亜の城壁と緑に囲まれた都――アスエリスだった。
「……着いた……」
クリスが息を呑む。
「でけえ……! これがエルフの都か」
ジョッシュは目を丸くして見上げた。
ソーマはしばし無言で世界樹を見上げ、その圧倒的な存在感に心を奪われていた。
胸の奥に、旅の重みとこれからの試練が入り混じる。
「行こう。俺たちの目的地だ」
フォレストエルクの背に乗ったまま、ソーマたちは都アスエリスへと歩を進めていった。
その先に、何が待ち受けているのかを知らぬまま――
蛇は動物園で見る分には構いませんが触るなんてとんでもないです。
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