41:蟲の王、異常なフラグ
ダンジョンと化した森――セクト樹海の奥を、ユーサーたちは迷いもなく進んでいく。
その歩みは、もはや探索者ではなかった。
彼ら自身がこの空間の主であるかのような、圧倒的な自信と余裕に満ちている。
「敵、接近。四体、左手から──」
静かに告げるアイムの声。
即座にエーデルが詠唱を紡ぐ。
「了解。【アイシクルランス】」
氷の槍が音もなく放たれ、次の瞬間には木陰から迫っていた巨大な甲虫が貫かれていた。
甲高い鳴き声すら上げる間もなく、その命は潰えた。
「……なんつー命中精度だよ。俺が手を上げる暇もねぇ」
ジョッシュが苦笑しながら肩をすくめる。
「通常個体だけじゃない。さっきの特別種も一瞬だった……強すぎるよ、ユーサーたちは」
ソーマが呟くように言うと、後方を歩くクリスが静かに頷いた。
「侵入者ではなく、制圧者……そんな感じです」
道の脇に潜んでいた虫たちは、気配を残す間もなく狩られていく。
あまりにもスムーズすぎて、不気味なほどだった。
「……なんか、誘われてるみたいですね」
クリスが立ち止まり、頭上の暗い天蓋を見上げる。
「確かに、変だな。敵の数も配置も、どこか用意された感じがある」
アイムが眉をひそめ、感覚を研ぎ澄ませる。
戦闘になるべき場面で、戦闘が発生しない。
あたかも、ダンジョンそのものが導いているようだった。
「敵が僕たちの力量を察知し、真正面からの決戦を選んだ……そう考えるのが自然かな」
ユーサーが静かに言い、剣に手をかける。
「つまり、誘ってるのか」
ソーマが呟く。
背筋に微かな冷気が走った。
アイムが再びエリアサーチを展開する。
青白い光のラインが地形をなぞり、進路を浮かび上がらせる。
「行こう。敵がどんな策を巡らせていようと……僕たちの目的は一つ」
ユーサーが歩みを進める。
誰一人、ためらわない。
その姿は、まさに勇者と呼ぶにふさわしいものだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──そして数十分後。
一行は、ダンジョンコアの間の手前に辿り着いた。
それはまるで、地中に空いた蟻の巣の入口。
だがその奥には、広大な空洞が広がっているのがわかる。
濃密な魔力が漂い、皮膚に刺さるような圧を感じる。
《アストレイ、栄光の架け橋の死亡フラグが発生しました――破壊しますか?》
「っ!?待ってくれ!」
ソーマが突然立ち止まり、全員に制止を促す。
感じた。
――それが発生したのを。
自分にしか見えない、忌まわしきフラグの兆し。
いつもの様に破壊しようと念じたその瞬間――
《フラグ発生確認――破壊対象:『アストレイ、栄光ノ架ケ橋、死──フラグ』》
《構造解析開始……因果ポイントヲ……ヲ……》
《原因:■■■■■……エラー発生……視界ノ奪取確認……┐××撃……ハ……ス……》
《提┤:撤退orコア破壊……選択ヲ、早ク、早ク、早ク……》
ソーマの視界が揺らぎ、猛烈な頭痛が脳髄を貫いた。
「ソーマさん!」
クリスが駆け寄り、即座に回復魔法を唱える。
「……っ、今、少しマシになった……ありがとう……」
(今のは……ただのフラグじゃない。こんな反応、初めてだ)
ソーマが額を押さえながら顔を上げた。
「これ以上は危険だ。今日はここまでにして戻る。依頼としては十分達成している」
「なによそれ。ここまで来て手ぶらで帰れっての?」
シオニーが眉をひそめる。
「今度来たら構造が変わっている可能性もあります。それに、私たちの体力もまだ十分」
エーデルが淡々と告げる。
「中には虫どもの反応があるが、まぁクイーンアント程度。俺たちなら三手で終わるな」
アイムが欠伸をしながら言う。
「どうせいずれ戦う相手なら、今片付けたほうが早い」
ジェラウドが盾を打ち鳴らし、士気を高めるように言う。
「だから言ったんだ、僕たちだけでいいって。ここまで来たら……もう、戻れないよ」
ユーサーが剣を引き抜き、ゆっくりと構える。
「ソーマさん……あれ、感じたんですね」
クリスが、少しだけ震える声で問う。
「あぁ……はっきりと。死のフラグ。しかも、異常な形で……」
ソーマが息を吐く。
重く、深く。
「けど……俺たちだけ撤退ってわけにもいかないよな」
ジョッシュが笑いながら、バットを構えなおす。
「……わかった。行こう」
ソーマは静かに頷いた。
一行は、巣穴の奥へと進む。
それは、このダンジョンにとって最後の障壁を越える行為だった。
そして――ダンジョンコアの間。
そこは異様な光景だった。
巨大な空間の天井には無数の巣が張り付き、壁は粘液に覆われ、床は生温い呼吸のようにうねっていた。
そして中央に、異形の影。
女王アリのような巨体。
背に六対の蜘蛛脚、さらにハチの羽が震えている。
腹部には毒針、糸腺、複数の器官が融合した奇怪な形状。
口元は鋏角と細い毒針が重なり、不気味に歪んだ女の面影が揺れていた。
それは、アリ、ハチ、クモ。
三種の蟲の王たる存在。
「うわ……何これ……」
シオニーが絶句する。
「……最悪の融合体、ですね」
エーデルが短く言った。
「ややこしい造形だが……つまり、ボスってことだな」
アイムがナイフを構え一歩前へ。
その瞬間、異形の女王が音を発した。
音ではない、意識に直接響くような、脳髄を撫で回す不快な鳴き声。
壁や天井から、無数の虫たちが蠢き、群がり始める。
「それでも、進むしかないんだろう?」
ジェラウドが盾を構えた。
「当然だ。僕達は……ここで、終わらせる」
ユーサーの手に、青白い稲光が走る。
そして、異形の女王が――その羽を広げた。
まるで、戦いの始まりを告げる号令のように。
あれ?どっちが主人公だっけ?
盛大なフラグを建てながらボス戦突入!
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