3:追放パーティーの破滅フラグが立ちました
部屋の前に近づくと、中から話し声が漏れ聞こえてきた。
まだ話し合いは続いているらしい。
扉の前に立ち、入るタイミングを探っていたとき──ユーサーたちの声が耳に届いた。
「それにしても……ソーマが抜けても問題ないんだね。僕の独断で決めてしまったから、不安もあったんだけど。何か一つくらい意見があると思っていた」
「むしろ清々したわよ。回復対象が減るのはありがたいわ。本人は役に立ってますみたいな顔してたけど、あれは自己満足。謝罪もあっさりだったし、土下座くらいしてもよかったんじゃない? 本当に苦労させられたんだから」
「野営のときもそうだ。『フラグが出た』なんて言って警戒してたが、何か近づいてるのは俺の索敵スキルで分かってたし、非効率にも程がある」
「未知のギフトという点だけなら将来性はあったかもしれんが、戦力にならないなら足手まといだ。守る対象が増えるだけなら、いない方がマシだ」
「皆さん……少し厳しすぎでは。でも、私も驚きました。ソーマさんをパーティーに誘ったのはリーダーでしたし、誰より期待していたのはリーダーだと思ってました」
ソーマは立ち去ろうとした。
……だが、耳が勝手に彼らの声を拾ってしまった。
それが間違いだった。
「いやいや、誤解だよ。僕が期待していたのはあのギフト──【フラグ】だけさ。伝説の先導者ヴァンと同じ旗のギフトかもしれないって本人が言っていたから誘ったんだよ。でも、実際は『本人にしか見えない役立たずの通知』だけ。期待外れもいいところだったよ。……まあ、唯一評価できるのはあの旗だな。あれは素晴らしい。今後また旗が必要になったら、そのときに声をかけてやるのもいいかもしれない」
ユーサーの声で締めくくられると、他の仲間も笑った。
(……俺は、何を勘違いしてたんだ?)
脱退させられるという事は、好かれているわけがなかった。
だがあそこまで陰で思っているとは思わなかった。
……聞くべきではなかった。
もう、『旗をどうする?』なんて話を切り出す勇気も消え失せていた。
「……くそ……」
心の奥がきしむ音がした。
今は一刻も早く、この宿を離れてギルドで脱退手続きを済ませる事にした。
(誰にも顔を見られたくない……どうせ、ひどい顔をしてる……)
だが、そういうときに限って、人と出くわすものだ。
「……あら、ソーマちゃん。話し合いは終わったのかい? ちょうどお料理ができたから、呼びに行こうと思ってたんだけどね」
声をかけてきたのは一年間お世話になった宿屋【猪熊亭】おかみのマールだった。
「……!? ソーマちゃん、その顔……どうしたんだい?」
会いたくなかった。
誰にも会わずに出ていきたかった。
でも、今まで世話になった彼女に、黙って出ていくなんてもっとできなかった。
「……おかみさん。今まで本当にお世話になりました。俺、ユーサーたちのパーティーを……抜けることにしました」
「えっ……? 突然どうしたんだい。今日これから、一周年のお祝いをするって言ってたじゃないか」
「……知ってるでしょ? 俺のギフトが役に立たないって。なんとか一年やってきたけど、結局は足を引っ張るだけ……だから、自分から抜けることにしました」
嘘だった。
本当は追い出された。
けれど──最後くらい、カッコつけて自分から去る体で終わらせたかった。
「……これからどうするんだい?」
「他のパーティーを探すかソロでやるか……まぁ、なんとかなるでしょう。デザイナーとしてやっていくのもありですね。この猪熊亭の看板も、俺に任せてくれたじゃないですか。貯金もあるし、最悪は実家の道場を手伝えば食いつなげます。俺の人生、これからですから。……なんとかなりますよ」
ソーマは自虐を混ぜながら、無理やり明るく笑った。
そうでもしないと泣き出しそうだった。
「じゃあ、本当に今までお世話になりました。部屋はちゃんと掃除してありますから。立つ鳥跡を濁さずって言うじゃな――」
「この猪熊亭はね!」
マールが、ピシャリと遮った。
