39:壊すべき死亡フラグ
「——別行動を提案する」
その一言で、部屋の空気が一変した。
湯けむりに満ちていた和やかな空気が、まるで冷水をぶちまけられたかのように引き締まる。
先ほどまでの戦勝の興奮も、くつろぎも、全てが一瞬でかき消された。
「……別行動って、つまり、俺たちとは行動しないってことか?」
ジョシュアが眉を寄せ、低く問い返す。
ユーサーはまるで当然のことのように頷いた。
「君たちの力を否定するつもりはない。ただ——戦術的に非効率だ。僕たちのテンポと、君たちのやり方は噛み合わない。無理に合わせる必要はないだろう」
その声は冷静だった。
だが、そこには理屈だけでは説明できない何かが滲んでいた。
——見下されている。
強者として、敗者を切り捨てる者の、あの乾いた視線。
ソーマは言葉を失った。
胸の奥がざわつく。
忘れたはずの痛みが、脈打つように蘇る。
『清々したわ』『非効率』『足手まといでしかない』『期待外れだ』
言われた。
確かに言われた。
あの時も、同じだった。
笑っていたはずの仲間たちが、掌を返したように背を向けて去っていった。
声もかけずに。
あの時の、あの温度——
これは、追放の時と、まったく同じだ。
けれど。
今、目の前で、死地へ向かおうとしている彼らを見過ごすのは——それは、違う。
《破壊対象:【栄光の架け橋】の死亡フラグ》
《構造解析開始……因果ポイントを特定……》
《提示:【栄光の架け橋】を説得してください》
「……その判断、早すぎないか?」
声が震えていた。
けれど、それでもソーマは言わずにいられなかった。
ユーサーは目を細める。
まるで些細な雑音を聞き流すように。
「判断が遅い方が、戦場では致命的だ」
「でも……」
言いかけて、ソーマは拳を強く握った。
口にしていいのか。
知られれば、異物になるかもしれない。けれど。
「——その判断、間違っている」
「は? なに言ってんの?」
シオニーが眉をひそめ、あからさまに不快そうな声を出す。
「……フラグが俺に教えてくれているんだ」
「アンタまだそのフラグとかって言うのにこだわってるの? 私たちは、遊びじゃなくて任務をしてるのよ?」
重苦しい沈黙。
それを最初に破ったのはユーサーだった。
「……そんなフラグとかいう訳の分からないもので、僕たちの行動を制限しないでほしい」
「違う。……フラグは存在する! そして——」
自分でも驚くほど、声に熱がこもっていた。
喉が焼けるようだった。
「このまま俺たちが別れて行動すれば、誰かが死ぬんだ!」
言葉を継ぐたびに、過去が胸に蘇る。
見送った背中。
止められなかった叫び。
あの時、何もできなかった後悔。
——あれを、もう二度と繰り返したくない。
「俺は……壊したいんだ。目の前の、死を。絶望を。未来を」
《了解――死亡フラグへの干渉を開始します》
《構造解析開始……因果ポイントを特定……》
その時――
ギシ、と椅子が軋む音がした。
静寂を裂くように、ケンが立ち上がった。
「……その辺にしておけ」
低く、だが怒気を孕んだ声。
部屋の空気が再び変わる。
「どんなに強かろうが、勝手に行くのは構わねぇ。けどな——」
ケンは一歩、ユーサーに近づいた。
威圧するでもなく、けれど確かな迫力を携えて。
「死ぬかどうかなんて、数字じゃ測れねぇだろ。戦術書に、お前の死ぬ未来が書いてあるのか?」
ユーサーの表情が、わずかに揺れる。
「……読めるなら、誰も死なねぇ。お前に読めるのか? その未来ってやつが」
その問いに、ユーサーは答えなかった。
「なら、一緒に動け。それが条件だ。……嫌なら、今すぐ王都に帰ってもらっても構わねぇ」
沈黙――
水が滴る音だけが響いた。
やがて、ユーサーは静かに目を閉じた。
「……わかった。一緒に行動しよう。ただし——命令系統は、別にさせてくれ」
《【栄光の架橋】の死亡フラグが破壊されました》
ソーマは小さく息を吐いた。
ほんのわずかだが、未来は、変えられた。
ユーサーたちが出ていった後、残ったのは、静けさと——どこか切なさを含んだ空気だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜――
静寂に包まれた縁側に、ソーマは一人腰をかけていた。
星が滲む夜空を仰ぎながら、考えるのはさっきのやりとり。
「……迷ったけど、言ってよかったのか……?」
つぶやいた声が風に溶けた、その時。
「ソーマ」
後ろから、ランの声がした。
振り返ると、ケンとランが肩を並べて立っていた。
二人は黙ってソーマの隣に腰を下ろす。
ソーマはゆっくりと口を開いた。
「……俺、追放されたんだ。ユーサーたちのパーティーから。理由は——スキルが分からなかったから」
ランが息をのむ音がした。
「そんな……」
「何度試しても、意味が分からなくて。訓練も、実戦も、繰り返して……それでも、駄目だった」
声が震えていた。
「結果、見捨てられた。足手まといだってさ。あの時と同じ、何も変わらなかった」
ケンは深く頷く。
「だから、あいつらと気まずかったのか。……そういうことか」
しばしの沈黙ののち、ケンが言った。
「ソーマ、ちょっと聞きてぇことがある」
「ん?」
「さっき、俺があの坊主に言い返したとき……不思議な感覚があった。言葉が自然と出てきた感じだ。俺は黙っているつもりだった。でも、俺の意志じゃなかった……気がする。変な力を感じた」
「力?」
「お前が、何かしたんじゃねぇか?」
ソーマは目を見開き、そして、観念したようにうなずいた。
「……俺のスキル、ようやく発動したんだ。まだ完全じゃないけど……死に関わる運命を、壊す力らしい」
ケンは目を細め、黙って聞いていた。
「俺のスキルがきっかけになって父さんに干渉したんだと思う……」
「……なるほどな」
ソーマは苦笑を漏らす。
「運命を変える……ってことは、裏を返せば、自然な流れを壊しているってことでもある。俺のせいで、何かがズレていくかもしれない」
「それでも、止めたかったんだな?」
「……ああ。俺は、もう見たくない。誰かの背中を。失っていくのを」
その言葉に、ランがそっとソーマの手を握る。
「それでいいのよ。あなたが、あなたの信じる未来を選ぶなら。例えそれが運命に逆らう道でも、私は——私達は誇りに思うわ」
ソーマは、少しだけ微笑んだ。
そして、再び空を見上げる。
星は、変わらず瞬いていた。
(——俺は、壊したい。この死を。未来を絶たれるその瞬間を。例え運命に背いてでも。それが、誰かの未来を守ることになるなら——)
夜風が静かに流れ、小さな誓いを夜空へ運んでいった。
まだ楽には逝かせません。
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