142:決戦前夜のフラグ
黒き大地を魔道車の轟音が駆け抜ける。
漆黒の雲は昼なお薄暗く、空気は重苦しく淀んでいた。
その中を、ソーマたちを乗せた魔道車が滑るように進む。
車輪は岩を砕き、魔力の唸りを響かせながら、一直線に魔王城を目指していた。
「来るぞ――!」
ジョッシュの声に、ソーマは前方を睨む。
黒い影が空を裂いて迫っていた。
翼を持つ魔族の群れが、牙を剥き、獲物を狙う猛禽のように滑空してくる。
「任せて!」
魔道車の屋根に飛び乗ったエルーナが、蛇眼銃を肩に担ぐ。
引き金を引く瞬間、銃口から淡い蒼光が迸った。
――轟ッ!
一発の弾丸が閃光の尾を引き、飛来する魔族を撃ち抜く。
まるで雷鳴のような速度で、魔族は反応すら許されず、胸を貫かれて墜落した。
「やった……! 前より強くなってる!」
エルーナの目が輝く。
以前よりもはるかに魔力の収束が速く、弾丸の威力も跳ね上がっていた。
背後から、エーメルが静かに言葉をかける。
「落ち着いて。魔力を込めすぎれば制御を失う。だけど……今のあなたなら、もっと遠く、もっと深く狙えるはず」
「はい!」
エルーナは呼吸を整え、再び魔力を銃に流し込む。
青白い輝きが銃身を走り、次弾が放たれる。
魔族の翼を正確に撃ち抜き、仲間ごと地へと叩き落とした。
「……やるじゃないか」
ソーマが見上げて笑みを浮かべると、エルーナは少し照れたように銃を下ろした。
「お母さんが教えてくれたの。魔力を込めるのじゃなく、『魔力と銃を繋げなさい』って」
エーメルは僅かに頷いた。
「大事なのは武器をただの道具と思わない事。それは、あなたの魔力を通じて世界を変える杖のようなもの」
「……なるほど」
ソーマは感心したように呟いた。
魔法の理と銃の技術。
その融合が、エルーナを新たな段階へと押し上げていた。
襲い来る魔族や魔獣は、エーメルの魔法やエルーナの狙撃で次々と撃退されていく。
そのたびにジョッシュが拳を突き上げて「ナイスショットだ!」と歓声を上げた。
休息を取るときは、アルマの結界が一行を包んだ。
淡い金色の光がドームのように広がり、夜の闇を優しく追い払う。
結界の内側は穏やかな空気に満ち、荒れ狂う魔大陸の気配を遮断してくれた。
「……助かります。アルマ様の結界がなかったら、休むどころじゃありませんでした」
ソーマが礼を言うと、アルマは微笑んで首を振る。
「移動の間、私はずっと休ませてもらっていますから。皆さんが戦えるように支えるのが、私の役目ですから」
その瞳には、不安ではなく確かな覚悟が宿っていた。
結界の内、焚き火が小さく揺れていた。
その周囲で、一行は静かに腰を下ろしていた。
明日も、明後日も、戦いが続く。
だからこそ、このひとときだけは心を交わす時間にしたかった。
「……なあ」
火を見つめていたジョッシュが、不意に口を開いた。
「俺、帰ったら親父に会いに行くんだ。……会って、ぶん殴る! 俺を預けたバカ親父に、『生きて帰ってきたぞ!』って、ぶん殴ってやるんだ」
拳を握るその横顔には、涙の光がちらついていた。
エルーナが柔らかく微笑む。
「ジョッシュらしいね。でも……きっと、バランさん、喜ぶよ。殴られても」
今度はエルーナが口を開いた。
「私はね……魔王を倒したら、世界樹を近くで見上げたい。元気がなくなった世界樹が、また緑を取り戻して、みんなの希望になった姿を……この目で確かめたいの」
その声は震えていなかった。
幼さを脱ぎ捨て、未来を語る少女の言葉だった。
エーメルがその頭を優しく撫でる。
「私も共に行きます。私はエルフの未来を変える。他種族との交流を増やし、閉ざされた森を開く……エルーナ、あなたの為にも」
クリスは少し遠くを見ながら呟いた。
「私は……魔王を倒したら、聖大陸でしばらく過ごしてみたいです。お母さんと、もっとたくさん話してみたい。……今なら、昔は聞けなかったことも、素直に聞ける気がするから」
その声には少女らしい願いと、神託を背負う者の誇りが同居していた。
アルマは胸に手を当て、目を閉じて祈る。
「私は創造神アストリア様に誓います。どんな闇にも屈しないと。……皆さまと共に帰る。そしてクリスと過ごしたい。それが、私の願いであり、奇跡なのです」
焚き火に照らされた横顔は、聖女ではなく一人の母としての強さを帯びていた。
ゼルガンは腕を組み、低く唸るように言った。
「俺はアスガンドに戻る。今まで逃げていた分、兄上の為に腕を振るう……もう、背を向けたりはしない」
その言葉には、血と誇りを背負った者の決意があった。
ケンは少し俯きながら、声を絞り出す。
「俺は……ケジメをつける。俺のせいで色々とややこしくしてしまった。だが、最後まで剣を振るうことで……責任を果たしたい」
そう言ったあとアルマとエーメルの方を見る。
二人は何もなかったかのように頷く。
ランはそんなケンに寄り添う。
「あなたの罪は、私の罪でもある。だから最後まで一緒に戦う。……どこまでも一緒に」
最後に、ソーマが皆を見渡した。
焚き火の炎がその瞳に映り込み、彼の心をさらに熱く燃え上がらせる。
「俺は……必ず勝つ……そして、未来を掴む。俺の物語は、俺が紡ぐんだ」
その声は力強く、仲間たちの胸に深く響いた。
火の粉が夜空へ舞い上がり、闇を裂くように瞬いた。
その一つひとつが、彼らの決意の灯火のように思えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
魔道車は進み続けた。
魔族の襲撃は幾度となく繰り返されたが、そのたびに撃退し、道を切り開いた。
そして上陸から五日目の朝。
遠くの地平線に、漆黒の城が姿を現した。
「……あれが……魔王城……」
漆黒の尖塔が雲を突き破り、禍々しい瘴気を放っている。
大地に根を下ろすように、城は異様な存在感で聳え立っていた。
誰もが息を呑む。
その場に居合わせるだけで、心を握り潰されそうになるほどの圧。
だが、誰一人として足を止めることはなかった。
――ついに、決戦の舞台が視界に入った。
最終決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。
最終決戦の前の語り。
明らかなフラグですが死亡フラグは通知されていないので大丈夫です。
……大丈夫なはずです。
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