14:重なる記憶と交差するフラグ
(人のおごりで飲む酒と飯は、どうしてこうも旨いんだろうか)
オクトヴィアとの打ち上げの余韻をまだ身体のどこかに残したまま、宿へと戻ったソーマは、静かな部屋の中で窓辺に立ち、夜の街をぼんやりと眺めていた。
外はすっかり静まり返り、宴の喧騒も今では幻のようだ。
ジョッシュはもうベッドの上で大の字になり、豪快ないびきをかいている。
よほど疲れていたのだろう。
(それにしても……やっぱり異世界なんだよな、ここは……)
この世界――【アストリア】で、ソーマとして産まれてから、16年が経った。
でも、心のどこかには、かつての操真という名前の俺もまだ残っている。
――感覚としては、ソーマが今の本体で、操真はその中に記録媒体のように埋め込まれている存在だ。
記憶はある。
感情もある。
だけど、今のソーマのすべてではない。
夜の静けさに包まれながら、少しずつ、頭の中を整理していく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここは異世界――アストリア。
地球とは異なる世界でありながら、意外と似た部分も多い。
一日は24時間。
四季があり、一週間は七曜日で構成されている。
曜日の名前こそ違えど、生活リズムはほとんど地球と変わらない。
この世界では曜日を【光・闇・火・水・風・雷・土】の七つで呼び分けている。
たとえば、地球の「日曜日」はこの世界だと「光の曜日」となるわけだ。
カレンダーも、1か月が30日で12か月、1年=360日とかなり整っている。
現在はアストリア歴999年――もうすぐ千年を迎える節目の年だ。
この歴の起点となったのは、かつて勇者と聖女が魔王を封じた年。
その神話のような出来事の裏に、創造神アストリアという存在があった。
『文化や環境、言語、単位すらも。私が設計・管理している世界だから、君も適応しやすいだろう』
……あのとき、彼女――いや、神が語った言葉は、あまりにも衝撃的だった。
この世界が誰かの手によって作られた箱庭だとしたら、
地球と似通っていることも、偶然ではなく設計されたものなのかもしれない。
アストリアは五つの大陸で構成され、それぞれが異なる種族や文化を持っている。
【勇大陸アスヴァル】
今、俺たちが暮らしている大陸。
主に人間族が暮らす大陸で、最も文化的に発展しており、料理や工芸が盛んだ。
人間族は地球の人類と大きな違いはない。
平均寿命は100年ほど。
魔力という概念が人間の生活に根づいていて、勇者や聖女のギフトが発現するのも基本的にはこの人間族からだ。
不思議なのは、その理由が未だに誰にも解明されていないこと。
【翠大陸アスエリス】
遥か西に位置する、エルフたちの大陸。
魔力と共に生きる彼らの生活は静かで神秘的で豊かな森と清浄な空気に包まれたこの地は、世界樹を中心に栄えている。
エルフは人間の三倍ほど生きる。
115歳までは人間と同じ速度で成長するが、そこからはまるで時間の流れが違うように、ゆっくりと歳を重ねていく。
魔力に長け、自然と魔法を紡ぐ彼らは、異種族との接触を避け、独自の文化を守り続けている。
対照的に、ダークエルフ族は異種技術を取り入れ、他種族との交流に積極的だ。
肌の色、髪の艶、価値観まで異なるが、根源は同じ種族だという説もある。
【鋼大陸アスガンド】
東の広大な大地には、獣人族とドワーフ族が共に暮らす。
鉱脈がありそこには希少な鉱石が多く眠っている。
獣人族は犬、猫、狼、鳥など、さまざまな特徴を持ち、
魔力は無い代わりに、圧倒的な身体能力と獣形への変化能力を持つ。
寿命は短く、平均して50年程度。
だが、その命は燃えるように熱く、誇り高い。
ドワーフ族は人間の倍ほど生きる。
魔力には乏しいが、その代わり匠の技術で魔道具や武器、防具を作る。
彼らがいなければ、この世界の技術はとっくに止まっていただろう。
【 聖大陸アストレア】
北に位置する、教会の総本山がある小さな大陸。
そこに君臨する聖女は、この世界における信仰と奇跡の象徴だ。
聖女のギフトは特異で、魔王の封印さえ可能とされる。
その力の代償か、聖女は選ばれし存在であり、その寿命は異常に長い。
150年を生きた聖女もいるという記録が残っている。
多種族が混在し、信仰と奇跡の狭間で生きている。
【魔大陸アスノクス】
そして南。
魔物たちが跋扈し、封印された魔王が眠る地。
この大陸は、世界の影であり、負の象徴でもある。
魔物は、人の負の感情――怒り、嫉妬、憎しみ、悲しみ――から生まれるとされている。
つまり、この世界に負がある限り、魔物は決して消えない。
知性を持つ魔族の中には、ギフトを持つ者さえいるという。
この世界において、魔王は倒すのではなく封じる存在。
かつては100年以上封印されていたが、最近は周期が短くなっている――
前回は30年で復活。
今は封印から16年が経過している。
次の復活は、すぐそこまで迫っているかもしれない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ……」
長く息を吐き、ソーマは夜空を仰ぎ見た。
思い出しすぎて少し疲れたが、整理はついた。
あらためて俯瞰してみると、この世界はあまりにも都合が良すぎる。
まるで、ソーマがこの物語の主人公であるかのように――
ベッドの上で寝返りを打ったジョッシュを、ふと見やる。
その寝顔に、妙な既視感があった。
(……勇一?)
記憶の中にある親友の姿と、今目の前にいるジョッシュが、ふと重なった。
もちろん、髪の色も顔立ちも違う。
だが、声や仕草、そしてなによりあの頃の空気が、確かにそこにある。
(……もし、ジョッシュが勇一だったら?)
この世界に来たのがソーマだけだと、なぜ思い込んでいたのか。
他にもやってきた人間がいても、不思議ではないはずだ。
思わぬ形で再会していても、何もおかしくない。
だが、今は確証がない。
だけど……だからこそ。
ソーマはそっと微笑んだ。
曖昧で、不確かで、でもどこか懐かしいその微笑みを浮かべながら――
ソーマとして、そして、操真の記憶を抱えたまま生きる者として。
この世界で、もう一度誰かと肩を並べて歩む未来を信じたいと思った。
きっとこれは――まだ序章にすぎない。
物語は、ここから本当の幕を開けるのだから。
ここから第2章です。
主人公の記憶戻ったタイミングで世界観の説明回。
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