135:決戦へのフラグ
夜が明けると同時に、王城の高窓から差し込む光が静かに石造りの床を照らした。
前夜の激動が嘘のように、朝の空気は清らかで、冷たい。
エルーナは、まだ夢と現の狭間にいるような心地で目を覚ました。
昨日、自分の運命を揺るがす真実を知ったばかりだというのに、胸の奥は不思議と温かかった。
傍らにはエーメル女王が静かに座り、母としての穏やかな眼差しを向けていた。
「……おはよう、エルーナ」
「……お母さん……」
まだ、その呼び名に照れや躊躇いが混じる。
だが胸の奥からせり上がる温かさを、彼女は拒むことができなかった。
ルーナ女王も椅子に腰掛けており、二人を見守るように柔らかな笑みを浮かべていた。
「ゆっくり休めたか? 昨日は心が揺れたことだろう」
「……うん。でも、不思議。今は……心が少し落ち着いてる。昨日までずっと、自分は孤独なんだって思ってたのに……」
エルーナの言葉に、エーメルが目を潤ませ、そっと彼女の手を握った。
「もう、あなたは孤独じゃない。私はずっとあなたを想っていた。これからは――一緒に歩んでいける」
短い沈黙の後、エルーナは小さく頷き、再び布団に潜り込むように母の胸に身を寄せた。
長い間、求めていた温もりが、今ここにあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
宿に戻っていたソーマは、ジョッシュとクリスに昨夜の出来事を打ち明けていた。
「――というわけで、エルーナがエーメル女王の娘だったんだ」
二人は目を剥き、同時に口を開いた。
「……はぁっ!?」
「……うそでしょ!?」
あまりの声量に、周囲の宿泊客がぎょっと振り返る。
ソーマが慌てて二人の口を塞いだ。
「しーっ! 声がでかい!」
しばらくして落ち着いたジョッシュが、額を押さえながら呟いた。
「……は、はぁ!? そりゃまた……とんでもない話だな……。つまり、あいつは……正真正銘、王家の血筋ってことか」
「信じられない……けど、妙に納得もいく。あの強さと誇り高さ……やっぱり血筋なのかな」
クリスは感心半分、心配半分の表情で呟いた。
「でも本人は……かなり混乱してるみたいだったな」
「そりゃそうだろ。いきなり女王の娘ですなんて言われて……俺だって正気でいられる自信はねぇ」
ジョッシュの言葉にソーマは小さく笑い、けれどすぐに真顔へと戻った。
「……でも……それ以上に問題は今日の会議だ。俺の【復活フラグ】について、きっと具体的な結論を出すことになる」
胸の奥に重くのしかかる予感を、ソーマは振り払えずにいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
世界会議二日目。
荘厳な円卓の間には各国の王たち、英雄たちが再び集まった。
しかし、ソーマはすぐに異変を感じ取った。
アスガンドのウォーガン王――鋼の巨躯を誇るその男が、まるで獲物を睨みつける獣のように、ソーマを見据えている。
(……なんだ、この視線……? まるで俺が仇敵でもあるかのように……)
その違和感に気づいたゼルガンが、ソーマの傍らで小声を漏らした。
「気にするな……多分、リンの件だ」
「姉さん……?」
「リンがな……昨日の夜、『ソーちゃんと結婚するつもり』と何のためらいもなく言った」
「……えぇっ!?」
ソーマの声が裏返る。
ゼルガンは苦笑しながら肩を竦めた。
「俺も止める隙が無かった。ウォーガンにとってリンは大切な妹の忘れ形見。簡単に渡せるはずもないだろう」
「……なるほど、それで俺が敵視されてるわけか」
ソーマは額を押さえた。
戦う前に別の意味で命を狙われそうな気配を、ひしひしと感じていた。
そんな空気を孕んだまま、二日目の会議が幕を開けた。
最初に議題として挙げられたのは――ソーマの持つ【復活フラグ】の力についてだった。
「昨日の発表を受け、私は有識者と話し合った結果一つの可能性に気づいた」
アルヴェロ王が重々しく口を開き、円卓を見渡す。
「従来、魔王は倒すことはできず、封印でしか抑えられなかった。だが……ソーマのスキルがあれば、『復活』そのものを逆手に取り、永遠に復活できぬ状態に追い込めるかもしれぬ」
その言葉に、会議場がざわめく。
「……つまり、真の意味で『魔王を殺す』ことが可能になる、というのか」
「そんなことが……!」
期待と不安が入り混じった声が飛び交う。
ソーマは拳を握りしめ、前に出た。
「……確かに俺のスキルは、魔王に適用できれば封印ではなく、完全な終焉に導けるかもしれません」
だが、ソーマはすぐに続けた。
「ただし……問題があります。俺のフラグは『俺の視界に入っているもの』にしか効きません。つまり……魔王を直接目にしなければならないんです」
その条件に、場の空気が一層重くなる。
「俺たちが魔王のもとにたどり着ける保証はありません。たどり着いたとして……本当に復活フラグが効くのかも分からない。……賭けに近い」
ソーマの正直な言葉に、沈黙が広がる。
やがて、聖女アルマが毅然と声を上げた。
「しかし……このまま何もしなければ、世界は理の崩壊に飲まれるだけでしょう。ならば、たとえ僅かな可能性でも……それに賭けるしかありません」
エーメル女王も頷いた。
「魔王が眠る大陸――アスノクスへ遠征し、ソーマ殿を中心に作戦を立てる。選抜した最強の戦力を集めて挑むべきだろう」
重々しい決断が、会議場に下された。
「……魔大陸アスノクスへの遠征を正式に決定する!」
宣言と共に、円卓に置かれた地図に視線が集まる。
そこには、濃い闇に覆われた禁忌の地――魔王が眠る大陸が赤く記されていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
会議の後、控え室に戻ったソーマは深く息を吐いた。
肩にのしかかる重圧に、足が震えそうになる。
(……俺にしかできないこと……。みんなの命を背負う戦い……)
そこへ、エルーナが駆け込んできた。
目にはまだ不安と揺らぎがあったが、それ以上に強い光が宿っていた。
「ソーマ! 私も行くから!」
「エルーナ……」
「昨日、母さんに会えて分かったんだ。私は――守られるだけじゃない。みんなと一緒に未来を掴むために、生まれてきたんだって」
その言葉に、ソーマの胸の奥で何かが熱を帯びる。
「……ああ。一緒に戦おう。必ず、未来を掴むんだ」
二人の視線が交わった。
それはやがて訪れる決戦への覚悟の証だった。
エルーナは一瞬迷ったが、勇気を振り絞って口を開いた。
「……それに、母さんにもちゃんと伝えたからね。ソーマは――私にとって、とても大切な人だって」
「なっ……!?」
思わず声を裏返らせたソーマが、耳まで赤くなって視線を逸らす。
「お、おいエルーナ! そんな真顔で言うなよ……こっちの心臓がもたないって……!」
その慌てぶりに、エルーナはくすりと笑みをこぼした。
緊張に包まれた空気の中、わずかに灯る温もりが二人の間に生まれていた。
こうして、前勇者たちを含めた選抜メンバーが編成され、魔大陸アスノクスへ向かう遠征計画は正式に動き出した。
その道程は死地。
だが誰も退くことはなかった。
――未来を繋ぐために。
次回爆弾投下。
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