49:走り出すフラグ
王都に戻った翌朝、まだ日も高くない時間帯に、ソーマたちは静かに動き出していた。
「……行こうか。まずは、ゼルガンさんのとこからだな」
肩に荷を背負い、ソーマが静かにそう呟く。
言葉の端々に決意と、どこか焦燥にも似た鋭さがにじんでいた。
その背中を見ていたジョッシュとクリスも、無言で頷く。
セクト樹海での死闘。
異形の女王との戦いは、ただ任務をこなした、などという軽いものではなかった。
あの恐怖と緊張の中で、命の重みを知った。
まだまだ足りない。
もっと強くなければ、次はきっと、誰かが死ぬ。
その確信が、ソーマたちの胸に炎のように灯っていた。
ゼルガンの鍛冶屋は、いつものように無骨で質実剛健な外観をしていた。
分厚い鉄扉と煉瓦の壁、煙突からはモクモクと黒煙が上がっている。
しかし中に入れば、鉄と火の匂いに満ちた空間には、不思議な温もりがあった。
「おう……ソーマ。無事だったか」
奥でハンマーを振るっていたゼルガンが、手を止めて振り返り、その奥の鋭い目が、ふっと柔らいだ。
年季の入った顔に浮かんだ笑みは、ほんのわずか、だが心底安堵しているのが伝わってきた。
「はい。ただいま戻りました、ゼルガンさん」
ソーマは深く一礼し、懐から丁寧に革袋を取り出す。
「これを見ていただきたくて……セクト樹海で倒した異形の女王の素材です。甲殻、羽根、針……それと、中心にあった水晶体のような核も」
「ほう……」
ゼルガンは無言で袋を受け取ると、手のひらで慎重に中身を確認した。
その瞳が一瞬だけ鋭くなり、まるで獲物を見定める猛禽のようになる。
「……こいつ、ただの魔物じゃねえな。……異常な意志を感じる。作られたもの……か?」
「……はい。自分もそう感じました。以前、ゴブリンのダンジョンで感じたのと、同じ気配がありました」
ソーマの声には確信があった。
ゼルガンは黙って頷き、袋を脇に置くと、腕を組んでソーマたちを見据えた。
「なるほどな……厄介な何かが動いてるという訳か。だが、面白い。作る価値がある」
「……作っていただけますか?」
「ああ。で、どんなものを作って欲しい?」
ソーマはひと呼吸置いて、静かに口を開いた。
「俺には、剣と鎧を。もっと強く、速く、そして――迷わず振れるような剣を。鎧は……魔力の耐性を持ちつつ、できるだけ動きやすくして欲しいです」
「なるほど……この針と水晶体を鍔と芯材にすれば、強度と柔軟性を両立できそうだ。鎧には羽根の素材が軽量化に役立つだろう」
ゼルガンの表情が職人のそれへと変わっていく。
目の奥に火が灯ったように、創造への情熱がにじんでいた。
「無茶な注文だが――燃えるな」
「……お願いします」
ソーマが頭を下げると、今度はジョッシュの方を向いた。
「次は俺の番か?」
「そうだ。ジョッシュには、特注のブーツを作ってもらいたい。普通のじゃなくて……靴底から、針のような突起を出せるようにして欲しい」
「ほう、仕込み靴か。蹴りに使うだけじゃなく……踏ん張りの補助にもなるな?」
「はい。特に走る時に必要なんです。もちろん、突起は出し入れできるように。常時出てたら使い物にならないので」
ゼルガンはニヤリと笑った。
「何に使うのかわからんが面白い注文だな」
そして、クリスの方へ視線を向ける。
「お嬢さんは?」
「小型の盾をお願いします。戦闘では足手まといにならぬよう、最低限の防御を……自分で守れるようになりたいんです」
ゼルガンはしばらく三人を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「……いい目をしている。その装備に命を預ける覚悟、見せてもらった」
そう言うと、手に持っていた設計用の炭筆を握りしめ、背後の作業机へ向かった。
「一ヶ月はかかる。だが、それ以上のものを仕上げてやる。手は抜かない。命を預ける装備ってのは、そういうものだ」
「……ありがとうございます!」
ソーマたちは深く頭を下げた。
その背中に向けて、ゼルガンはポンと手を振った。
「待ってる間、己を鍛えておけ。その目が曇ったら、渡す装備も腐るからな!」
笑みを浮かべるその横顔に、どこか父のような温かさを感じながら、三人は鍛冶屋を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこからソーマたちが向かったのは、冒険者ギルドの裏手にある訓練所だった。
石畳の広場には、木製の人形や障害物が並び、今日も数人の冒険者が剣を振るい、技を磨いている。
ソーマはジョッシュを片隅の空いたスペースに連れて行き、真剣な表情で言った。
「ジョッシュ。そろそろ、次のステップに進んでもらう」
「……次のステップ?」
「野球ってのは、ただ打つだけじゃない。投げるだけでもない。走る事も大事なんだ。今日はそれを叩き込む」
「……走る?」
「そう。野球における走塁技術は、戦場でも大いに生かせるはずだ。間合いを制し、隙を突き、逃げ道を作る。そこを補ってもらう」
ソーマは地面に線を引き、39メートルほど離れた位置にもう一本の線を引いた。
「ここから、あそこまで。一塁分の距離だ。全力で走れ。合図と同時にスタートだ」
「了解! よっしゃ、やってやる!」
「――今だっ!」
ソーマの声と同時に、ジョッシュが地面を蹴る。
その動きは勢いがあったが、足の運びに無駄が多く、まだ重心も高い。
「もっと腰を低く!足幅を狭くして、腕を大きく振れ!」
「わかった、次は修正する!」
二度、三度、四度――繰り返すうちに、ジョッシュの動きは目に見えて洗練されていく。
重心を落とし、足の回転が滑らかになり、スタートの爆発力も増していった。
「……いいぞ、ジョッシュ。その調子だ!」
「へへっ、学園時代を思い出してきた!走るってやっぱ気持ちいいな!」
夕焼けが訓練所を赤く染める頃、ソーマたちの汗は大地に落ち、確かに新たな何かを形作っていた。
ソーマはその姿を見つめながら、そっとつぶやく。
「これが……俺たちの新たな力の始まりなんだ」
そう、まだ始まりにすぎない。
新たな戦いに挑むために、ソーマたちは――今日、また一歩、進み出した。
重いコンダラ試練の道を~
あの歌詞のシーンにローラーを引かせてるのが悪い。
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