146:二人のフラグ
――魔王城の奥。
進むほどに空気は濃く、熱を帯び、肌を刺すような圧がかかっていた。
壁面を走る黒い脈動は次第に早くなり、どこか遠くで巨大な心臓が打つ音が響いている。
ぐううん……と、重い音が足裏から伝わり、全員の鼓動と共鳴した。
「……息が重い。瘴気が濃すぎるな」
列の先頭で、ケンが低く呟いた。
額に汗を浮かべながらも、その眼光は曇らない。長年、前線を歩んできた戦士の眼だ。
「ここまで来たんだ。戻るなんて選択肢はないよ」
ランが微笑む。
だが、その微笑みの奥にあるのは恐怖ではなく――覚悟。
肩に流れる髪が揺れ、彼女の瞳には確かな炎が宿っていた。
ソーマは無言で頷き、先を見据える。
石床に響く靴音が、やけに冷たく、長く尾を引いた。
まるでこの城そのものが、侵入者を呑み込むことを愉しんでいるかのようだった。
そんな沈黙を破ったのは、ランの声だった。
「ねぇ、ソーマ」
「……ん?」
「さっきの戦い。あの筒の武器――バズーカとか言ってたやつ。どうしてそんな名前、知ってたの?」
その言葉が、空気を一瞬で凍らせた。
エルーナもジョッシュも振り向く。
誰もが、ソーマの返答を待っていた。
ソーマは少し目を伏せ、息を吐く。
「……俺のギフトがそう教えてくれたんだ」
「ギフト……?」
ランの瞳が揺れた。
「でも、ソーマ。あれって、まるで前から知ってるような言い方だったよ」
ソーマの喉がわずかに震える。
胸の奥から湧き上がる感覚――それは、罪悪感にも似た痛み。
前世の記憶。
銃、バズーカ、戦火。
それはこの世界の理とは違う異界の記憶だった。
(……今は言えない。違う。こんな場所で話すことじゃない)
彼が視線を逸らしたその瞬間――
「話は後だ、ソーマ」
ケンの声が低く響いた。
「……嫌な気配がする」
ピン、と肌を撫でるような殺気が走る。
エルーナが竜眼照準を覗き込み、目を細めた。
「二つ……? けど、まったく同じ反応。……まるで鏡みたい」
前方の闇がざわりと動く。
黒霧の中から、ゆらりと二つの人影が姿を現した。
――それは、まるで同じ者を複製したような存在。
同じ身長、同じ髪、同じ紅の瞳。
微笑む口角の角度すら、ぴたりと一致していた。
『我は汝、汝は我』
二体が同時に発した声は、金属が擦れるように重なった。
その響きだけで、鼓膜の奥が軋む。
「双子……?」
ジョッシュがバットを構える。
次の瞬間――
双影の片方が手を掲げた。
空気が震え、赤い魔法陣が瞬時に展開される。
轟、と炎が巻き起こり、灼熱の魔球が形を成した。
「来るぞ!」
ジョッシュが反射的にスイングする。
魔炎の球を受け止め、逆方向へと打ち返す。
打撃音が爆ぜ、火球は高速で相手の胸へ。
直撃――爆発。
炎が巻き上がり、視界が真紅に染まる。
「やったか!?」
エルーナの声に、ソーマが警戒を促すように目を凝らす。
……煙が晴れた瞬間、双影はそこに立っていた。
焦げた皮膚が音を立てて再生していく。
「……回復した……!?」
ジョッシュが叫ぶ。
「面倒な相手だな」
ケンが舌打ちをし、刀を抜く。
一閃。
斬撃が走り、もう片方の双影の胴を割った。
が――すぐに、再生。
その切断面は液体のように繋がっていく。
「チッ……まるで意味がねぇ!」
ソーマの頭の中で電流が走った。
(双子、同時、再生……これってまさか)
前世で見たゲームのパターン。
一方がダメージを受けた瞬間、もう片方が共有する――
「みんな、聞いてくれ!」
ソーマが叫ぶ。
「やつらは同時にダメージを与えないと倒せない! 一方を傷つけても、もう一方が再生させる!」
「同時に……か」
ケンの瞳が鋭く光った。
「なら、ここは俺とランに任せろ」
