141:上陸のフラグ
船の揺れが、腹の底を無慈悲に揺さぶっていた。
荒れ狂う波に合わせて甲板がぎしぎしと軋み、潮の匂いが肺を満たす。
「……う、うぅ……」
「……ぐ、ぐえぇ……」
甲板の隅で並んでうずくまる二人。
ソーマとケンはそろって青ざめた顔で、波に合わせて首をぐらぐらと揺らしていた。
「……なんでだ……アルマ様の薬、飲んだのに……」
ソーマは虚ろな目で呻いた。
アルマが手ずから調合してくれた船酔いの薬は、前回の航海では奇跡的な効果を発揮してくれた。
だが――今回は違った。
「……効いては……いるはず……だ。……ただ……この海……おかしいくらい荒れてる……」
ケンは必死に言葉を繋ぐが、その直後、また真っ青な顔を押さえて黙り込む。
聖女の奇跡すら追いつかないほどの荒波。
甲板を叩きつける波しぶき。
空を裂くような風。
それでも――船はびくともしなかった。
黒鉄の船体は要塞のように安定しており、ドワーフの船員たちは休みなく舵を握り、帆を張り替え、笑いながら声を掛け合っている。
「……なぁ、ソーマ……」
「ん……?」
「俺たち……死にそうなのに……なんであいつら……笑ってやがるんだ……」
ケンが死にそうな顔で呟き、ソーマも吐き気に顔を歪めながら天を仰ぐ。
甲板を走るドワーフたちは、むしろ嵐を楽しんでいるかのように豪快に笑っていた。
そんな中で、ソーマは気付いていた。
隣のケンが、何度もこちらを見ては口を開きかけ、すぐに飲み込んでいることに。
「……なあ、父さん」
「……ん?」
「言いたいことあるなら言えよ。顔に出てるぞ」
ケンはわずかに目を泳がせ、視線を逸らした。
この船旅の間、ソーマはクリスやエルーナと戦略を練ったり、時には笑い合ったりしていた。
そのたびにケンは、どこか言いにくそうに目を細めていたのだ。
「……別に」
「別にって顔じゃねえ。俺の勘はよく当たるんだぞ」
ソーマがしつこく食い下がると、ケンはしばし沈黙した。
そして、ふっと深いため息を吐き――
「……すべてが終わったら話すよ。今は……ダメだ」
その声音には、いつもの飄々とした父親らしさはなく、重さと迷いが混じっていた。
ソーマは眉をひそめ、追及しようとしたが、ケンの横顔を見て思い直した。
「……分かった。終わったら、だな。絶対にだぞ」
「……ああ、約束する」
ふたりは揺れる甲板の上で短く頷き合った。
それ以上は、吐き気と波が会話を奪っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
船旅の間、海の魔物は幾度も姿を現した。
巨大な触手を持つ海獣。
鋼鉄のような甲羅を背負った怪魚。
空から襲い掛かる翼を持つ魔獣。
「撃てぇぇ!」
「魔力炉、全開だ!」
そのたびに、船の側面から魔導砲が火を噴いた。
轟音と閃光が海を裂き、魔物を焼き沈める。
ドワーフたちは声を張り上げながら、まるで日常の延長のように戦い続ける。
ソーマは吐き気に耐えつつも、その光景を見て胸を打たれていた。
「……すげぇ……あんな化け物を……」
「この船がなかったら……とっくに沈んでたな……」
嵐を突き抜け、魔物を退け、ついに夜明けが訪れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
出航から五日目の朝。
水平線の向こうに黒々とした大地が浮かび上がる。
「……あれが……魔大陸アスノクス……」
吐き気も忘れて、ソーマは険しい表情で見据えた。
漆黒の雲が垂れ込め、波が岩を砕き、空気は淀み、地そのものが人を拒むように禍々しい。
船は、人類が唯一築いた要塞兼港へと接岸しようとした。
だが――
「な……!」
船員たちが絶句した。
港は、既に崩壊していた。
砕けた城壁、黒煙を上げる瓦礫。
蠢くのは無数の魔族の群れ。
「また獲物が来やがったぜぇ!」
魔族たちは翼を広げ、牙を剥き、空を覆い尽くして飛んでくる。
「――来る!」
ソーマが叫ぶよりも早く、前勇者パーティーの賢者エーメルが静かに杖を掲げた。
「――【テンペスト】」
凄絶な魔力が迸り、嵐が群れを薙ぎ払う。
一瞬にして魔族の軍勢は塵と化し、風に散った。
ドワーフたちは歓声を上げたが、ソーマは背筋に冷たいものを感じていた。
「……これが、前勇者パーティーの力……」
船は無事に接岸した。だが地上には、まだ無数の魔族が徘徊している。
「任せろ!」
ケンとランが飛び出す。
剣と拳が閃き、血風が舞う。
「はあああっ!」
「どけぇぇ!」
次々と魔族が薙ぎ倒されていく様は、まるで戦場というより舞踏会のように鮮やかだった。
ゼルガンが冷静に告げる。
「切り札のお前は温存だ、ソーマ。今は無駄に力を使うな」
ソーマは歯噛みしたが、頷いた。
「……わかりました」
背後ではドワーフの船員たちが叫んでいる。
「この船は命懸けで守る! 必ず帰ってこい!」
ソーマは深く頭を下げた。
「……ありがとう。必ず帰る」
そして、一行は魔王城を目指す。
彼らが乗り込んだのは、ソーマの前世の知識を基にドワーフたちが造り上げた魔道車だった。
ごうん、と低く響く音と共に、車体が滑るように走り出す。
「おいおい……なんだこりゃ。馬もいねぇのに走るのかよ!」
ジョッシュが目を丸くする。
ゼルガンも怪訝そうに唸り、車輪の動きを見つめる。
「……まあ、アスガンドで魔道列車を造れるなら、これくらいは朝飯前かもしれん。だが――どこでこんな知識を得た?」
そのやり取りを横で聞いていたクリスが、ちらりとエルーナに目を向けて囁いた。
「……やっぱり、ギフトフラグの思し召しですか……?」
エルーナは肩を竦めて、ため息交じりに笑った。
「……あんた、ほんっと隠し事ばっかり」
ハンドルを握るソーマは苦笑し、答えを濁した。
「……時が来たら話すよ」
黒き大地を駆け抜け、車輪は魔王城へと向かう。
決戦は、もう目前だった。
前勇者パーティー入れたおかげでサクサク進みます。
※作者からのお願い
投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!
お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。
ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。




