147:神々のフラグ
――長い通路を抜けたその先に、ソーマたちはたどり着いた。
目の前に広がるのは、広大な聖域のようでいて、どこか腐敗した空間だった。
石でできているはずの壁は黒い脈動に侵され、まるで巨大な生命体の体内のようにうねっている。
天井からは逆さに伸びた巨大な結晶が、血液のような光を滴らせていた。
「……ここが……魔王が封印されている間……なんですね」
クリスが震える声で呟く。
その声すら、空間の反響に吸い込まれていく。
ソーマは静かに頷いた。
その視線の先――部屋の奥に、それはあった。
白と黒のまだら模様に覆われた、巨大な卵のような殻。
表面には幾重もの魔法陣が浮かび、鼓動するたびに紋様が波紋のように広がる。
空間そのものが呼吸しているかのようだった。
「……あれが、魔王……?」
エルーナが息を呑む。
だが――それ以上に彼らの視線を引きつけたのは、部屋の中心に鎮座する異形の存在だった。
祭壇の上。
そこに立っていたのは、ゴーレムのような巨体――だが、金属ではない。
全身を覆うのは無数の虫と蛇。
それらが蠢きながら皮膚のように張り付き、口を開けば中からさらに小さな生物が這い出し、また吸い込まれていく。
「……気持ち悪っ……」
ジョッシュが思わず顔をしかめた。
「核はゴーレム……でも、魔力の流れが異常。生きてる……いや、これはもう、生かされてるわ」
エルーナが竜眼照準を覗き、息を呑む。
その瞬間、空気がわずかに震えた。
瘴気の波が押し寄せ、闇の中から三つの影が姿を現す。
「ようやく辿り着いたか――この、歪な世界の住人たちよ」
声が三重に重なり、鼓膜の奥で直接響いた。
闇が割れ、現れたのは三人。
一人は、漆黒のフードをかぶった男。
燃えるような紅の瞳は狂気と知性を宿し、背に黒い翼を半ば失ったような影が漂う。
一人は、血のように赤い衣を纏った女。
髪は夜より深く、瞳は血のごとく冷たい。
一人は、無数の工具と魔導式の歯車を背に浮かべる少年。
その顔には幼さすら残るが、瞳は神を見下ろすような傲慢に満ちていた。
「お前たちは……何者だ?」
ソーマが低く問いかける。
しかし――返ってきたのは、怒りに満ちた嘲笑だった。
「貴様……よくもその口で……!」
「私たちを何者かと問う? おかしいわね、あなたはそれを知っているはずでしょう?」
「忘れたとは言わせないよ、ソーマ――いや、旗織 操真!」
三人の声が重なり、空気が軋む。
ソーマの瞳が見開かれた。
胸の奥で何かが弾ける。
脳裏をよぎるのは――創造神アストリアのもとで見せられた映像。
自分の前世の記録。
そこで、己の運命を嗤う三人の姿。
「……まさか……お前たちは……」
「思い出したか、前世の愚か者よ」
フードの男が嗤う。
「我はデスヴェル。かつて死と再生を司った神」
赤衣の女が続く。
「我はヴェリディス。愛と執着、そして欲を担っていた神」
少年が軽く指を鳴らす。
「僕はヴェリク。創造と理を司っていた。――君の気まぐれな手で削除されたけどね」
その言葉に、ソーマの息が止まる。
「我らは創造神アストリアによって、神の座を剥奪され、この世界へゴミのように捨てられた。神であることを禁じられた神。――お前が我らを地に堕とした」
「でもね、ソーマ」
ヴェリディスの唇が冷たく歪む。
「私は少し感謝しているの。あなたが壊してくれたおかげで、神の鎖から解き放たれた。自由を得られたのよ」
「僕たちはこの世界で、創造神の干渉を拒むために門を閉じる為の存在を造り出した」
ヴェリクが淡々と語る。
デスヴェルが手を広げ、背後の巨大な卵を指す。
