150:フラグが祈る時
――それは、災厄の化身だった。
魔王を取り込んだヴェリグラトスは、もはや異形の怪物ではない。
その体表を覆う装甲は溶け、金属と筋肉が蠢く肉塊となっていた。
血の代わりに黒い瘴気が流れ、骨のように伸びた翼は空間を裂く。
その眼窩に宿る赤い光は、まるで地獄の灯火。
――存在そのものが、災厄そのものだった。
聖女クリスの放つ光でさえ、完全にはその黒を押さえ込めない。
それでも、彼女は立ち続けた。
両手を広げ、祈りを絶やさず、聖光を灯す。
隣では、アルマが静かにその光を重ねていた。
「……お母さん……!? どうして……聖女の光が……!」
驚く娘に、アルマは穏やかに微笑んだ。
「……クリス。あなたの祈りが、私を繋ぎとめてくれたの。あなたが聖女として覚醒したから、私もこの光に呼ばれたのよ」
母娘の二重の光が交わり、瘴気を押し返す。
その純白は、闇を裂く双つの星のようだった。
――二人の聖女。
その異常を、神々は見逃さない。
「……ありえない」
ヴェリディスが低く呟いた。
「聖女は一人、創造神の祝福を受ける唯一の器。二人など、存在してはならない!」
「……魔王を歪に取り込んだせいかもね」
ヴェリクが顔をしかめる。
「この世界の秩序が狂っている。因果そのものが割れているようだ」
「ふふ……だとしても、私たちの優位は変わらないわ」
ヴェリディスが右手を上げると同時に、
ヴェリグラトスの翼が大きく広がった。
黒い羽が嵐のように舞い、空を覆う。
羽が地に触れるたび、岩が溶け、毒の風が吹き荒れる。
瘴気の圧が増し、聖女の光が押し返されていく。
「くっ……! 防ぎきれないっ!」
クリスが悲鳴を上げる。
エルーナが膝をつきながら銃を構えた。
蛇嵐機構が高音を鳴らし、蒼い魔力の風を纏って回転を始める。
「――私の全部……もっていけぇッ!!!」
彼女の指が引き金を引いた。
光の弾丸が風を裂き、嵐の中を貫通する。
一発ごとに魔法陣が展開され、炎、氷、雷、風――四属性の弾丸が連鎖的に爆ぜ、ヴェリグラトスの翼を焼く。
凄まじい反動で彼女の肩が軋む。
それでも撃ち続けた。
「止まれぇぇぇぇぇぇッ!!!」
嵐のような銃撃が黒の羽嵐を削り取り、
ジョッシュがその隙を突いて突進する。
「今よ、ジョッシュ!」
「任せろォッ!!!」
彼の竜炎撃棒が赤熱し、地を砕く。
火柱が立ち昇り、黒い触手を焼く。
だが――焼いても焼いても、再生が追いつく。
黒い肉塊が泡立つように再構成され、触手が伸びる。
「チッ、まるで生きた呪いだな……!」
「やはり、魔王の力が混ざっているのです……!」
アルマが息を呑む。
ソーマは前線へ飛び出した。
竜機剣を構え、闇を裂くように跳躍する。
刃が閃き、魔王の黒に斬りかかる――
が、届かない。
まるで世界そのものに弾かれたかのように、斬撃が滑る。
ヴェリグラトスの反撃がくる。
地を穿つような衝撃波。
「ぐっ……あああああぁぁッ!!!」
ソーマは吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
胸が焼けるように痛み、視界が揺らぐ。
「ソーマさんッ!」
クリスが駆け寄ろうとするが、尾が迫る。
アルマが光の盾を展開し、それを受け止めた。
――ギィィィィィィィィンッ!!
