56:アスエリスへの道筋とフラグの影
酒場の木の扉を押し開くと、むわりとした煙草の香りと、酒に酔った人々のざわめきが一行を包んだ。
厚い木の床は何十年も踏みしめられてきたのか軋みを上げ、天井近くに漂う煙が燭台の炎に揺れている。
鼻をつく埃っぽさと酒の香りが混ざり合い、いかにも港町の酒場という雰囲気だ。
ソーマたちは人々の間を縫うようにして奥のテーブルに腰を下ろした。
周囲を見渡すと、客の大半は人間やドワーフ、トカゲのような鱗を持つ亜人たち。
だが、噂の長い耳を持つエルフの姿はほとんど見当たらなかった。
「……落ち着きませんね」
クリスが小声で呟く。
「まあ、情報を集めに来たんだ。酔い潰れる前に話を聞ければ御の字だろ」
ジョッシュが肩をすくめて杯を頼む。
壁に掛けられた燭台の明かりが暗がりをほんのり照らし、酒場のざわめきの中、ソーマは声を潜めた。
「さて、情報は得られるかな……」
そのとき、隣の席の男がちらりと視線を寄越してきた。
髭を伸ばし、顔つきは荒っぽいが、目は妙に澄んでいる。
どうやら常連らしい。
ソーマは思い切って声をかけた。
「すみません、翠大陸の中心――世界樹がある都アスエリスへ向かう道について、何かご存じですか?」
男はしばし黙り、酒を一口あおると、口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「アスエリスだと? ……物好きだな。あそこは人間にとっちゃ住みやすい場所じゃねえ」
「港町以外は……エルフの領域、ってことですか?」
クリスが恐る恐る尋ねる。
「そういうこった。奴らは徹底して他種族を嫌う。だからこの港町だけは人間や亜人に管理を任せ、あいつら自身は関わろうともしねえ。馬車も定期便もない。……人間にとっちゃ、この町を出た時点で異邦だな」
言葉に合わせ、ソーマの胸がずしりと重くなる。
「……やっぱりか」
ジョッシュが眉をひそめる。
「じゃあ、どうやって行けっていうんだ?」
男はニヤリと笑い、指を一本立てた。
「フォレストエルクだよ。あの森を駆ける神秘の鹿だ。認められれば人を乗せてくれるが、ダメなら……歩いて行くしかねえな」
「鹿に……認められる?」
クリスが小さく首を傾げる。
「そうだ。あいつらはただの獣じゃねえ。森の守り手さ。人の思惑なんざ通じねえ。――心を見抜かれるんだよ」
その言葉に、三人は思わず顔を見合わせた。
すると、奥から別の男が声を投げてきた。髭交じりの顔に皺を刻んだ中年で、酔っているわけでもなさそうだ。
「ついでに言っとくがな。森の外れでエルフに出くわすこともある。フォレストエルクに乗っていれば話してくれる事もあるが……気に入らなきゃ、襲ってくるぞ」
ジョッシュが小声で舌打ちした。
「ったく、やりづらい話ばかりだな」
ソーマは腕を組み、沈黙の後に短く答えた。
「……つまり、信用されるかどうかがすべてってことか」
「まあ、そう暗くなるな」
最初の男がにやりと笑って続ける。
「もしどうにもならなけりゃ、アスエリスを目指すのはやめて、南のアスヴェリスに行け。あそこはダークエルフの都だ」
「アスヴェリス……?」
ソーマは聞き慣れぬ名に眉を寄せた。
「ああ。奴らはエルフとは真逆でな。他種族との交流に積極的で、技術を取り入れるのにも熱心だ。肌の色も違えば、考え方もまるで別物。だが、同じ根を持つ種族だという説もある。……アスヴェリスの女王は気さくでな。人間も受け入れてる」
「……そうか。覚えておくよ。助かった」
ソーマは深く礼を言い、クリスもジョッシュも軽く会釈した。
情報を得た三人は、その夜、港町の宿に泊まった。
個室は埋まっていて三人部屋だったが、小さな木造の部屋は清潔で、ベッドにはふかふかの毛布が用意されている。だが、窓の外から響く波の音や遠くの風のざわめきは、確かに異国の地に来たのだと実感させた。
「……本当に大丈夫かな、明日からの旅」
ベッドに腰掛けたクリスが、不安げに呟く。
「まあ、心配すんな。俺たちにはソーマがいる」
ジョッシュは軽く笑って肩を叩いた。
だが、ソーマは窓の外を見つめたまま小さく答える。
「……フォレストエルクに認められなきゃ進めない。エルフに嫌われれば命を落とすかもしれない。それでも行くしかないんだ」
胸の奥で、不安と同時に奇妙な高揚感が芽生えていた。
新しい大陸、新しい種族、新しい出会い。
危険と隣り合わせであるからこそ、冒険は輝くのかもしれない。
ランタンの柔らかな灯りが、三人の影を壁に映し出す。
装備を点検し、手に入れた地図を広げ、明日に備える。
外の風が窓を揺らし、波音が遠ざかっていく中、一行は静かに眠りへと落ちていった。
――翌朝。
港町はすでに活気に満ち、人々が荷を運び、船が汽笛を鳴らす。
ソーマたちの視線は、すでに町外れに広がる森へと向けられていた。
そこから始まる旅路は、誰も知らない困難が待つだろう。
それでも彼らは進むしかない。
新大陸の一夜は静かに過ぎ去り、未知の森と神秘の鹿、そして人間嫌いのエルフが待つ冒険の幕が上がろうとしていた。
エルフと言えば多種族嫌い、ダークエルフも忌み嫌うってのは鉄板ですよね。
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