30:スキル解放と、蠢くフラグ
『依頼されたバットと杖が仕上がっている。引き取りに来い』
その朝、ソーマは枕元に置いてあった魔道通信機のメッセージを確認すると、ぱっと表情を明るくした。
「やっとか……!」
ジョッシュにも伝えると寝巻き姿のまま感情を抑えきれずにそのまま扉へ向かって走り出そうとする。
ソーマはジョッシュの襟首を掴んだ。
「おい、せめて着替えてから行け。あと、朝飯くらい食っとけ」
「……ぐぅ、ごもっとも」
楽しみにしていた武具がついに完成した。
三日三晩、依頼をこなしながらも、頭の片隅からはあの鍛冶屋のことが離れなかった。
あのゼルガンが本気で作る武具。
期待するなというほうが無理だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゼルガンの鍛冶屋は、変わらず打撃音と熱気に満ちていた。
「よく来た、待っていたぞ」
カンッ、と最後の一打を放ってから鉄槌を下ろし、ゼルガンがソーマたちに向き直る。
ゼルガンは手袋を外し、煤けた手を拭いながら近づいてくる。
「まずはこっちだ」
ゼルガンが差し出したのは一本のバットだった。
艶やかで深い木目。
まるで磨かれた古樹の肌のような、どこか神秘的な光沢。
微かに緑がかった褐色のその材質は、ただの木ではないとすぐに分かる。
「こいつが、魔樹トレントの芯材から削り出した一本だ。重さもバランスも、お前専用に仕上げた」
ジョッシュが手を伸ばす。
握った瞬間、彼の表情が一変した。
「……っ!」
全身を駆け巡る、雷光のような衝撃。
筋肉が共鳴する。
まるで、このバットが自分のために生まれたと告げているかのように。
「今のは……」
「ほう。ジョシュア、お前……こいつと相性が相当いいな」
ゼルガンの目が鋭く光る。
「このバット、重さは抑えてあるが、振った時の加速と反動は格別だ。試してみるといい」
その言葉を待たず、ジョッシュは一度深呼吸し、構えを取る。
そして、軽くスイング——
ブンッ!
空気が裂け、青白い残光がバットの軌道に沿って走った。
《スキル:スイングが解放されました》
「……新しいスキル……バットを振っただけで……」
「……新しいスキルだって……」
ソーマとクリスが驚く。
「ほぉ?こいつは予想以上だな」
ゼルガンも驚いたように目を細めた。
「俺は、特別な能力付与なんてしてないぞ? これは……お前の体と、心と、こいつの魂が一致したんだな」
ゼルガンが感心したようにうなる。
「たぶん……これが俺のバットだって、本気で思ったから……自然に出てきたんだと思う」
ジョッシュはバットを静かに構え直した。
手に吸い付くような感触。
体の一部のような一体感。
これは、ただの木製バットじゃない。
武器だ、唯一無二の、自分だけの。
ジョッシュはバットをそっと肩に担ぎ、感謝の念を込めて口を開いた。
「……このバット、ありがとう。マジで……最高だよ」
「ふっ……そう言ってもらえると、職人冥利に尽きる」
ゼルガンは頷き、今度はクリスの方に向き直った。
「そっちの杖も、なかなかの仕上がりだぞ。これだ」
ゼルガンがもう一本、長い杖を取り出す。
今度はクリスへと手渡された。
漆黒の杖。
全体に流れるような紫の紋様が浮かび、細身ながら芯はしっかりとしており、ただ立っているだけでも空気が微かに震える。
「軽い……のに、魔力の流れがすごくスムーズ……」
クリスがそっと魔力を流すと、杖が共鳴するように淡く輝いた。
「トレント製の杖は、魔力伝導率が極めて高い。詠唱時間短縮、消費魔力も軽減される。魔術師には最高の相棒になるだろう」
「……まるで生きてるみたい。今までのどんな杖よりも、手に馴染む……」
クリスの頬がほのかに赤くなる。
まるで恋人に触れるような、優しい目をしていた。
「ゼルガンさん、ありがとうございました。本当に……」
「礼はいい。こっちも面白い素材で遊ばせてもらった。それだけで充分だ。また何か面白い装備が欲しくなったら、いつでも持ってこい」
「はい、必ず」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
鍛冶屋を後にした三人は、その足で冒険者ギルドへと足を運んだ。
ヒュッケ村への旅路。その前に、道中で受けられる依頼を確認するためだった。
「それにしても……ヒュッケ村、王都からかなり南に離れてるよな」
ジョッシュが呟くと、ソーマは苦笑交じりに頷いた。
「うん。でも……やっぱり、一年も帰ってないし。そろそろ顔を見せておきたいと思ってさ」
「なら、決まりだな。俺たちも一緒に行く。ソーマの故郷、ちょっと興味あるしな」
「ええ、もちろんです。パーティーですから」
「……ありがとう、二人とも」
ギルドの扉を開けると、カウンターにはいつものように元気なメルマの姿があった。
「お疲れ様です、アストレイの皆さん! 今日も依頼ですか?」
「うん。実はヒュッケ村に行くんだけど、その道中で受けられる依頼ってある?」
「ヒュッケ村……あら、結構遠出ですね。何か用事でも?」
「うん、俺の故郷なんだ。久々に帰ってみたくて」
「そうだったんですね……ふふ、いいですね。じゃあ、通過ルートを考慮して依頼をピックアップしますね!」
メルマが書類棚からスルスルと紙を引き出し、的確に数枚を選ぶ。
「このへんがおすすめです。ヒュッケ村手前のファルケ町までの商人護衛依頼と……あとは、ヒュッケ村近郊、セクト樹海周辺にて、虫系魔物の異常発生の調査依頼が出ています」
「虫系……?」
「はい、アリ、ハチ、クモ系がメインですね。巣を作っている可能性が高く、群れを成す傾向があります。他のパーティーも既に動いているようです」
ジョッシュが眉をひそめた。
「前の……あの異常なゴブリンダンジョン。あれと似たような感じか?」
「俺も、そんな気がする。まさかまた、何かの兆候かも……」
ソーマの脳裏に、あの異様なダンジョンの記憶がよぎる。
「……調査依頼、引き受けます。ファルケ町迄の護衛も一緒に」
「了解しました! 手配しておきますね!」
メルマが笑顔で処理を進めている間、クリスが静かに口を開いた。
「油断は禁物です。他のパーティーも参加するなら、連携が必要になるかもしれません」
「そっちの対応も考えておかねぇとな……」
ジョッシュは新しいバットを握り直し、クリスも杖を構えるように持ち直した。
旅立ちの準備は、整った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【???視点】
ターキン樹海の奥深く。
かつてソーマたちが倒したトレントの残骸のそばで、フードを被った男が立ち尽くしていた。
「ふむ、反応が消えたと思ったらトレントも倒されてたか。仲間意識の強い冒険者を引き寄せるために、少し知能を持たせたんだが……やはりまだ完成度が甘かったか」
その口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「でも……今回は色々実験してみたし……きっと面白いモノになっている。どう対応するのか、楽しみにしてるよ冒険者諸君」
男の周囲に黒い魔力がうねり、空間が歪む。
次の瞬間、光の奔流とともに彼の姿は跡形もなく消え去った——
次の舞台は、もう整いつつあった——
第3章開幕です。
新たな力を手に入れたソーマ達の新たな冒険の始まりです。
ちなみに作者は虫は苦手です。
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