激突。
聖光と闇の波動がぶつかり、空気が震えた。
二人の聖女が祈りの言葉を重ねる。
双つの声が共鳴し、光が黒を弾き返す。
その瞬間――
ソーマの脳内に、あの声が再び響いた。
《――フラグシステム、再接続します。死亡フラグへの干渉を開始》
だが、以前と違う。
無機質な機械音に、微かな温度が宿っていた。
《提示:……耐えてください。あと少しで……彼が――》
「彼……?」
ソーマが眉をひそめる。
この声――どこかで聞いたことがある。
懐かしいような、胸の奥を掴まれるような響き。
《この物語は……終焉に向かっています。しかし、あなたが壊す時――私は、あなたの味方です》
機械音に似た声が、一瞬だけ人の声に変わった。
そして、ノイズが弾ける。
「ま、待て……! お前、誰だ……!?」
叫ぶが返事はない。
ただ、残響のようにノイズだけが残った。
現実に引き戻された瞬間、ヴェリグラトスが咆哮する。
地が裂け、空がねじれる。
「ソーマさん、危ない!!」
黒い爪が襲う。
聖光が受け止めるが、完全には防げない。
ソーマの肩を掠め、血が舞った。
「……ぐ、あ……ッ!」
膝をつく。
息が荒い。
魔力も限界。
それでも、諦められなかった。
目の前に奇跡があるのだから。
母娘二人の祈り。
仲間たちの命を賭けた戦い。
――絶対に、繋げなければ。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
叫びと共に立ち上がる。
再び剣を構え、ヴェリグラトスに斬りかかる。
だが、怪物の突進がそれを迎え撃った。
翼が地を打ち、空気を爆ぜさせる。
「ソーマッ!」
「避け――!」
間に合わない。
衝撃波が直撃し、ソーマの体が宙を舞う。
壁に叩きつけられ、血が吐き出された。
――もう、動けない。
視界が滲み、意識が薄れていく。
「ソーマさんッ!!!」
クリスの悲鳴。
光が彼に伸びる――が、その光も押し返され始める。
闇が勝る。
世界が飲み込まれる。
――その時だった。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!
轟音が鳴り響く。
ヴェリグラトスの右腕が、突然、斬り落とされた。
「なっ……!?」
ヴェリグラトスが咆哮を上げる。
直後、空に幾重もの魔法陣が展開された。
炎、水、雷、氷、風――無数の属性が入り混じる。
奔流のような魔法が降り注ぎ、炎の竜が空を焼き、氷の槍が翼を貫く。
ヴェリグラトスがのけぞり、爆煙の中に沈む。
その中から、一陣の風。
「おいおい……ずいぶん苦戦してんじゃねぇか」
その声に、ソーマの瞳が見開かれた。
砂煙の中から歩み出る、一人の男。
片手に煌めく刀。
全身傷だらけ、それでも笑っている。
「父さん……!」
ケンが無言で手を差し出す。
その手は熱かった。
「立てよ、ソーマ。最後の仕上げだ。お前がいなきゃ、締まらねぇ」
その背後には――ラン、ゼルガン、そしてエーメル。
「遅れてごめん!」
「よく耐えたな」
「でも、ここからは一緒よ」
ソーマの胸に、熱いものが込み上げる。
仲間の顔が、涙で滲んだ。
「……全く……無茶ばかりして……!」
「お互い様だろ?」
ケンが笑い、ソーマも笑い返す。
彼の手を強く握り返す。
ずしりと重く、確かな生の感触がそこにあった。
「行くぞ、ソーマ」
「ああ。終わらせる」
「行くぞ、ソーマ」
「ああ。終わらせよう」
二人の視線が交差する。
その背後で、二人の聖女の光が再び高まる。
白金の輝きが空を覆い、黒を浄化する。
双つの奇跡と、仲間の再集結。
――終焉の戦いは、ここからが本番だった。
ヴェリグラトスが吠える。
世界が震える。
だがもう、誰も怯えてはいなかった。
「みんな、行くぞ! これが……俺の……俺たちの物語だッ!!」
竜機剣が紅蓮に輝く。
ケンの刀が閃く。
エルーナの銃口が唸り、ジョッシュが炎を纏う。
ゼルガンの大剣が天を裂き、エーメルの魔法陣が輝く。
そして、二人の聖女の光がすべてを包み込む。
八つの光が一つの希望となり、
黒き神を討つための反撃が、今、始まった。
ここは俺に任せて先に行けと言って主人公を送り出し、主人公のピンチに合流。
熱い展開ですよね!
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