34:護衛任務完了──その手に残ったフラグ
風が止んでいた。
あれほど荒れ狂っていた虫型魔物たちは、まるで潮が引くように忽然と姿を消し、辺りには不気味な静寂が戻っていた。
木々が揺れる音も、虫の羽音もない。
焚き火の爆ぜる音だけが、野営地に淡く響いていた。
「……あれっきり、まったく出てこねぇな」
ジョッシュが焚き火を見つめながら、ぽつりとつぶやく。
その声には、警戒と安堵、そしてどこか拭いきれない違和感がにじんでいた。
「警戒は怠らない方がいい。奴らが完全に消えたなんて思えない」
ソーマは剣を膝に置いたまま胡坐をかき、焚き火の前で闇を睨んでいる。
その目は、ただ目の前ではなく、もっと深い場所――森の奥に潜む何かを探っているかのようだった。
「でも、それ以降、一匹たりとも……この沈黙、逆に怖いです」
クリスはライトボールの光量を最小限に抑え、夜闇に目を慣らしながら、静かに周囲を見渡していた。
アラダとゼオルの夫妻も、焚き火のそばで毛布を羽織り、疲れた表情を浮かべているが、その目には安堵の色があった。
「ほんと、助かったよ……。この道は普段、野盗や魔獣が出るだけなのに……あんな虫、初めて見た」
アラダさんがカップを持つ手をわずかに震わせながら、温かい湯を口に運ぶ。
「あの虫たち……普通のジャイアントアントじゃなかったわ。……背中の模様も、あの羽根も。あれが現れた瞬間、死を覚悟したもの」
ゼオルがカップを手にして、わずかに震える指で湯をすする。
「……自然の魔物じゃない。そうとしか思えない」
ソーマの言葉は低く、確信に満ちていた。
夜の森は、異様なほど静かだった。
まるで、森そのものが沈黙を強いられているかのように。
いや、誰かの目を恐れて声を潜めているような。
──そして朝が来た。
野営を終え、一行は出発の準備を整えた。
結局、虫たちは最後まで姿を現すことはなかった。
それが何よりも不気味だった。
「静かすぎる。……まるで俺たちに近づくなと、誰かがアリたちに命じたような……」
ソーマが周囲に目を配りながら、低くつぶやく。
「おいおい……虫が知らせた?『虫の知らせ』って言うけど、冗談キツいぜ」
ジョッシュが肩をすくめるが、その表情に笑みはなかった。
「……もしかして、あの時の匂い。仲間に知らせる信号だったんじゃ……」
クリスの冷静な推測に、誰も否定できなかった。
沈黙だけが返事となる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昼を回った頃、ようやく目的地のひとつ──ファルケ町が見えてきた。
木造の高い門と石壁がそびえ立ち、森の風景からの異物感が逆に安心感を与えてくる。
「見えた……ファルケ町だ。ようやく、無事に着いたな」
アラダが深く息を吐き、安堵の笑みを浮かべる。
馬車には旅の痕が色濃く残っていたが、それでも彼ら自身に怪我はなく、生きてたどり着けた。
それが何よりの成果だった。
ギルドに到着した一行は、まず護衛依頼の完了を報告する。
受付嬢は最初にこやかに対応していたが──報告内容を聞くにつれて、次第に顔色が変わっていく。
「……異形のジャイアントアント? しかも、討伐後に体が溶けたと?」
「はい。通常個体とは明らかに違っていました。羽根の構造も、糸の性質も、攻撃性も。死体は、痕跡すら残さず消失……」
クリスが簡潔に、しかし的確に報告をまとめる。
「念のため、ギルドカードの討伐履歴を確認させて頂いてもよろしいですか?」
受付嬢が手元の水晶端末を操作すると──そこには『通常のジャイアントアント討伐』の記録しか残されていなかった。
「……記録上は、ただのアリです。部位提出も……なし、ですか。これでは討伐等級の審査が……」
「部位の提出は不可能でした。すべて、溶解して……まるで自壊でもしたかのように」
ソーマが静かに言い添えると、受付嬢は眉をひそめた。
「……本当にそんな事例が存在するなら、王都の本部に報告が必要ですね」
その時、ゼオルさんが一歩前に出る。
「実は……逃げている時、とっさに魔道カメラで遠距離から撮っておいたんです。画質は荒いですが、証拠としてなら……」
「……おお、ナイス判断だゼオルさん!」
ジョッシュが思わず拍手する。
ゼオルさんは照れくさそうに笑いながら、カメラを受付嬢に手渡した。
カメラに画像が映し出される。
そこには、飛翔し、糸を吐きながら襲い来る異形のアントたちの姿が、確かに残されていた。
「……これは……。通常個体と比較しても、明らかに異常です。……王都本部に正式報告を上げます。貴重な情報、ありがとうございます」
受付嬢が深く一礼する。
報酬を受け取り、アラダとゼオルが深々と頭を下げた。
「本当に……心から感謝しています。あなた方がいなければ、私たちは……」
アラダの目には光が宿っていた。
ゼオルも感極まったように、口元を押さえている。
「途中、何度も命の危機がありましたが……こうして無事にたどり着けたのは、あなた方のおかげです」
「……俺たちは依頼を果たしただけです。でも、無事に届けられて良かった」
ソーマは少し照れたように言いながら、真っ直ぐふたりを見つめた。
「それでも……命を預けるに足る方々でした。護衛以上の働きでした。……旅の無事を、心から願っています」
アラダは懐から小さな袋を取り出し、ソーマに手渡す。
「これは?」
「旅の安全を祈る、小さな守り札です。大した効果はないかもしれませんが……想いだけは、込めています」
「守り札の中にはこの町で採れる『虫よけ草』が入ってるんです。古くから家の軒先や畑や倉庫などで使われています。まぁ虫系の魔物には効果はないんですがね」
「……ありがたく、受け取ります」
ソーマは真剣な表情で頷き、それを懐にしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その晩、ソーマたちは町の宿でひとときの休息をとった。
長い旅の疲労と、緊張から解放された体と心に、久々に穏やかな空気が流れる。
そして、翌朝。
「よし、行きますか。次は……ソーマの故郷、ヒュッケ村だな」
ジョッシュが背伸びしながら言う。
「ああ。アリの件は……不気味だったが、俺たちの本来の目的を忘れちゃいけない」
「次はヒュッケ村のギルドで情報収集。その後、現地で他のパーティーと連携して、セクト樹海の調査ですね」
クリスが目標を再確認する。
ソーマたちは再び馬車に乗り込み、次なる目的地へ向かって走り出す。
森の中に潜む異形の謎は、まだ解けてはいない。
だが、それでもソーマたちは立ち止まらない。
──風は、再び静かに、しかし確かに吹き始めていた。
アラダ、ゼオル夫妻もギフトを使ってソーマ達の援護させようと思ってましたが結局やめたのでここで二人のギフトを紹介しておきます。
アラダは【挟】武器は大バサミで敵をちょん切ります。
ゼオルは【連射】弓で連射します。
今後二人が出る事はないはずなのでここで消化しておきます。
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