36:実家回の安心はフラグでした
ソーマたちが実家の道場の門をくぐったのは、午後の陽がゆるやかに傾き始めた頃だった。
木造の門に揺れる白地の暖簾。
畳と木材の匂いが混じった懐かしい空気。
打ち込みの音が風に乗って微かに聞こえてくる。
ソーマは足を止め、深く小さく息を吐いた。
「……帰ってきたな」
懐かしさと緊張がないまぜになった表情。
二人はそんなソーマを見守るように立っていた。
玄関を開けると、台所から包丁の音がピタリと止まる。
次の瞬間、エプロン姿の女性がこちらを覗き込んだ。
「……ソーマ!」
「母さん。元気そうだな」
ソーマの母ランは両手に持っていたまな板と包丁を慌てて置き、笑顔で駆け寄ってくる。
変わらぬ優しさと温もりがそこにはあった。
「元気そうなのはあんたの方じゃない。随分とたくましくなったわね……!」
ランの視線がソーマの後ろに移る。
「そっちは? ……ま、可愛いお嬢さんもいるじゃない。ようこそいらっしゃい。こんな田舎の道場だけど、ゆっくりしていってちょうだい」
仲間たちが一斉に頭を下げる。
「私はソーマさんとパーティーを組んでるクリスと言います」
「俺は兄のジョッシュです。お世話になります」
「今、お父さんは道場で教え子たちに稽古をつけてるの。行ってごらん。きっと喜ぶわ」
「なるほど、そっちか。様子見てくる」
ソーマは頷き、廊下を静かに歩いて道場の方へ向かった。
扉の隙間から覗いた光景に、ソーマは無意識に息を止める。
掛け声、踏み込みの音、木剣が空気を裂く音。
汗と気合のぶつかる、緊張感に満ちた空間。
――まさに、修行の場だった。
その中央に、ソーマの父ケンの姿があった。
白髪だが広い背中と、研ぎ澄まされた殺気をまとった気配。
年齢を感じさせぬ鋭さがそこにあった。
ソーマはゆっくりと道場の扉を開け、一歩を踏み出した。
「……帰ったぞ、父さん」
ケンの教え子たちが一斉に振り返る。
その視線の先、ケンは微かに口元を緩めた。
「ソーマか」
「久しぶりだな。依頼でこっちに寄ることになってさ……ちょっと父さんに聞きたいことがあって」
「話は後だ。まず、お前の腕が鈍っていないか確かめる。そこにいる十人、まとめて相手してみろ」
言葉の刃は鋭く、容赦がない。
ソーマはふっと笑みを浮かべる。
「十人か。ずいぶん盛大な歓迎だな。……まあ、準備運動にはちょうどいいか」
空気が一変する。
教え子たちが次々と構えを取り、間合いを詰めてくる。
ソーマは構えも取らず、ただ腰に手を当てて立っていた。
「さあ、誰からでもいい。遠慮せずかかってこい。……こっちは早く終わらせて聞きたい事があるんでな」
「――舐めるなよ」
最初に動いたのは、細身だが鋭い目をした青年だった。
踏み込みと同時に、木剣が唸りを上げて振り下ろされる。
だが――
カッ!
ソーマの体が揺れると同時に、その剣は空を斬った。
「悪くない動きだ。でもな――」
身を沈めたソーマが、相手の懐に素早く入り込む。
「読みが浅い」
肩口を打ち抜かれた青年が、呻き声とともに畳に倒れる。
そこからは、一気だった。
二人目、三人目が連携を取って襲いかかるが、ソーマは空間ごと操るように間合いを滑り抜け、逆にその動線を利用して連撃を封じていく。
「バラけて!囲んで攻めろ!」
誰かの声が響く。しかし――
「……もう遅い」
縦横無尽に駆け回るソーマの動きは、既に場を掌握していた。
木剣は寸止めで喉元や脇腹を突き、必要以上に傷つけることなく、それでいて完膚なきまでに制していく。
次々と教え子たちが倒れ、やがて最後の一人となった少年が、震える膝を押さえながらも構えを崩さない。
ソーマは、ただ一歩、静かに踏み込む。
「来い」
その声に、少年は歯を食いしばって突き出すように踏み込む。
――瞬間、ソーマの体が横に滑り、手刀が肩口に添えられた。
「……まいりました」
少年が膝をつくと、道場がしんと静まり返った。
「ふぅ……魔物相手と違って、こっちは気を遣うな」
ソーマが木剣を下げ、背を向けた瞬間――
ヒュッ!
空気が裂ける音が背後から迫る。
瞬時に後方へ跳んだソーマの視界に、木剣を構えたケンの姿。
「っ、父さん……!」
「甘い」
ケンの一撃が、次の瞬間には目前に迫っていた。
ソーマは剣で受け、横に跳ねる。
「戦いは一対一とは限らん。教えたはずだろう」
「いや、このタイミングでくるのは反則だろ……!」
「油断したお前が悪い」
二人の激突が始まる。
木剣が交差し、畳が軋む。
ほんの数秒にも満たない時間の中に、幾十もの攻防が折り重なる。
激しい剣戟の末、両者が距離を取る。
「……やっぱり強いな、父さんは」
「まだ未熟だな。だが――少しは強くなったようだな」
ケンが微かに笑みを浮かべる。
「模擬戦、終了だ」
道場に安堵の空気が流れ、教え子たちが一斉に肩を落とす。
ソーマは深く息を吐き、額の汗を拭った。
「……ただいま、父さん」
「ああ。帰ったならまず風呂だ。それから飯。ランも待ってる」
家族の時間がようやく戻ってくる――そんな穏やかな空気が流れかけた、その時だった。
村の警報が、けたたましく鳴り響く。
「……何だ?」
外から駆け込んできたのは、村の入口でも見かけた見張りの青年。
「ケンさん、いるかい! またアリどもが来やがった!」
「またか……」
ケンはすぐに木剣を背に背負い直し、ソーマたちへと振り返る。
「――ちょうどいい。お前らの力、今度は実戦で見せてみろ」
父の命に、ソーマがニヤリと笑う。
「了解。準備運動は終わった。今度は本番だな」
こうしてソーマは、再び剣を握り、村の戦場へと向かうのだった。
ケン父さんは年を取って白髪というよりは白い髪というイメージです。
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