149:シュウエンノフラグ
――終わりが、近いのかもしれない。
誰もがそう思った。
それほどに、戦場は凄惨だった。
ヴェリグラトスの咆哮が響くたび、空間が震え、瘴気が爆ぜる。
黒い羽虫の嵐が空を覆い、蛇が地を這い、ゴーレムの拳が大地を叩き割る。
大地の割れ目からは灼熱の瘴気が吹き上がり、視界は歪む。
――まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
ソーマは荒い息を吐きながら、竜機剣を杖のように支えた。
魔力電池は残り一本。
仲間たちも満身創痍。
そして、アルマはヴェリグラトスの胸奥――黒き闇の中に囚われている。
「……クソッ、あれだけ撃っても倒せねぇのかよ……!」
ジョッシュの腕は焼け焦げ、皮膚の下から蒸気が上がっていた。
それでも、竜炎撃棒を握る手を緩めない。
その目に宿るのは、恐怖ではなく、燃え上がる怒り。
「ソーマ……っ、どうするの? もう魔力も……!」
エルーナの声は震えていた。
蛇嵐機構の銃口は赤熱し、冷却も追いつかない。
それでも引き金から指を離さない。
眼差しだけは、まだ折れていなかった。
「まだだ……まだ終わっていない!」
ソーマの叫びが戦場に響く。
血と煙に霞むその姿を見て、仲間たちは再び息を整えた。
たとえ希望が一欠片しかなくとも――掴み取る。それが彼らの生き方だった。
その時――
「……聞こえる……」
静かな声が響く。
クリスが顔を上げ、胸の前で手を重ねていた。
「お母さんの声が……聞こえるの……」
「――え?」
全員の動きが止まった。
「胸の中から……『合図を送る』って……。ソーマさん、って……呼んでる……!タイミングを合わせて、斬ってくださいって!」
「アルマ様が……!?」
ソーマの心臓が大きく跳ねた。
あの闇の中で、まだ彼女の意識が生きている。
ならば――まだ戦える。
「……了解だ。次の一撃で、全部断ち切る!」
ソーマは腰の装置から、最後の魔力電池を抜き取った。
カチリ、と金属の音。
竜機剣の柄に装填すると、青白い光が脈動し、刃全体に走った。
「――ドラグユニオン、発動ッ!」
空気が裂けた。
剣が放つ光は、もはやエネルギーではない。
それは竜の咆哮そのもの――力の化身。
「ソーマさん……!」
クリスが息を呑みながらも、両手を胸に当て、祈るように目を閉じる。
微かな声が、確かにソーマの鼓膜に届いた。
『――今です、ソーマさん!』
ヴェリグラトスの巨体が一瞬、痙攣した。
胸部の中心、闇の奥に光が走る。
アルマが内部から結界を暴発させ、動きを止めている!
「――行くぞッ!!」
ソーマは地を蹴った。
竜機装の脚部スラスターが青白く輝き、風圧が地をえぐる。
空を裂く軌跡――飛翔。
ヴェリグラトスの胸へ一直線。
視界が白く閃き、時間がスローモーションのように伸びる。
「――喰らえぇぇぇぇぇッ!! ドラグエッジッ!!」
爆裂のような閃光が奔った。
剣が咆哮し、空間を裂く。
刃が黒い装甲を横薙ぎに断ち割り、衝撃波が戦場を貫いた。
破片が雨のように降り注ぎ、空が白く染まる。
内部から吹き出す瘴気――そして、眩い純白の光。
「アルマ様!!」
ジョッシュの叫び。
砕けた胸の奥から、光の繭のようなものが飛び出した。
ソーマは空中でそれを抱き留め、そのまま地を転がる。
「……アルマ様っ! しっかり!」
光がほどけ、彼女が現れた。
頬に煤、衣は裂け、だがその瞳は――確かな意志で輝いていた。
「……私は……大丈夫。それより……あの中に、ヴェリグラトスのコアがありました……」
「コアを――!」
「ええ。胸の奥深く……心臓のように脈打っている。もう少し傷を与えれば、再生は止まります!」
「聞いたか、みんな! まだ勝機はある!」
ソーマの声に、仲間たちの声が一斉に応じた。
「よっしゃあ! 今度こそ決める!」
「お母さんを傷つけた報い……受けてもらいます!」
「了解、狙い撃つわ!」
仲間たちの眼に、再び光が宿る。
だが――空が震えた。
「……ふふ、やるじゃない。まさか人間ごときが、ここまで辿り着くとはね」
冷たい声。
頭上に三つの光の輪が現れた。
