153:フラグのない世界、そして未来へ
世界が、静かに動き出していた。
崩れた空の色、燃え尽きた黒の残滓、そして光の粒となって消えた神々――
さっき起こった出来事なのにまるで夢のように曖昧だ。
けれど、その曖昧さこそがきっと、平和の証なのだと思う。
あの戦いのあと、俺たちは瓦礫と灰の中から立ち上がり、再びアスヴァルへと向かった。
船の甲板には潮の匂いと、かすかな希望の香りが混ざり、沈みゆく太陽が海面を黄金に染めていた。
その光の中で、俺はぼんやりと遠い水平線を見つめながら思った。
――本当に、終わったんだな。
長い戦いの果てに、ようやく訪れた静寂。
心の奥にまだ戦場の熱が残っている気がして、なかなか現実を実感できなかった。
隣で父さんが穏やかに海を眺めていた。
その姿には、かつての勇者の面影はなかった。
ただ一人の人間として、静かに息をしている。
それだけで、不思議と心が落ち着いた。
そんな時だった。
父さんが、少しだけ申し訳なさそうに俺を見て言った。
「お前に話しておくべきことがある」
あの穏やかな海の上で、父さんは全てを打ち明けた。
それは、まさかの告白だった。
俺とクリス、そしてエルーナの関係。
クリスとエルーナは――どちらも、父さんの血を引く存在だった。
聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
俺が言葉を失って固まっていると、父さんは苦笑いを浮かべた。
「……まぁ、その、若気の至りというか」
いや、若気の至りじゃ済まねぇよ、と内心で思った。
息子として、二人の恋人としてどうリアクションすればいいんだ。
思わず海に飛び込みたくなるほどの気まずさだった。
――まさか父さんが俺以上に色々やらかしていたなんて。
この時ばかりは、笑うしかなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの戦いから、数年が過ぎた。
世界は大きく変わっていた。
ギフトが消え、人々は混乱し、嘆き、そして――立ち上がった。
ギフトという名の依存を失った世界で、人々は初めて自分の足で歩き出したのだ。
それぞれが、それぞれの場所で未来を作っていた。
翠大陸アスエリスでは、エーメル様が女王としてり、エルフと人間の架け橋として国を導いている。
今では共生の都と呼ばれ、かつていがみ合っていた民が肩を並べて生きているという。
鋼大陸アスガンドでは、ゼルガンさんが新しい鍛冶リーダになった。
ギフトを失った代わりに、彼らは技術と知恵を磨き、かつての武具にも劣らないものを作り上げているらしい。
聖大陸アストレアでは、アルマ様がギフトなき聖女として人々を支え続けていた。
その姿は、もはや奇跡の象徴ではない。
ただ一人の女性として、祈りを捧げ、人々に寄り添っている。
ジョッシュはと言えば――宣言通り、アストレアに渡り、父親のバラン団長を本気で殴り飛ばした。
今では聖騎士団に所属し、誰よりも真面目に後輩を鍛えているらしい。
父さんはといえば、『責任を取る』と言ってアルマ様とエーメル様のもとを定期的に訪れている。
もちろん二人とも『今さら責任なんて取らなくていい』と笑っていたらしいが、それでも通い続けている。
母さんは呆れながらも、結局はその隣に立っていた。
……まったく、あの二人らしい。
そして姉さん。
自分が本当の姉ではないと知った後もしばらくは俺に全力でアピールしてきたが、最終的にはゼルガンさんと共にアスガンドへ渡った。
『お母さんが暮らした国を見てみたい』と言って。
……たまに帰ってきては、離れていた分だけ俺に甘えてくるのは、もう諦めている。
俺はというと、王都アスヴァルに残った。
戦いの痕跡は消え、街には再び人々の笑い声が戻っていた。
市場では商人の声が響き、子どもたちが広場で走り回る。
あの日、死の風に満たされていたこの大地が――今では命の匂いに満ちている。
そして、俺の傍には二人の女性――クリスとエルーナ。
そしてその腕の中には、小さな命たち。
クリスとの娘、アリス。
エルーナとの息子、エルド。
血の繋がりも、過去の因縁も、もはや関係なかった。
俺にとって彼女たちは、何よりも愛しい家族だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ある日の午後。
青空が広がり、王都の広場には子どもたちの笑い声が満ちていた。
俺は木陰に腰掛け、膝の上に竜機剣の欠片を置いていた。
戦いの象徴だった刃。
もう動くことはないが、不思議と寂しさはなかった。
それは、俺の過去を語る静かな記念碑のような存在だった。
「お父さん!」
駆け寄ってきた声に顔を上げる。
金色の髪を揺らしながら笑う少女――アリス。
その隣で、少し照れたように立つ少年――エルド。
クリスの優しさとエルーナの芯の強さ。
どちらの面影も感じられる、俺たちの誇りだ。
「どうした、二人とも」
アリスが小首をかしげ、少し真剣な顔で尋ねてきた。
「ねえ、お父さん。どうしてギフトってなくなっちゃったの?」
不意の問いかけに、俺は少しだけ言葉を探した。
けれど、答えは自然に口からこぼれた。
「……そうだな……ギフトなんてなくても、人は自分の道を選べる。努力すれば、誰だって強くなれる。だから――心配はいらないんだよ」
子どもたちは一瞬きょとんとしたあと、笑顔になって駆け出した。
広場の中央で、他の子どもたちとサッカーをして遊んでいる。
彼らの笑い声が風に乗って広がる。
その光景を、俺はただ黙って見つめていた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
隣に座るクリスが、そっと肩に頭を預けた。
反対側でエルーナが微笑み、静かに俺の手を取る。
「ねぇ、ソーマ」
「ん?」
「……幸せね。人種のことなんて、今ではどうでもいい」
「……私もです。自分に誇りを持てました」
「……そうか。やっと、だな」
彼女たちの頬を撫でる風は、あの日の戦場の冷たさとは違う。
優しく、穏やかで、まるで『おかえり』と言ってくれているようだった。
俺は空を見上げた。
高く、透き通るような青。
その向こうに、一瞬だけ白い光が瞬いた気がした。
まるでアストリアが、遠くからこの世界を見守っているかのように。
「……フラグなんて、もう必要ない」
小さく呟いたその言葉は、海風に溶けて消えた。
けれど俺の胸には、確かに残った。
クリスとエルーナが寄り添い、俺はそっと二人の手を握る。
その温もりが、何よりのギフトだと思った。
――こうして、長い物語は終わりを迎えた。
神のいない世界で、人が自らの力で生きる時代。
それは不安も恐れもある。
けれど同時に、無限の可能性が広がっている。
空は青く、風は優しい。
そして今日も、誰かが新しい一歩を踏み出している。
俺は微笑みながら、静かに呟いた。
「……ここは俺に任せて先に行け」
俺のすべての始まりとなった言葉。
でも今はもう――誰かを守るためではなく、未来を託すための言葉だ。
――フラグの先に続く物語は、もう俺たちのものじゃない。
けれど、それでいい。
世界はきっと、これからも輝き続けるのだから。
最終章完!
初作品でエタる事無く毎日投稿で完結出来ました!
書きたい事は山ほどありますので活動報告にて書ききります!
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