29:始まりのフラグへ
――翌朝。
宿の朝食を終えたソーマは、ノートを小脇に抱えてロビーのソファに腰掛けていた。
外はまだ柔らかな朝日が差し込み、窓から洩れる光が、木目の床を優しく照らしている。
「……ふぁあ……」
間もなくして現れたのは、寝癖のついた髪を手ぐしで直しながらやってきたトーマだった。
目元にはまだ眠気の名残があるものの、どこか顔つきが明るい。
「おはよう、ソーマ。昨日はありがとな。おかげで、世界がちょっと広がった気がするよ」
「おはようございます。いえ、こちらこそ。サッカー談義できて楽しかったです」
自然と二人は笑い合い、拳を軽く突き合わせた。
昨夜は、訓練場のあとに立ち寄った酒場でも話し足りず、結局、猪熊亭のソーマの部屋に場所を移して、夜が明けるまでサッカーについて熱く語り合っていた。
「それにしても、あんなに語れるなんて思わなかったですよ。あの時間……ほんと、宝物です」
「はは、俺もだよ。なんか、学生時代の放課後みたいだったな」
ソーマは微笑みながら一息つくと、ふと思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。俺、姉さんにお礼を言ってなかった。昨日言うつもりだったんですけど、トーマ先輩に会って……つい話し込んじゃって」
「リンにはソーマからうまく言っておいてくれ。昨夜、『ソーマを取られた!』って拗ねたメッセージが来てたんだ」
「……すみません、迷惑かけました。代わりに、このノートに話しきれなかったサッカーの話、まとめてみました」
「へえ……ありがとう、これは嬉しいな。おかげで次回作のネタ、何か見えてきた気がするよ。またサッカーについてぜひ教えてくれ」
軽く手を振って別れを告げたソーマは、昨日の出来事を思い返しながら、リンのもとへ向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
商業ギルドに足を運び、朝一で面会を頼むと、すぐにリンが顔を出してくれた。
明るい笑顔と、少し眠たげな目元がどこか母性的で、ソーマは思わず肩の力が抜ける。
「姉さん、おはよう」
「あら、ソーちゃん♡昨日はトーマ君とお楽しみだったみたいね。男の子同士、やっぱり通じ合うものがあるのかしら?お姉ちゃんに会いに来たはずなのに置いてけぼりで、お姉ちゃん寂しかったわ〜?」
「……昨日はごめん。ちょっと気になることがあって、つい」
「いいのよ。でもお姉ちゃん、しばらくいじける予定だから、覚悟してね。で、今日はどんな用事かしら?」
リンの言葉に苦笑しつつ、ソーマは一歩前へ踏み出した。
「姉さんのおかげで、ゼルガンさんに武器を作ってもらえることになりました。その、お礼を言いたくて」
「ふふっ、そんな……家族なんだから気にしなくていいのに。でも、そういう真面目なところ、お姉ちゃん大好き♡」
少し照れくさそうに目を逸らしながら、ソーマは続けた。
「ゼルガンさん……最初はちょっと無愛想でしたけど、ちゃんと話を聞いてくれて。『リンの頼みなら断れない』って言ってくれたんです。正直、不思議でした。どうして、姉さんの頼みだけは聞いてくれるんですか?」
その問いに、リンは一瞬ぽかんとした顔をしてから、すぐに苦笑を浮かべた。
「うーん、正直、私にも分かんないのよ。あの人、普段は気難しくて、ギルドの依頼でも平気で突っぱねるって有名でしょ? でも、私が頼むと、必ず『任せろ』って言うの。昔、私が依頼で困ってた時に、ふらっと現れて助けてくれたことがあって……あれ以来なのよね」
「どこかで出会ったことが……?」
「いいえ初めてだったわ。でもなんていうか、私のお願いだけは断らないって……ただ、それだけ。不思議な人よ、ほんと」
「……じゃあ、姉さんの人徳ってことで」
ソーマが冗談めかして笑うと、リンも肩をすくめて笑い返す。
その時だった。
「――あ、そうだわ。忘れるところだった」
ふいにリンが手を打ち、ソーマの肩にそっと手を置いた。
「お母さんから連絡があったの。『ソーマの最近の様子を聞かせてくれてありがとう』って。それから……『できれば一度、ソーマに顔を見せに帰ってきてほしいって伝えて』って」
「……!」
その言葉に、ソーマの胸の奥が、ふわりと温かくなる。
風にそよぐ草原、小さな畑、せせらぎの音。
夕陽を背にした丘の上で、誰かと肩を並べて見つめた景色。
道場で父と母に鍛えられた事。
遠く離れていても、心はつながっていた。
ソーマは小さく頷いた。
「……分かりました。ちょうど次の目的地も決めかねてたんです。何か依頼でも探しながら……ヒュッケ村、寄ってみます」
「ふふっ、お母さん、きっと喜ぶわよ。普段は強気だけど……私たちのこと、ずっと心配してるんだから」
「……はい。『ただいま』って、ちゃんと言ってきます」
その言葉に、リンの目がほんの少し潤む。
「気をつけてね。最近、ヒュッケ村の近くで魔物が出没してるって噂もあるから」
「了解です。武器も頼みましたし、準備はしっかりしていきます。ジョッシュたちにも声かけておきますね」
立ち上がるソーマに、リンはそっと手を振った。
「行ってらっしゃい。帰ってくる時は、ちゃんとお姉ちゃんにもお土産話、聞かせてね?」
ソーマは笑ってうなずき、静かにその場を後にする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ヒュッケ村。
かつて、ソーマが育った故郷。
冒険者としての旅が始まってからというもの、ユーサーたちとの冒険についていくのに精一杯で、この一年は一度も帰れていなかった。
(でも今なら――胸を張って、帰れる気がする)
空を見上げる。
青空がどこまでも広がり、雲ひとつない。
「さて……帰ろうか。ゼルガンさんの武器ができるまでに、準備しておかないとな」
ソーマは再び歩き出す。
その足取りには、かつての迷いや不安はなかった。
背負っているのは、仲間の声。
支えてくれる人たちの想い。
そして、積み重ねてきた経験。
次なる目的地――それは、ソーマの原点。
ヒュッケ村。
そこで待つのが再会か、試練か、それとも新たな出会いかは分からない。
けれど、ソーマは静かに、そして確かに、未来へと歩き出した。
――フラグが、また一つ。
未来へと、静かに立ち上がる――
これにて第2章完!
毎日更新は難しいかもと言っておきながらなんとか毎日更新する事が出来ましたが流石にストックが少なくなってきました。
第3章で毎日更新途切れるかどうかはわかりませんが今後もついてきていただけたら幸いです。
他に書きたい事は活動報告にて書かせて頂きます。
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