「ケンさん!? 無茶だよ! みんなで戦った方が安全だよ」
エルーナが制止しかけるが、ケンはすでに一歩前に出ていた。
「大勢で動くとタイミングがズレる。……俺とランなら、呼吸を合わせられる」
ケンの視線がランへ向く。
その目は、仲間ではなく――人生を共にした相棒を見つめていた。
「俺についてこれるか?」
「当然でしょ。何年、あなたの横にいたと思ってるの?」
ランが微笑み、手の中で拳を鳴らす。
彼女の全身に淡い光が走り、魔力の波動が床を震わせた。
ソーマが前に出ようとするが、ケンが片手を上げて制した。
「行け、ソーマ」
「でも――」
「お前が立ち止まったら、ここまでの犠牲が全部無駄になる」
ケンの声は静かだったが、その芯は鋼のように強かった。
「……お前が世界の切り札だ。前を向け」
ソーマの喉が震える。
「……父さん……」
その時、ケンが振り返り、アルマを見た。
微笑みながら――その言葉を告げた。
「アルマ。……俺の、いや――俺たちの子供を頼む」
アルマの瞳が揺れた。
けれどすぐに、その意味を理解したように、静かに微笑んだ。
「……ええ。必ず、あなたたちの想いを繋ぎます」
そのやり取りを見て、ソーマの心臓が強く打った。
ソーマの中で、何かがざらりと揺れた。
「待ってくれ、父さん、母さん……!」
声が震え、足が止まりそうになる。
だがケンは、背を向けたまま刀を抜いた。
その銀刃に瘴気が反射し、光が走る。
「行け、ソーマ。振り向くな」
「――!」
ソーマは唇を噛み、拳を握り締めた。
「……わかった。必ず、魔王を倒してくる!」
ケンは微笑み、ランと視線を交わす。
彼女も頷き、構えを取った。
「――さぁ、行こうか。そっくりさんよ」
『面白い。我らも二人で一つ。どちらが真の対か、試してみるがいい』
爆音、火花。
四つの影が交錯し、刃と拳がぶつかり合う。
空間が震えるほどの衝撃波が起き、炎と氷が舞う。
ソーマたちは振り返らずに駆け抜けた。
背後で、ケンとランの怒号が混じる。
爆裂音が響き、風圧が背中を押す。
――それはまるで、二人が道を切り開いてくれているようだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
通路の先、空気が変わった。
瘴気の密度がさらに濃くなり、息を吸うたび肺が焼けるようだ。
「……ケンさんたち、きっと大丈夫ですよね」
エルーナの声が震える。
ソーマは黙って頷くが、その拳は微かに震えていた。
「さっきの俺たちって……どういう意味なんですか?」
ソーマが尋ねると、アルマは目を閉じて答えた。
「……すべてが終わった後で、あの人から聞いてください」
その声には、わずかな哀しみが滲んでいた。
ソーマはそれ以上追及せず、ただ前を見た。
そして――
彼らの前に現れたのは、漆黒の巨門。
高さ十メートルを超える。
表面には無数の古代魔法陣が刻まれ、血のような赤黒い光が脈打っている。
鼓動のように、ずしん、ずしんと響く音。
それはまるで、この門の向こうに封じられた存在――魔王そのものの心音だった。
アルマが一歩前に出て、両手を胸の前で組む。
彼女の唇が震え、祈るように呟いた。
「……ここが、魔王が封印されている部屋です」
その言葉と同時に、門から放たれる瘴気が一層強まった。
まるで、長き封印が破られるのを感じ取ったかのように――
ソーマは息を呑み、拳を強く握りしめた。
父と母の背中を、心に焼き付けながら。
――決戦の幕が、今まさに上がろうとしていた。
ユニゾン攻撃!
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