「元々は私と旦那も冒険者だった。けど怪我で続けられなくなってね。途方に暮れていたとき、先代の勇者様が『この宿を引き継いでくれないか』って言ってくれたんだ。だから、この宿は冒険者を支えるためにあるんだよ」
その瞳は真っ直ぐで、力強かった。
「死んで戻ってこない冒険者もたくさん見てきた。誰もいなくなった部屋を片づけることも、何度もあった。……でもね、ソーマちゃんは生きてここにいる。それだけで、十分すごいことなんだよ。胸を張りな。よく頑張ったね。体だけは、大事にしな」
そう言って、マールはソーマをぎゅっと抱きしめた。
(……ああ……俺、ちゃんと頑張ってたんだ……見てくれる人が、ちゃんといたんだ……)
胸の奥にあった重石が、少しだけ外れた気がした。
もう一度だけ、あがいてみてもいいのかもしれない。
ソーマはしばらく、マールの大きな胸で泣き続けた。
「まったく……ソーマちゃんみたいないい子を追い出すなんて、あいつらも馬鹿だよ。人の価値はギフトだけじゃないのにね。困ったことがあれば、いつでも来な。私はソーマちゃんの味方だよ」
「……そのときは、またお世話になります。あ、明日もし何事もなかったように泊まりに来たら、笑って迎えてください。一年間、本当にありがとうございました」
少しだけ心が軽くなったソーマは、マールに深く頭を下げ、脱退届を提出するために冒険者ギルドへ向かった。
ソーマたちの住む勇大陸アスヴァルでは、学園を卒業すると同時に冒険者、魔法、商業の三大ギルドに登録できる。
冒険者ギルドはその中でも、冒険者の活動を統括する最大の組織だ。
魔物討伐や探索任務の斡旋、冒険者の管理、緊急時の招集……すべて彼らの手の中にある。
冒険者のランクはEから始まり、D、C、B、A、Sと昇格していく。
Eは初心者向け、Dからは本格的な任務、Cでようやく一人前。
B以上は特殊任務や国家規模の依頼を任され、Sに至っては大陸の英雄と称される存在だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ギルドに着くと、館内は夕食時のためか静まり返っていた。
昼間の喧騒が嘘のようだ。
受付カウンターには一人の受付嬢が残っていた。
「冒険者ギルドへようこそ。こんな時間まで……あれ? ソーマさん?」
顔を上げたのは、受付嬢のメルマ。
学園時代の先輩で、当時は同じギフト研究会にも所属していた。
今ではこのギルドで再会し、何かと気にかけてくれる存在。
柔らかな金髪に青い瞳、おっとりした口調で甘いもの好きだが仕事は丁寧で誠実。
そのギャップもあって評判がいい。
「メルマさんがいてくれて助かったよ」
「ソーマさんの担当はツィーナさんでしたよね? でも、彼女ならもう帰られましたよ?」
「今日はツィーナさんじゃなくても大丈夫。別件なんだ」
そう言って、ソーマは一枚の書類を差し出した。
「これを提出したくて」
「……確認しますね。えっ!? パーティー脱退届!? ど、どういうことですか!」
結局、経緯を説明する羽目になった。
もちろん自分から脱退を選んだと脚色して。
ユーサーたちの評判をわざわざ下げる必要もないから。
「……そうだったんですね。でも……」
動揺を隠せないメルマは、書類を抱え込むと顔を上げた。
「ギルドマスターに確認してきます! 少々お待ちください!」
「いや、そんな大ごとにしなくても――」
「駄目です! 冒険者さんのことを疎かにできませんから! 勝手に帰ったら許しませんよ!」
勢いよくそう言い残し、彼女はギルドマスターの部屋へ走っていった。
基本的には努力家で実力も人気もあるいいパーティーなんです。
最終的に彼らをどの程度の破滅具合にするかは未来の私に任せています。
落ちぶれ程度で自然にフェードアウトでも敵に寝返りでも物語の本筋には大きく影響しないはずなので流れで決めます。
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