「魔王とは、創造神がこの世界の制御装置として造り上げた根。我らはそれを利用する」
「この世界をアストリアの支配から切り離し、完全な閉鎖領域とするのよ」
ヴェリディスが微笑む。
「創造神も干渉できない、私たちだけの世界……それが私たちの創世」
ヴェリクが無邪気に笑う。
「……バカな」
アルマが前に出る。
「そんなことをしたら、この世界は……崩壊します!」
「崩壊?」
ヴェリディスはゆっくり首を傾げた。
「違うわ、聖女。解放よ」
「神の手の届かぬ自由。それこそが真の救済だよ」
ヴェリクが指を鳴らすと、空気が歪み、魔力が渦を巻く。
その圧に、ソーマは声を荒げた。
「ふざけるな! お前たちのせいでどれだけの命が奪われたと思ってる!」
「必要な犠牲だ」
デスヴェルが一歩前に出る。
「世界の歪みはお前の存在から始まった。ならばその修正のため、幾千の命など安い」
「お前らが……全部の元凶だったってことか」
ソーマの拳が震える。
だが三人は、揃って冷笑した。
「違う。元凶は――お前だ、ソーマ」
「お前が神々の運命を弄った。お前が私たちを壊した」
「だから今度は、僕たちがお前の世界を壊す番さ」
三人が同時に手を掲げた。
――ゴゴゴゴゴ……ッ!!
祭壇の中央、異形のゴーレムが震えだす。
内部から瘴気が噴き上がり、虫と蛇が融合しながら金属の皮膚を突き破る。
凶悪な咆哮が響き渡った。
「な、何だ……!? 動いてるのか!?」
ジョッシュが後退る。
「我らが創りし破壊者――ヴェリグラトス」
デスヴェルが宣言する。
「私たちの血肉と魔王の残滓を以て作られた、完全なる拒絶の存在」
「今までのおもちゃと一緒だと思ったら、大間違いだよ!」
ヴェリディスが嗤い、ヴェリクが楽しげに指を鳴らした。
巨体が完全に立ち上がる。
身の丈十メートル。
甲殻の間から光の筋が流れ、内部で無数の眼が蠢く。
その全てが、ソーマたちを敵として認識していた。
「……あれ、ただの魔物じゃない……!」
エルーナが銃を構える。
「下がれ、エルーナ!」
ソーマが叫ぶ。
ヴェリクが嘲笑う。
「逃げてもいいよ。その間に門は閉じるけどね。君たちの世界は――僕たちの箱庭になる」
その言葉に、ソーマの瞳が燃え上がった。
「……あんたらは、創造神に見放された化け物だ。二度と世界を弄ぶな! 運命を壊すのは俺の得意分野なんだ――神様気取りのクズども!」
ソーマの剣が輝き、蒼炎を纏う。
「前世とか神とか……正直よくわからなかったけどこいつを叩き壊せばいいって事だよな!」
ジョッシュが竜炎撃棒を構える。
「創造神アストリアの意志に背くというのなら――聖女として、見過ごせません」
アルマがアルマが防御魔法の詠唱を始める。
「ソーマ! 話は後! まずはこいつらをぶっ壊す!」
エルーナの蛇嵐機構が唸りを上げる。
「この世界を……好きにはさせません!」
クリスが樹命杖に力を込め、緑の光が舞う。
その瞬間、ヴェリグラトスの腕が振り下ろされた。
衝撃波が床を砕き、瘴気が爆ぜる。
ソーマは踏みとどまり、叫んだ。
「――ここで止める! この化け物も、あいつらの理想も! 全部、壊してやる!!」
ジョッシュがニヤリと笑う。
「上等だ! 派手にいこうぜ、リーダー!」
――世界の命運をかけた戦いの幕が、いま開いた。
轟音、閃光。
魔法と咆哮が交錯し、封印の間が一瞬で戦場へと変わる。
神々の理と、人の意志がぶつかる――
そして、世界の命運を懸けた戦いの幕が、今、上がった。
まぁ三人が誰かなんて読者は知ってるが改めてね。
最終決戦の幕開けです。
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