25:英雄のフラグ、その正体
日はすでに西に傾き、街の影が長くのびはじめていた。
王都の中心地にそびえる冒険者ギルドは、そんな夕暮れ時にも関わらず相変わらずの喧騒に包まれている。
行き交う冒険者たちの声、酒場の笑い声、受付を囲む列──
その賑わいをくぐり抜け、ソーマたちは重厚な扉を押し開けた。
「……帰ってきたな」
ギルドの空気は懐かしく、けれど少しだけ重かった。
すぐに、受付嬢のメルマがソーマたちに気づき、笑みを浮かべて小さく手を振る。
「お帰りなさい、ソーマさん。任務、お疲れ様でした」
「……あぁ、なんとかね」
ソーマは短く応え、鞄の中から布に丁寧に包んだ遺品を取り出した。
「それと……これも、届けておきたくて」
手渡された包みを見たメルマの目がわずかに揺れ、微笑みが消える。
「これは……行方不明パーティーKの皆さんの……ですね」
声ににじんだ悲しみが、ギルドの喧騒とは不釣り合いな静けさを呼び寄せた。
メルマは小さく頷くと、包みを大事そうに抱え、そのまま奥の部屋へと歩いていった。
──数分後。
「ソーマさん。ギルドマスターが直接会いたいそうです。どうぞ、奥の部屋へ」
通されたのは、ギルド本部の中でも最も奥にある部屋──ギルドマスター、カルヴィラの執務室。
扉をノックし、中へ入ると、椅子に腰掛けたカルヴィラが顔を上げる。
鋭い視線は健在だったが、ソーマたちを見ると、わずかに目元を和らげた。
「……無事でなによりだ。まずは依頼、よくやったな。グレイ草の採取、それとターキン樹海周辺の魔物討伐、どちらも完遂で間違いないか?」
「はい。ただ……Kのパーティーが……」
「報告は受けている。届けられた遺品、確かに彼らのものだった」
カルヴィラの声は抑えられていたが、部屋に沈んだ空気が満ちていくのがわかった。
「……彼らは最期まで、依頼を果たそうとしていたようです。あの場所で、無念を抱えながらも……」
「そうか……」
カルヴィラは目を伏せ、一呼吸置いた。
「あいつらは真面目だった。いつも義務を優先し、自分たちを後回しにするような連中だった……そんな最期を迎えるとはな。せめて、ソーマ君たちが見つけてくれたことが救いだ」
しばしの静寂ののち、カルヴィラの眼差しが鋭く俺に向けられる。
「ところで、ソーマ。君たちは、森の奥深くまで入っていたようだな。……ただの行方不明者捜索依頼にしては、随分と危険を承知で動いていたように見えるが?」
「……それは、鍛冶屋のゼルガンさんから、個人的にトレントの素材を頼まれていまして」
言った瞬間、カルヴィラの目が見開かれる。
「……なんだと?ゼルガンの依頼……?本当に、あのゼルガンか?」
「え、ああ……王都の鍛冶屋【悪・即・斬】のゼルガンさんですけど……」
その名を口にした途端、カルヴィラは額に手を当て、大きくため息をついた。
「……おい、本気で言ってるのか。ソーマ君が、あの人が何者か知らずに受けたのか?」
「え? ただの……無愛想なドワーフの職人ってだけで……」
カルヴィラは一瞬呆れたようにソーマを見て、それからポツリと呟いた。
「……あの人はな、かつて勇者のパーティーの一員だった男だ。名を馳せた戦士にして、【守護者】ゼルガンの異名を持つ大剣使いだ。パーティーの剣は時には仲間の盾としてパーティーを守り何度も戦場を越えてきた──そういう男だ」
「……は?」
耳を疑った。
あの無愛想なドワーフが、そんな人だとは思いもしなかった。
「しかも今は、表立った活動は一切していない。冒険者からの依頼も、ギルド経由ですら断っている。それでも、なお伝説として名が残ってるほどの男だ」
カルヴィラは椅子にもたれ、唸るように続けた。
「……一体どうして、そんな彼が依頼を出した? ソーマ君は、あの人と知り合いだったのか?」
「いや、姉さんに紹介されて……それだけです。俺のことも特に気にしてない様子でしたし、口数も少なくて……」
ソーマは苦笑を漏らす。
確かに、ゼルガンは口も態度もぶっきらぼうだった。
けれど、あの眼光だけは──まっすぐソーマを見据えていた。
「──あの人はな、本物にしか手を貸さない。見込みがなければ、素材の話すら出さなかったはずだ」
カルヴィラは、わずかに口元を緩める。
「……英雄からも期待されているんだな」
その言葉に、胸の奥がふっと軽くなる。
評価を得たいわけじゃなかったはずなのに、不思議と嬉しかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
任務の疲れがまだ身体に残る中、ソーマたちは猪熊亭でひと晩休んだ後、早朝からゼルガンの工房を目指した。
トレントの素材を、渡さなければならない。
重厚な鉄扉を前に、緊張感が背筋を走る。
「よし、行こうか……」
ソーマたちが扉をくぐった瞬間、怒号にも似た言い争いが耳に飛び込んできた。
「だから言ってるでしょう!こっちは正式に依頼を──!」
「断る!」
ゼルガンの怒声。
そして、聞き覚えのある男の声──
その場にいたのは、かつてソーマを追放した冒険者パーティー
──【栄光への架け橋】のユーサーたちだった。
「……なんで、あいつらがここに……?」
息を潜めながら、ソーマはゼルガンの工房の奥を見つめた。
悪を断つ剣なり!
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