140:約束のフラグ
朝靄の立ち込める王都の広場には、緊張感と熱気が渦巻いていた。
いよいよ魔王が封印されている魔大陸アスノクスへ向けて、ソーマたち【アストレイ】と前勇者一行が旅立つ日。
広場には王都の民だけでなく、近隣の街や村からも人々が集まり、その数は万を超えていた。
押し寄せるような人波は、勇者一行の姿をひと目見ようと熱を帯び、祈りにも似たざわめきを広げている。
「……すごい人だな」
ソーマは圧倒されるように呟いた。
群衆は口々に「勇者様!」「魔王を討ってくれ!」と声を張り上げ、手を振っている。
その目は期待と不安で揺れ、同時に願いを託す色があった。
――勇者ならきっと帰ってくる、という信頼と、それでも心の奥底に沈む恐怖。
その視線の先、壇上には王国を治めるアルヴェロ王が立っていた。
凛然とした姿に威厳を漂わせながらも、瞳の奥には国を背負う者としての祈りが込められている。
「先の英雄たち、そして【アストレイ】よ」
アルヴェロ王の声が広場に響き渡る。重々しく、しかし温かさを含んだ声音だった。
「……そなたたちがこの世界を救う希望であることは誰もが知っている。だが決して忘れるな。希望とはただの幻想ではない。人が心に描き、信じ抜いた時に初めて形を成す」
王は一歩前に出て、壇上からソーマたちへ真っ直ぐに視線を投げかけた。
「――必ず帰ってくるのだ。その姿を、民が待っている」
その言葉を全身で受け止め、ソーマは強く頷いた。
胸の奥に灯る炎が一層大きくなる。
「……必ず、帰ってきます」
そのやり取りを横で聞いていたのは、冒険者ギルドマスターのカルヴィラとメルマだった。
カルヴィラは腕を組み、いつもの飄々とした笑みを浮かべていたが、その眼差しには張り詰めた鋭さが宿っていた。
「一年前に、魔王に対抗する切り札になるかもな、とは言ったが……まさか本当にこうなるとはね。全く、私の勘も捨てたもんじゃないね」
そして真顔になり、ソーマをまっすぐ見据える。
「ここまで来たら言うことは一つだ。全力でやれ。後悔はするな。……帰ってきたら、その土産話を肴に奢らせてくれ」
メルマがその隣で微笑み、ソーマに歩み寄った。
「ソーマさんが旅立つのを誇らしく思います。……でも、危険な場所に行くのだから気を抜いちゃだめですよ。ギルドの仲間たちも皆、あなたの帰りを信じてます」
ソーマは二人に深く頭を下げた。
「カルヴィラさん、メルマさん……ここまで導いてくれて、ありがとうございました。必ず生きて帰ります」
――視線を感じて振り返る。
そこにはリンがいた。
群衆の目があるにもかかわらず、彼女は涙を堪えきれずにソーマへ駆け寄った。
「ソーちゃん……!」
震える声とともに、リンはソーマを強く抱きしめる。
「小さい頃から手のかかる弟だったのに、こんな大役を背負うなんて……。無茶ばっかりして、お姉ちゃん、心配で仕方ないよ」
ソーマはその背を優しく叩き、耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、姉さん。……俺は必ず帰ってくる。帰って、今度は姉さんを安心させてやる」
リンは涙混じりに笑い、強引に言葉を続けた。
「……これってプロポーズだよね!? 帰ってきたら結婚するんだからね!」
その茶目っ気のある言葉に、広場が一瞬ざわめき、仲間たちからも苦笑が漏れる。
ソーマは頬を赤らめながらも真剣な瞳で応じた。
「……約束だ。必ず帰ってくる」
そのやり取りを胸に刻み、ソーマは仲間たちと前勇者一行へ向き直った。
ジョッシュがいつも通りの調子で肩を叩く。
「おーし、行くぞ行くぞ! 魔王ぶっ倒して、帰ったら大宴会だ! 肉も酒も腹いっぱいだ!」
エルーナは苦笑しつつも頷いた。
「……あんた、本当に緊張感ないね。でも、まあ……それくらいの方が安心できるかも」
クリスは静かに祈るように手を胸に当てた。
「創造神アスエリス様、我らに力を……皆が笑顔で帰ってこられますように」
そして前勇者たちもまた、成長した我が子をたくましく、誇らしげな眼差しを注いでいた。
ソーマはその視線を受け止め、強く息を吸い込む。
「……行こう。必ず帰るために」
一行は飛竜便へと乗り込む。
巨大な飛竜が翼を広げ、空を裂くように舞い上がった瞬間、広場からは祈りと歓声が轟いた。
ソーマは振り返り、手を振る。
民の笑顔と涙が揺れるのを胸に刻み、飛竜は南の港町へと向かって飛び立った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
南の港町に到着したのは、夕方だった。
空気は塩の匂いを含み、潮風が頬を撫でる。
遠くに見える海の水平線が、これからの旅の過酷さを予感させた。
「おお、待っていたぞ!」
低く豪快な声が港を揺るがす。
そこに立っていたのは、鋼大陸を治めるウォーガン王だった。
逞しい体躯に鋼の鎧をまとう威風堂々たる姿。
「アスガンドの技術を結集させた船を用意した! これならどんな嵐でも魔族でも恐れることはない! 存分に使うがよい!」
港に停泊していたのは、黒鉄の船体に複雑な紋様が刻まれた巨大な帆船。
ドワーフの技術者たちが誇りを込めて作り上げたその船は、まるで要塞のように堅牢で、見る者に安心感を与える。
ソーマはその光景に思わず息を呑んだ。
「これが……ドワーフの技術……」
ウォーガン王は豪快に笑い、ソーマの肩をがっしりと掴む。
「そうだ! お前たちが立つ舞台は世界の命運を決める戦場だ。その船は、お前らを最後の地まで運ぶためにある! 堂々と乗り込むがいい!」
ソーマは強く頷き、仲間と共に船へ足を踏み入れる。
甲板の上から見下ろす港には、再び多くの人々が集まり声援を送っていた。
クリスがその光景に微笑み、ソーマに小声で告げる。
「こんなにも多くの人々が、私たちを信じているんですね……。絶対に負けられません」
ソーマは拳を握りしめ、胸に誓う。
「――必ず、勝つ。そして、生きて帰る」
船が港を離れると、人々の声は遠ざかり、波の音だけが響く。
目の前には、果てしなく広がる大海原。
その向こうに待ち受けるのは、魔大陸アスノクス――魔王が封じられし地。
いよいよ、最終決戦の幕が上がる。
最終章突入です。
作者がどのように物語を完結させるのかお付き合いください。
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