47:別れのフラグの下で
それは打ち上げ会場の焚き火の前でのことだった。
はぜる薪の音を背に、ユーサーは一歩、ソーマへと近づく。
「今の君なら、僕の傍にいるのにふさわしい。」
その声には迷いがなかった。
静かでありながら、確かな決意が込められている。
「君の視野。判断。そして、心。……僕はもう、それを疑っていない。むしろ、信じているんだ。戦場での冷静な目線、的確な指示。誰よりも命に向き合う姿勢……それを、僕の傍で振るってほしい」
言葉のひとつひとつが、焚き火の火の粉のようにソーマの胸に染み込んでいく。
ソーマは目を見開いていた。
──予想もしていなかった。
かつて自分を追放したその男が、こんな風に声をかけてくるなんて。
けれど、目の前のユーサーに偽りはなかった。
静かに、真摯に、彼は今のソーマと向き合っていた。
「もちろん、そちらの二人も――クリスティーナも、ジョシュアも。一緒に来てくれて構わない」
クリスとジョッシュが、思わず顔を見合わせ、小さく息を呑む。
アイムは、驚きつつも笑みを浮かべていた。
「……ユーサー、本気か?」
「本気だよ。ソーマはもう、僕たちについて来れなかった過去の彼じゃない。この地を救った英雄の一人だ。……君たちが見ただろう? あの戦い。誰より冷静で、誰より……命に対して誠実だった」
ユーサーの言葉に、近くにいた仲間たちが静かに頷く。
「……まぁ、正直複雑だけどね。勇者パーティーに聖女は二人もいらないし。でも、ユーサーがここまで言うなら……悪くないかも」
シオニーが苦笑まじりに言い、エーデルが微笑む。
「王都に戻って、また一緒にやれたら……嬉しいです、私も」
「ソーマ、お前の戦術には助けられた。俺は歓迎する」
ジェラウドが短く、だが力強く言う。
ユーサーは、焚き火の影を踏み越え、さらに一歩近づいた。
焚き火の光が、ユーサーの瞳にちらつく。
「どうだろう? 僕たちと共に――再び【栄光の架け橋】へ。そして、共に魔王と戦ってくれないか?」
静寂が落ちる――
風が草を揺らし、焚き火がぱちりと鳴る。
空には、満天の星。
夜の闇が全てを包む中で、ソーマはゆっくりと口を開いた。
「……ありがとう。ユーサー。そして、みんな。……本当に、嬉しい」
ソーマの声は震えていなかった。
むしろその瞳には、確かな強さが宿っていた。
「でも……俺は、もう別の道を歩き始めたんだ。あの日、【栄光の架け橋】を追放されて……一度は、自分を見失いかけた。でも……今は違う。俺は、自分の選んだ道を信じている」
そして、ソーマは微笑んだ。
「だから……その申し出には、応えられない」
その場に、冷たい風が吹き抜けたような気がした。
けれど――
ユーサーは目を細めると、少しだけ、肩の力を抜いたように笑った。
「……そうか。ソーマらしい答えだな」
寂しさと、どこか誇らしげな想いが混じったような笑み。
「でも、後悔するかもしれないぞ」
その背中に向かって、ソーマは静かに返す。
「それでも、俺が選んだ道だから」
ユーサーは何も言わず、くるりと踵を返して歩き出す。
仲間たちもそれぞれに想いを胸に、ユーサーの後に続いた。
夜は静かに更けていった――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝――
薄い朝靄の中。
馬車の前で、旅の準備が進められていた。
ソーマは、少し離れた場所に立つユーサーの姿を見つけた。
「……もう行くのか?」
「ああ。僕たちは飛竜便で王都に戻る。ギルドへの報告もあるし、今後の調整もね」
「……そうか」
何を言えばいいのか、わからなかった。
ユーサーとの距離は、あまりにも遠くもあり、近くもあった。
そんなソーマの肩に、ぽんと手が置かれる。
「道は違えど、目指すものは同じだ。……また、きっとどこかで会おう」
「……ああ」
「それと――」
「?」
「ソーマの気が変わったら、待っているよ。……一度きりの誘いだなんて、言わない」
ソーマは、小さく笑った。
「……ありがとう、ユーサー」
飛竜便の方向へ向かって去っていくユーサーたちの背中が、朝日に照らされていく。
「……さて、俺たちはのんびり帰るか」
ジョッシュが伸びをしながら馬車に乗り込む。
クリスも頷いて隣に腰を下ろす。
「ここ最近は忙しかったですし、少しのんびりしても……罰は当たりませんよね」
「だな」
ソーマは振り返らずに、最後にもう一度だけ南の空を見上げた。
そして、馬車の後部に腰を下ろす。
馬車は静かに、ガタゴトと音を立てながら動き出す。
王都への帰路――
それは、ひとつの終わりと、新たな旅の始まりを告げる道だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【???視点】
同時刻、セクト樹海の奥深く……
「……なぜ、ひるんだ?」
フードを被った人物が、ただ一人、ぽつりと呟く。
ネストクイーン。
彼が造り上げた最高傑作が、あの少年――ソーマの前で恐怖を覚えた理由とは?
「……あの草は本来、虫型魔物には効果がない。だが……融合体であるがゆえに、生態バランスが崩れ、神経系に逆作用した……? そんな都合のいい話があるか……!」
言葉とは裏腹に、彼の声は震えていた。
「いや……あれは草の問題じゃない。なにもかもあのソーマとかいう人間のせいだ! ……ソーマ。操真……? まさか、いや……だが、もしあれが……!」
その名を口にした瞬間。
彼の中で築いてきた想定が音もなく崩れていくのを感じた。
「……別の大陸にいる連中にも、忠告しておかねば。今はまだ、奴と対峙するべき時ではない」
そう呟き、彼は静かに、森の闇に溶けるように姿を消した。
誰にも知られることなく、密かに動き出す、新たな陰謀。
その足音は、まだ遠く……しかし、確実に近づいていた。
これにて第3章完!
今章も毎日更新する事が出来ました。
第4章も毎日更新目指しつつ今後もついてきていただけたら幸いです。
それにしてもユーサーがこうなるとは私も思わなかったです。
色々書きたい事は活動報告にて書かせて頂きます。
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