139:父と子のフラグ
【ケン=フラハ視点】
夜の帳が落ちた。
城下町の明かりが、遠くにちらちらと灯っている。
俺は窓辺に腰掛け、片手にした盃を揺らすたび、酒が月光を映して小さく揺らめいた。
「……明日、か」
喉を焼く酒の熱さが、妙に心地いい。
けれど胸の奥は重く、ざわめいていた。
この一カ月、ソーマと共に鍛錬に明け暮れた。
最初は本当にやれるのかと疑っていた。
勇者のスキルもなければ、戦士としての血統も持たない。
俺の息子とはいえ、魔王討伐の舞台に立たせるにはあまりに頼りなかった。
だが……俺の目が間違っていた。
日を追うごとに、あいつは強くなった。
剣筋は荒く、力もまだ足りねぇ。
だが、食らいつき、工夫し、何より、折れない。
勇者じゃねぇ、特別な戦士じゃねぇ。
けど――それでも、今のあいつは並の戦士を軽く凌ぐ。
……俺の全盛期にゃまだ及ばねぇが、あの若い頃の俺を思い出させるには十分だった。
誇らしい。
そして、どこか悔しい。
父親としての誇りと、戦士としての対抗心。
その二つが入り混じって、胸の奥が妙に騒がしかった。
そんな時、背中に柔らかな気配が寄り添った。
「……あなた、まだ飲んでるの?」
振り返ると、ランが立っていた。
俺の妻にして、相棒にして、唯一の女。
「明日が出発だ。飲まずに眠れるかよ」
「ふふ……あなたらしいわね」
ランは隣に腰を下ろし、同じように窓の外を見やる。
沈黙が流れるが、居心地が悪くなかった。
「……十七年前、私たちは……」
「倒せなかった」
ランの言葉を引き取るように、俺は低く呟いた。
「魔王を討ち損ね、結局は封印でごまかした。そのツケを、今……子供たちに背負わせることになっちまった」
盃を傾ける。
酒の熱さが、悔恨の冷たさを溶かしてはくれない。
「……だからこそ。今度こそ、俺たちの代で終わらせる。命を懸けてでも、な」
「ええ。私も同じよ。あの子たちに、未来を残すために」
互いの視線が絡む。
戦士として、夫婦として。
言葉は多くなくても、伝わるものは確かにあった。
そんな重苦しい空気を振り払うように、俺はわざと口角を上げた。
「……にしても、うちの息子、随分とモテるな」
「え?」
「あの嬢ちゃんたちに積極的に攻められてる。……あれはもう、夜の方も主導権握られてるだろ。まったく、父親としては心配だぜ」
酒を煽りながら笑う俺に、ランは微妙な顔をした。
「あなた、気付いてないのね」
「……何がだ?」
ランは一呼吸置いて、真っ直ぐ俺を見る。
「アルマとエーメルのことよ」
「……あの二人が結婚してたなんて、驚いたな。で、旦那は誰だ?」
「二人とも、まだ独身よ」
「……あぁ? じゃあ……あの嬢ちゃんたちの父親は誰なんだ?」
問いかける俺に、ランはじっとした目を向けてきた。
「本当に分からないの? あの二人が体を許す相手なんて……一人しかいないでしょ」
俺は、言葉を失った。
十七年前。
魔王との決戦を前に、俺たちはそれぞれに思い残すことをしないよう、互いの想いを告げ合った。
三人から同時に想いを告げられた俺は、愚かにも流され、四人で一夜を過ごした。
最終的に選んだのはランで結婚し、共に生きてきた。
だが――
「……まさか、あの一夜で……?」
「確認はしてない。でも……おそらく、そう」
ランの言葉に、心臓が跳ねる。
思わず盃を握りしめる手に力がこもった。
「……じゃあソーマは……異母兄妹で……?」
言葉に詰まる俺に、ランは静かに言った。
「王族や貴族なんて、血を残すためにもっと複雑な婚姻を繰り返してきたわ。問題はないはずよ」
「……そういうもんか……?」
納得なんざできるわけがねぇ。
胸の奥はもやもやしたまま。
だが――ランは俺の肩に身を寄せ、囁いた。
「すべては平和になってから考えましょう。今は、明日からの戦いに備えて」
寄り添う温もりに、俺は深く息を吐いた。
父として、戦士として、夫として。
すべてを背負うのは明日からだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【デスヴェル、ヴェリディス、ヴェリク視点】
魔大陸にて魔王が封印されている広間。
闇に閉ざされたその場所に、三つの影があった。
ソーマたちの前に現れデスヴェル、ヴェリディス、ヴェリクと名乗った存在。
「……時は満ちた」
デスヴェルが低く呟く。
その眼光は、暗闇すら貫くような光を帯びていた。
「人間たちは勝利を夢見て準備をしているけど……すべては我らの掌の上」
「そうね。滑稽なものだわ。自分たちの未来を信じて足掻く姿は」
ヴェリディスが艶やかに嗤い、ヴェリクが楽しげに囁く。
「こいつが完成すれば、やっと僕たちの望みが叶う」
その背後――黒い影がうごめいた。
人の形を持たぬ、禍々しき黒の塊。
三人の視線がその存在に注がれる。
「もうすぐだ」
「すべては終焉へと収束する」
「そして僕たちは門へと到達する」
三つの声が重なった瞬間、封印の間に冷たい振動が広がった。
異形の影は脈動し、形を成していく。
――それは、やがて世界を覆う絶望の象徴となるのだった。
これにて第七章完結です。
第七章も無事に毎日投稿する事が出来ました。
この章では爆弾を投下しまくりました。
ソーマがクズだと思ったらそれ以上にクズな存在が身近にいました。
その辺の感想も含めて近況報告で書かせて頂きます。
物語はこのまま最終章へと移ります。
最終章も毎日更新目指して書き続けます。
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