26:傲慢のフラグ、崩れる音
【栄光の架け橋:ユーサー・インサラム視点】
「ここで間違いないはずだ。噂が正しければ──ここが、あのゼルガンの鍛冶屋だ」
重厚な石造りの路地裏。
雨風に晒されて鈍く黒光りする大剣には、うっすらと文字が刻まれていた。
──《悪・即・斬》
「……これが噂の《悪・即・斬》か。なるほど……確かにただの店とは違うな」
圧倒的な存在感だった。
剥き出しの鉄と煤の匂いが漂い、扉の向こうからは金槌の響きが静かに、しかし確かに聞こえてくる。
かつての勇者パーティーのメンバー【守護者】ゼルガン。
前勇者パーティーの職人にして鉄壁の盾。
今では王都の一角で鍛冶屋を営んでいる──という噂を、仲間のアイムがどこからか聞きつけてきたのだ。
「さて、みんな。準備はいいか?」
僕の問いに、仲間たちがそれぞれ頷く。
「噂のゼルガン殿の装備……期待できそうだ。いい盾ができれば、前線の突破力も段違いになる」
ジェラウドの声には静かな熱がこもっていた。
「聖女の私に似合う武器はきっと無理でしょうけど……アクセサリーくらいは作ってもらえるかしらね」
シオニーが軽口を叩くが、その目には真剣さが宿っている。
「気難しい人だという噂です。誰の依頼も受けないとも……慎重に話しましょう」
エーデルの忠告に、皆が一瞬表情を引き締める。
「ま、将来の勇者パーティーの俺たちの依頼なら、流石のゼルガンも無視はできねぇだろ」
アイムが自信ありげに笑った。
僕は深呼吸し、鉄の扉を押し開けた──
ギィィ……と重い音を立てて開かれる扉。
途端に鼻を衝くのは焼けた鉄と木炭の匂い。
そして、鍛冶場の奥からリズムよく響く金槌の音。
その奥に、男がいた。
黙々と金槌を振るう、銀髪の鍛冶師。
その姿に、僕は確信する。
彼こそ、ゼルガンだ。
「……初めまして、ゼルガンさん!」
僕は一歩前に出て、はっきりと声を届けた。
「僕たちは【栄光の架け橋】──勇者と聖女候補のパーティーです。あなたの噂を聞き、ぜひとも装備の依頼をと……!」
カン……カン……
音が止まり、男がゆっくりと顔を上げた。
銀髪に煤をまとい、深く光る目がこちらを射抜く。
言葉にせずとも、彼がただ者ではないことはひしひしと伝わってきた。
「……なんだ」
その低く短い声には、静かなる威圧があった。
「装備の依頼をさせてください。俺たちは今度高ランクの依頼を受けるつもりです。素材も持参していますし、報酬も十分に用意しています」
僕は堂々とした態度で申し出た。
僕たちが今、王都ギルドでもっとも注目されているパーティーであることを示すために。
「まずは、僕の剣とジェラウドの盾。どちらも……最高のものを求めています」
「──断る」
その返答はあまりにも早く、あまりにも冷たかった。
「え?……ちょ、ちょっと待って。今なんて……?」
シオニーが困惑する。
「断るって……なぜです? 僕たちがどれだけ努力して──」
「興味がない」
まるで鋼鉄の壁のように、その一言が打ち砕いてくる。
アイムが慌てて前に出る。
「俺たちの実力、知らないのか?一年でCランク昇格、将来の勇者、聖女として期待──!」
「それがどうした。俺は、興味がないと言っている」
「なにか気に障るようなことしましたか?」
カンッ!
鋭く金槌が振り下ろされ、音が空間を裂く。
「お前たちの装備を作る気はない。理由は、俺の鍛冶屋としての矜持だ。それ以上は聞くな」
その声には、まるで熱を持たない凍てついた意志があった。
拳を握る。
──こんな仕打ち、納得できるはずがない。
僕たちは将来世界の危機を救う使命のあるパーティーだ。
その僕たちの依頼を断るだと?
「……何でですか。僕たちが、どれだけ苦労して登り詰めたと思ってるんですか」
「だから興味がないと言っているだろう」
あくまで興味を示さないゼルガンに思わずイラっと来てしまった。
「だから言ってるでしょう!こっちは正式に依頼を──!」
「断る!」
グラッと、内心が揺らぐ。
怒りと悔しさが入り混じる。
僕が一歩踏み出しかけたその時──
「ゼルガンさん、例の素材……持ってきました」
不意に、背後から声がした。
振り返る。
そこにいたのは──ソーマだった。
僕たちのパーティーから脱落し、無様に落ちぶれたはずの男。
その彼が、堂々と鍛冶屋の奥へ進んでいく。
「……ソーマ、なぜお前がここに……?」
問いかけるが、ソーマは答えず、黙って手に抱えていた木材のようなものをゼルガンに差し出した。
ゼルガンはそれを手に取ると、重さと硬度を確かめるように撫で──
「……悪くない」
ぽつりと、驚くほど優しい声で言った。
(え? 今、なんて? なんだ……これは……)
我慢できず、アイムが声を荒げる。
「ちょっと待てよゼルガン。そいつらの装備は受けるのか? 俺たちより格下の……!」
「格下だって?」
ソーマが顔を上げる。
かつての弱々しさはそこにはなかった。
「俺たちもCランクだ。……次に会った時、もう笑えねぇって言っただろ?」
「言いましたよね。『見ててください』って。──今、同じ場所に立ってます」
(……は? ソーマ達がCランクになっただと? あれからまだひと月も経っていないのに? 普通は三年かかるCランクにお前たちも上がっただと?)
「ランクが同じでも、実績も実力も僕たちの方が──!」
「黙れ」
ゼルガンの声が唸るように響き、空気が揺れる。
僕は一歩、無意識に後退していた。
「そして聞け!誰の装備を作るか──それを決めるのは、この俺だ。以上だ」
──揺るがない。
まるで溶鉱炉の火を宿したような、確固たる眼差し。
「くっ……!」
唇を噛む。
言い返す言葉が出てこない。
だが、ここで食い下がるのは敗北の証明だ。
「せいぜい……無名の小物と馴れ合ってるといいさ。僕たちは──道具に頼らずとも、上へ行ける」
背を向けた。
敗北感が背中を焼く。
後ろで、シオニーとアイムの苛立った声が続く。
「この聖女の頼みを断るなんて、見る目がないにも程があるわね!」
「鍛冶屋で木材だぁ? 腕が鈍った証拠だな!」
だがそれすら、虚しい遠吠えにしか聞こえなかった。
──待ってろゼルガン。
必ず、お前が僕たちを断ったことを後悔させてやる。
剣は時に盾となり主を守る!
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