三神――ヴェリディス、ヴェリク、デスヴェル。
「けれど、残念だね。予定を少し、前倒しするだけさ」
ヴェリクの言葉と共に、空間の奥で何かが動いた。
巨大な卵のような黒い球体。
内部からドクン、ドクンと鼓動する。
「まさか……!」
エルーナの瞳が見開かれる。
「そう。魔王だよ」
デスヴェルの愉悦に満ちた声が響く。
「本来は門に到達する時に融合させるつもりだったが……お前たちが思ったよりも手強い。だから――今、取り込ませる」
「やめろおおおおおッ!!」
ソーマの叫びは、轟音に飲まれた。
黒い卵が弾丸のように飛び、ヴェリグラトスの胸の裂け目に吸い込まれていく。
瞬間――
瘴気が爆ぜた。
黒い羽虫が狂い、蛇が溶け、金属が歪む。
ヴェリグラトスの体が膨張し、骨のような翼が生え、
内部から蠢く何かが覚醒していく。
「なっ……なにこれ……!? 空間が、歪んでるっ!」
エルーナが悲鳴を上げた。
「封印の力と……神々の干渉が……混ざって……このままじゃ世界が……!」
アルマの声が震えた。
ヴェリグラトスの咆哮が爆音のように響く。
それはもはや声ではない。
金属の軋み、虫の羽音、蛇の嘶き、そして――魔王の絶叫が混ざった災厄の音だった。
その瞬間、ソーマの脳内に機械音が響いた。
《フラグ検知――対象:『世界終焉/創造神崩壊フラグ』》
視界が白く染まり、思考が削ぎ落とされていく。
《構造解析――開始……》
……だが、すぐにノイズが走った。
《――エラー。因果軸不明。記録点喪失。観測線切断。》
《再試行……再試行……再試行……失敗。》
「ぐ、ああああッ……!? 頭が……割れる……!」
ソーマは膝をつき、頭を抱える。
ノイズが脳を焼き、視界の色が消えていく。
――ジジ……ガガガガッ……ッ!
《異常検知:世界構造ノ整合性崩壊……対象:創造神アストリア/観測者ソーマ》
《干渉階層:■■■■レベル突破……因果構文ノ破損率97.3%》
《フラグ破壊……実行不能……再定義ヲ提案……》
「……やめろ……っ、俺を……巻き込むな……!」
世界の輪郭が溶ける。
仲間たちの声が遠ざかる。
《再定義案:自己存在ノ因果書換エ……》
《提示:自我ヲ犠牲ニ因果ノ代償トシテ再構築シマスカ?》
《Y/N……回答ヲ要求……要求……要求……》
「そんな選択……するわけ、ねぇだろ……ッ!」
――ビィィィィィィィィィィッ!!
《警告:時間線ノ崩壊確認。対象、自己ト外界ノ同一化進行中――》
《――世界ヲ守ルタメニ、ソノ物語ヲ壊シマスカ?》
ソーマの意識が白に沈む。
物語を壊す――その意味を理解した時、彼はもう叫ぶこともできなかった。
――その瞬間。
眩い光が、崩壊の世界を貫いた。
「ソーマさんッ!!」
クリスが叫ぶ。
彼女の身体が、輝いていた。
背から光の羽が生まれ、瘴気を押し返していく。
涙が頬を伝い、微笑むその姿は――神聖そのものだった。
「……私、分かりました。世界の……祈りが、今……私の中に流れ込んでいます――!」
光が爆ぜる。
金の髪が風に舞い、瞳は澄んだ翠に輝く。
世界が再び、色を取り戻した。
「……聖女、になった……?」
アルマが呆然と呟く。
クリスは静かに頷き、両手を広げた。
「ええ……私、今……【聖女】になりました」
その声は、崩壊しかけた現実を縫い止めるように響く。
光が因果を包み、暴走するフラグを静めていく。
「――大丈夫です、ソーマさん。あなたは、ひとりじゃない。」
ソーマの震えが止まる。
その言葉に、世界が再び軸を取り戻した。
ヴェリグラトスは、なお蠢く。
だが聖なる光がそれを押し留め、戦場を照らす。
――戦いは、まだ終わらない。
だが、この瞬間。
崩壊の運命を断ち切る新たな奇跡が、確かに生まれた。
ソーマは立ち上がり、竜機剣を握り直す。
「行くぞ……この光がある限り、俺たちはまだ、負けない!」
彼の叫びに応えるように、炉心が赤く脈動した。
それは――因果を超える反撃の、幕開けだった。
文字数が多くなるけど流れ的にしょうがない!
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