54:飛竜便と空と海の向こうのフラグ
――出発の朝。
王都の空は、雲ひとつない晴天だった。
宿の窓を開け放つと、涼やかな風が吹き込み、遠くから鐘の音が響いてくる。
ソーマは差し込む朝日に目を細め、深く息を吸い込んだ。
新しい大陸、新しい景色、そして未知の世界樹――胸の奥が自然と高鳴っていく。
「おーいソーマ!準備できたか?」
廊下の向こうからジョッシュの声が響いた。
背負い袋の紐をきつく締め直し、腰に下げた細剣蜂王剣を確認する。
刀身に走る淡い金の筋が朝日に反射し、わずかに蜂の翅のようにきらめいた。
階下に降りると、すでにクリスとジョッシュが扉の前で待っていた。
二人とも背負い袋を肩にかけ、表情には緊張と期待が混じっている。
「……なんだよその顔。遠足前の子どもみたいだぞ」
ジョッシュがにやりと笑う。
「お互い様だろ」
ソーマが苦笑すると、クリスも小さく頬を緩める。
「私も……楽しみです。飛竜便、初めてですし……」
その声は控えめだったが、耳の先まで赤く染まっている。
「今日から翠大陸に行くんだろう? あたしも昔、依頼で行った時遠くから世界樹を見たことあるけど……本当にすごい迫力だからね」
出発前に猪熊亭のおかみさんが手を止めて声をかけてきた。
「……くれぐれも無事に帰ってくるんだよ」
「はい。行ってきます」
猪熊亭のおかみさんに別れを告げ三人は軽く笑い合いながら、飛竜便発着所へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
飛竜便の発着所は王都北西区。
巨大な石造りの塔が空に向かってそびえ立ち、その周囲に広がる円形の離着陸場では、既に何体もの飛竜が翼を休めていた。
到着すると、見覚えのある二人が待っていた。
受付嬢のメルマ、そしてソーマの姉リンだ。
「おはようございます、ソーマさん、ジョッシュさん、クリスさん!」
メルマが元気よく手を振る。
いつもはギルドのカウンターにいる彼女が外に立っているのは、どこか新鮮だった。
「わざわざ見送りに来てくれたんですか」
ソーマが近寄ると、メルマはにこやかに頷いた。
「当たり前じゃないですか。翠大陸なんてそうそう行ける場所じゃありませんし……どうか無事に帰ってきてください」
「もちろん」
ソーマが短く答えると、隣に立つリンが腕を組んでため息をついた。
「ソーちゃんが、この大陸を出て行くなんてね……お姉ちゃん、心配で仕方ないわ」
「姉さん、わざわざ来てくれなくてもよかったのに」
「最近活躍しているけどお姉ちゃんやっぱり心配だよ。お母さんからも久々に会えてよかったって連絡来たけどお姉ちゃんはいつでも心配してるよ。あっちにいっても毎日連絡頂戴ね」
その声には冗談めかした調子の奥に、確かな寂しさが滲んでいた。
「……ありがとう、姉さん」
ソーマが小さく返すと、姉弟の間に柔らかな空気が流れた。
そこへ、塔から係員の声が響く。
「まもなく西港町ヴァイス行き、出発のお客様は搭乗口までお越しくださーい!」
金属製の橋がせり出し、その先に巨大な飛竜が翼をたたんで待機していた。
全身を覆う鱗は深い青色に輝き、黄金の瞳が鋭く光る。
「うわぁ……」
クリスが息を呑む。
「本物を間近で見るのは初めてだな。でけぇ……」
ジョッシュも口笛を吹いた。
この飛竜たちは、生まれた時から専門の飼育士に育てられ、人の声や指示に慣れた空の旅の相棒。
野生の獰猛さはなく、その瞳には人を受け入れる静かな光が宿っている。
飛竜の胸元に頑丈な金属枠と帆布で作られた籠が抱えられており、その中に十数人が座れる座席が整然と並んでいる。
籠は鎖と革帯で飛竜の胴に固定され、揺れや衝撃にも耐える造りだ。
「思ってたより……ちゃんと乗り物なんですね」
クリスがほっとしたように微笑む。
「まぁ、背中に直接またがるのはロマンあるけどな。長距離ならこっちのほうが安全だろ」
ジョッシュが感心して頷く。
三人は係員に促されて籠に乗り込み、革製の安全帯を締めた。
帆布越しに伝わる飛竜の呼吸が、これから始まる空の旅を告げている。
「じゃあ、行ってきます!」
ソーマが振り返り、二人に手を振る。
メルマは大きく手を振り返し、リンは両手を口に当て叫んだ。
「絶対に帰って来てね! ……途中で行方不明とか、許さないからね!」
――フラグめいた響きが胸に残る。
だが、ソーマは心の中で苦笑する。
(大丈夫。スキルが発動してないってことは……きっと、何も起きない)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
轟音と共に、飛竜が翼を広げた。
籠全体が大きく揺れ、座席の革帯がきしむ。
「出発します――!」
操縦士の声が響いた瞬間、飛竜が地を蹴った。
腹の底がふっと軽くなる。
視界が一気に開け、王都の街並みがみるみる小さくなっていった。
屋根瓦の赤、石畳の白、石造りの塔や街門が手のひらに収まる模型のように見える。
「うおおおお! 速ぇぇぇ!」
ジョッシュが叫び、声は風にかき消されそうになる。
飛竜は滑らかに雲間を抜け、空を駆ける。
顔に叩きつける風、浮遊感、そして馬車では決して味わえない速度。
ソーマは前方を見据えながら、自然と頬を緩めた。
「……すげぇな」
クリスも最初は身体を強張らせていたが、やがて外を覗き込み、小さく息を呑む。
「山も川も……全部一度に見渡せます」
「まるで鳥になったみたいだな」
ソーマが呟くと、クリスも嬉しそうに頷いた。
やがて王都の輪郭が遠ざかり、眼下に広がるのは果てしない草原と湖、そして西の海。
沈みかけた太陽が海面を黄金に染め、旅の始まりを祝福しているようだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕刻。
飛竜は勇大陸西の港町――ヴァイス港に降り立った。
潮の香り、カモメの鳴き声、行き交う商人の声が三人を包み込む。
「おお……想像以上に賑やかだな」
ジョッシュが感嘆の声をあげる。
「港町って、もっと静かな場所だと思ってました」
クリスは目を丸くし、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ここは大陸間貿易の要所だからな」
ソーマが視線を港に並ぶ船へと向ける。
大きな三本マストの帆船、荷を積み下ろす作業員――すべてが、新しい旅の幕開けを告げていた。
港町にてギルドが手配した宿で一泊した翌朝。
ギルドが手配した中型船へと乗り込み、甲板に立つ。
翠色の紋章が描かれた白帆が潮風を孕み、鎖の軋む音と共に錨が上がった。
「……いよいよだな」
ソーマが潮風を受けながら呟くと、ジョッシュが力強く拳を握った。
「おう! 未知の大陸、思う存分楽しもうぜ!」
クリスも静かに微笑み、言葉少なに頷いた。
やがて港の景色が遠ざかり、船は朝陽の海を滑るように進んでいく。
水平線の彼方に待つのは、まだ見ぬ翠大陸アスエリス。
「……行くぞ、アスエリス」
ソーマの声は潮風に乗って広がり、夕陽の輝きに溶けていった。
船は光の道を切り裂きながら、海の果てへと進み続ける――
飛竜便から船で出向迄サクサク。
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