53:翠大陸アスエリス行きのワクワクとフラグ
――カルドムローラ討伐から二週間。
ソーマたち【アストレイ】の名は、今や王都の冒険者ギルド内で小さくも確かな存在感を放っていた。
「おい、また【アストレイ】がCランク依頼を一日で片付けたらしいぞ」
「あのゼルガンが作ったっていう特注武器のおかげだろ?」
「いや、動きが全然違うって話だ。昨日もDランクの魔物をまとめて殲滅したらしいぞ」
そんな噂が飛び交う中、三人は淡々と、しかし確実に依頼をこなしていく。
狼型魔物の群れ退治。
薬草採取の護衛。
スタンピードの兆候を見せていたダンジョンのダンジョンブレイク――
どの依頼も、危なげなく、連携も流れるようにこなしてきた。
「いやぁ、これゼルガンさんの装備のおかげってやつかな……」
ジョッシュは戦利品の入った袋を肩に担ぎながら、自慢のブーツ――新品のように光沢を保った蜂靴を見下ろした。足元から伝わる踏み込みの安定感に、改めて感心する。
「装備の力だけじゃないですよ」
クリスは胸元の小さな盾――蜂王盾を抱き、視線を下げて微笑む。その指先は、盾の中央に刻まれた蜂の紋章を撫でていた。
「私たちの動きも、前よりずっと速くて正確になってます」
「……そうだな」
ソーマは淡く金の筋が走る細剣――蜂王剣の柄に手を添える。刀身に光が当たるたび、蜂の翅のようなきらめきが一瞬だけ走った。
「武器は仲間だって、あの時感じたことが……間違いじゃなかった」
そんな好調な日々の最中――
その日も依頼を終え、ギルドに戻ると、受付のメルマが手招きしてきた。
「アストレイの皆さん、ギルドマスターがお呼びです」
「カルヴィラさんが?」
ソーマは眉を上げる。
案内された部屋――
質実剛健な机や棚が並び、壁には古びた地図と武器が掛けられている。
窓から差し込む午後の陽光が、カルヴィラの後ろ姿を縁取っていた。
(思えばここから俺たちアストレイが始まったんだと思うと感慨深いな)
「来たか、アストレイ。……座れ」
低くもはっきりとした声。
三人が椅子に腰を下ろすと、カルヴィラは組んでいた腕を解き、机上に一枚の封書を置く。
その封蝋は国章で封じられていた。
「国からの依頼だ」
カルヴィラは短く息を吐き、続ける。
「内容は――【翠大陸アスエリス】にある世界樹の様子を確認してほしい、というものだ」
「世界樹……?」
クリスが息を呑む。
幼いころから絵本や伝承で耳にしてきた名前だ。
「そうだ。あの大陸の中央にそびえる、古代から生き続ける巨木だ」
カルヴィラの声が一段低くなる。
「この依頼は年に一度、この時期に行われる。昔から、魔王復活が近づくと世界樹周辺に異変が起こると言われている。国はその予兆がないか確認したいらしい」
「で、その依頼が俺たちに?」
ジョッシュが眉をひそめる。
「本来なら【栄光の架け橋】に任せる予定だった。ユーサーたちにな」
カルヴィラは小さく肩をすくめる。
「だが、あいつらは既に別件の依頼を受けており、期日的にも間に合わん」
そして視線を三人に戻し、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「だがな、ユーサーたちがお前らを推薦した。『ソーマたちなら問題ない』と」
その言葉に、ソーマは瞠目する。
かつて追放され、対立し、互いに譲らぬ時期もあった。
それでも今、彼らはソーマたちを推してくれている――
ソーマは胸の奥が、静かに熱くなるのを感じた。
「……ありがたい話です。ですが、翠大陸まで行くとなると……」
「旅費はギルドが負担する。飛竜便で西の港町ヴァイスまで行き、そこから船でアスエリスへ向かえ。現地での滞在費も経費として計上する」
「手厚いですね」
クリスが驚き混じりに呟く。
「まぁ、何もなければ観光気分で帰ってきても構わん」
カルヴィラは言いながらも、ふっと真顔になる。
「だが――もし何かが起きたときは必ず頼む。お前たちにしかできない事もあるだろう」
その一言で、部屋の空気がわずかに張り詰めた。
ソーマは視線を逸らさず、カルヴィラの目を正面から受け止める。
「わかりました。アストレイ、依頼をお受けします」
ジョッシュは拳を軽く握って頷き、クリスも小さく返事をした。
「よし。では明後日の午前、飛竜便の発着所へ行け。必要な準備は明日中に済ませろ」
「了解です」
三人が立ち上がる。
扉に手をかけたとき、カルヴィラが小さく笑いを含んだ声で言った。
「……何事もないことを祈っている」
その一言に、ソーマは心の中で苦笑する。
(……それ、ちょっとフラグっぽいんだよな。死亡フラグじゃないといいけど)
軽く会釈して部屋を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ギルドを出た三人は、夕暮れの街を歩く。
夕暮れの街、石畳の道を歩く三人の影が、橙色に長く伸びる。
「翠大陸か……」
ジョッシュが空を仰ぐ。
西の空は燃えるような赤に染まり、雲の向こうに海が見える気がした。
「何かあるんですか?」
クリスが横を歩きながら問いかける。
「世界樹は、大陸のどこからでも見えるって聞いてる。空を突き抜けるほどの高さでな……ガキの頃から、一度は見てみたいって思ってた」
「……少し楽しみです」
クリスの声は控えめだが、その瞳には確かな期待が宿っていた。
ソーマはそんな二人の横顔を見やり、剣の柄を軽く握った。
「何が待っているかはわからない。……でも、今の俺たちならきっと乗り越えられる」
その言葉に、二人は自然と笑みを返した。
新たな大陸へ向かう旅路は、静かに始まろうとしている。
――そして、その胸の高鳴りと共に、小さなフラグが立ったことを、まだ誰も知らなかった。
という訳で第4章はついに別大陸へ飛び出します。
一体何がソーマたちアストレイを待っているのかお楽しみに。
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