51:魂を繋ぐフラグ
【ゼルガン視点】
――一ヶ月前。
素材を受け取った瞬間、ゼルガンは言葉を失った。
異形の蜂の女王。
その外殻、針、水晶体――
どれもが、鉄にも鋼にも負けぬ気迫を宿していた。
見るだけで肌が粟立つような、生命の奔流。
それは、ただの素材ではない。
戦いの証だ。
「……なるほどな。こいつらは、お前たちが命懸けで勝ち取ってきたんだな」
ゼルガンの低く、重たい声に、ソーマたちは無言で頷いた。
彼らの目には疲労が刻まれていたが、それ以上に、誇りがにじんでいた。
ゼルガンは黙って頷く。
――心から、敬意を込めて。
職人にとって最高の素材とは、単なる物質ではない。
それを手にした者の、覚悟だ。
それからの一ヶ月。
ゼルガンは、まるで若かりし頃に戻ったかのように、炉の前に立ち続けた。
眠る時間も、食う時間も惜しんだ。
鋼を打つたびに、頭に浮かぶのは――
己が若き日に、勇者パーティーの一員として世界を駆けていた日々。
ゼルガンは鍛冶をする者として、旅に同行していた。
剣を握ることもあったが、本質は『仲間の命を守るための装備を生み出す者』だった。
魔王を封印し、世界が平穏を取り戻すと、仲間たちはそれぞれの道を歩んでいった。
聖女は聖大陸アストレアで、世界を見守る巫女となった。
魔導士は翠大陸アスエリスの女王となり、知の統治者として歩み出した。
そして勇者と魔闘士は人々の前から姿を消した――
そして――
『俺は、まだ誰かの盾でいたい』と願った。
かつて――
たった一人の家族を守れなかった自分を、許せなかった。
その悔いが、今も鉄と炎に宿っている。
王都に鍛冶屋を開き、ただひたすらに打ち続けた。
いつか、また誰かの力になれると信じて。
そんな折――彼らが現れた。
真っ直ぐで、必死で、不器用な若者たち。
どこか懐かしい眼差し。
あの頃の自分を、仲間たちを思い出させてくれるような光を宿していた。
「待たせたな」
扉の向こう、ソーマたちの気配に気づいたとき、
ゼルガンは、自分でも気づかぬうちに微笑んでいた。
エプロンには煤がこびりつき、髪は乱れ、目の下には濃いクマ。
だが、それすら誇らしかった。
こんなにも心地よい疲労を感じるのは、いつ以来だろうか。
――ああ、間違いない。
俺の血は、まだこの世界に役立っている。
ソーマが一歩前に出る。
その目には、揺るがぬ意志があった。
「見せてくれませんか……!」
ゼルガンは静かに頷いた。
その声、その眼差し。
彼は確かに感じていた。
この若者は、使うために武器を求めている。
力を誇示するためでも、名声のためでもない。
命を繋ぐための本当の武器を。
まず手渡したのは、蜂の女王の針と水晶体から作られた細剣。
繊細だが強靭。
速く、鋭く、魔力伝導率が極めて高い。
まさに、ソーマのために在る剣。
「……これは……」
ソーマは剣を両手で受け取り、まるで命を預けられたかのように目を見開いた。
その指が、微かに震えていた。
だがそれは畏れではない。
深い敬意――そして、覚悟。
ゼルガンは、その震えを見逃さなかった。
鎧もまた、ただの防具ではなかった。
蜂の外殻を元に、魔力を巡らせる回路を織り込み、加速を支援する。
動きに同調するよう設計された生きている鎧。
ジョッシュのブーツ。
躍動し、戦場を駆け、蹴撃すら武器に変えるその足。
ゼルガンは思い出す。
かつて共に旅をした、俊敏なる魔闘士サンドラの姿。
己の体を武器とし、誰よりも早く、誰よりも深く、仲間を救うために走った彼女。
彼女の魂をジョッシュのブーツに込めた。
クリスの盾――
小さなその防具に込めたのは、かつての聖女が使っていた祈りの鏡。
魔法をはじく防壁、魔力を透かす導鏡。
いつだって誰よりも先に仲間を癒し、庇い、命を差し出した彼女。
――これは、守る者の武器だ。
「お前たちには……かつての俺たちにはなかった何かがある気がする」
それは、おそらく――
孤独ではない強さだ。
誰かのために強くなる。
互いを信じ、背中を預け合える仲間がいる。
その想いが、武器を進化させる。
装備を身に着けた瞬間、ソーマたちの気配が変わった。
呼吸が、体温が、気配そのものが研ぎ澄まされていく。
剣と感覚が繋がり、鎧と身体が一体化し、盾はまるで意志を持って彼たちを守るかのようだった。
ゼルガンは静かに息を吐いた。
胸の奥で、長年凍っていた何かが、音を立てて溶けていく。
「――命を賭けるってのは、そういうことだ。お前たちの覚悟、しかと見せてもらった」
扉が閉まり、工房に再び静けさが戻る。
ゼルガンは、しばし天井を見上げた。
煤けた梁の向こうに、かつての仲間たちの笑顔が見えたような気がした。
「……あいつらがいたら、きっと笑ってただろうな」
そして今、自分が創った武器が、新たな命を守るのだ。
それこそが、自分にとっての――
最後の戦いの形。
(……それにしても、あの剣……)
ソーマの腰に携えられていた、古びたロングソード。
それは、間違いなく――自分が昔、打った剣だった。
「昔俺が打った剣が、今も誰かの命を守ってるんだな……」
ゼルガンはそっと拳を握る。
まだ、俺の手は止められない。
この命の鉄が、誰かの未来をつなぐ限り――
作者が小出しにしている元勇者情報を元メンバーのゼルガン視点で出すなら今と思い入れてみました。
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