134:名前に宿るフラグ
世界会議一日目が終わった王城の夜は、昼間の緊張感を引きずったまま、静けさに包まれていた。
燭台に揺らめく炎が、広い回廊に長い影を伸ばす。
ソーマ達が今日の議題を振り返っていると、鋼大陸のウォーガン王がゼルガンへと低い声を掛けた。
「……ゼルガン。妹の――ソフィーの忘れ形見である娘に会いたい」
その声音には、王としての威厳ではなく、一人の男としての切実な思いが宿っていた。
ゼルガンは目を伏せ、深い息を吐く。
「……やはり、そう来るか」
「血は血だ。妹の子を、この目で確かめたい」
迷いはなかった。
ゼルガンは静かに頷き、ウォーガンを伴って王城を後にし、リンのもとへと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
会議で自らのギフトを明かしたソーマは、重い気持ちを抱えながら王城の中庭に出ていた。
夜風が頬を撫でるが、胸の奥に巣くった緊張は少しも晴れない。
(……もう、後には引けない。俺は皆の前で【復活フラグ】のことを話した。皆が俺を見ている。……期待を背負ってしまったんだ)
その重責に押しつぶされそうになった時。
「……ソーマ」
控えめな声が背後から聞こえた。
振り返ると、エルーナが小さな灯りを手に立っていた。
「エルーナ?」
「お願い……少し、一緒に来てくれない?」
彼女の表情は不安に揺れ、普段の快活さは影を潜めていた。
「どうした?」
「ルーナ女王が……『大切な話がある。できれば誰かについてきてもらいなさい』って。……一人で聞くのは、怖くて」
小さな声に込められた怯え。
ソーマは一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「分かった。一緒に行こう」
エルーナはほっとしたように微笑み、二人は並んで歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
案内されたのは、王城の奥にある応接室。
中に入ると、そこにはダークエルフのルーナ女王と、エルフのエーメル女王が待っていた。
威厳に満ちた二人の女王が並ぶ姿は、圧倒的な存在感を放っていた。
緊張で足を止めたエルーナに、ルーナが穏やかに声をかける。
「エルーナ。恐れることはない。今日は、お前に真実を告げるために来たのだから」
「……真実?」
エルーナの声が震える。
その問いに答えたのは、エーメル女王だった。
「――あなたは、私の娘よ」
その一言が、雷鳴のように室内に響いた。
「……えっ……?」
エルーナは目を見開き、言葉を失う。
ソーマも一瞬息を呑んだ。
エーメルは静かに続ける。
「魔王封印の後、私が国に帰った時……私は身ごもっていたの」
「……!」
エルーナの心臓が高鳴る。
「その子は、人間との子供だった。けれど……ハーフエルフは古来より忌み嫌われてきた存在。まして王家の血を汚したと知れれば……生まれてくる子供の未来は明るくない……」
エーメルの声が震える。
女王としてではなく、一人の母親としての苦悩がにじみ出ていた。
「だから私は……魔王封印の疲れを理由に人前に姿を現さず、密かに出産した。そして……その子をルーナ様に託したの」
その言葉に、エルーナは後ずさる。
「そ……そんな……信じられない……私が、あなたの……?」
掠れた声で呟いたエルーナの視線が揺れる。
胸の奥に生まれるのは戸惑いだけではない。
どこか、言葉にならない怒りのような感情が混ざっていた。
「以前謁見した時、エーメルは迷っていたのさ。エルーナが娘だと明かすべきかどうか。あなた達が世界樹を救ってくれてから、エルフの人間に対する見方が変わってきた。だから……世界会議に来た今、明かすべきだと考えたのさ」
ルーナ女王が静かに弁明する。
しかしその説明を聞いても、エルーナの胸は収まらなかった。
「……信じられない……」
唇を噛みしめ、エーメルに一歩近づく。
「今さら……信じるなんてできない! どうして今まで会いに来てくれなかったの!? 私が……どんな気持ちで……本当の親も知らずに……『ハーフエルフ』って蔑まれて……」
「エルーナ……」
「もしかして……本当は、なんとも思ってなかったんじゃないの!? ハーフエルフの子供なんていたら邪魔だから、ルーナ様に押しつけて……全部、なかったことにしたかったんでしょ!」
声が震え、涙が滲む。
責める言葉を口にしながらも、どこかで信じたい気持ちがあるからこそ、痛烈にぶつけずにはいられない。
エーメルの顔が苦しげに歪む。
「……そんなはずがない! あなたは私の……大切な、大切な娘よ。会いたかった……ずっと会いたかった! でも……王としての立場が……私を縛ったの」
必死の声が、部屋の静けさに響いた。
視線が交錯し、張りつめた空気が場を支配する。
その時、ソーマが思わず口を開いた。
「待って……エルーナ」
ソーマの脳裏に、一つの違和感が浮かんでいた。
「……名前だ。エーメルとエルーナ……一見違うように見えるけど、メの文字を傾ければナになる。文字の並びを少し変えれば――同じ名前になるんだ」
ソーマの言葉に、エルーナははっとして顔を上げる。
エーメルは涙をにじませながら微笑んだ。
「……その通りよ。私は、あなたに自分の名を託したの」
エルーナの瞳に、次第に涙があふれていく。
「……お母さん……」
その一言とともに、彼女は駆け寄り、エーメルの胸に飛び込んだ。
「信じられない……でも、分かる……心の奥が、ずっと求めていた……!」
エーメルは娘を強く抱きしめ、堰を切ったように涙を流した。
「ごめんなさい……傍にいてあげられなくて……! 本当は抱きしめて育てたかったのに……!」
「……ううん、ありがとう……私を生んでくれて……!」
二人は互いに抱き合い、泣き声を漏らす。
その姿を、ソーマとルーナは静かに見守っていた。
ルーナが小さく呟く。
「……これでようやく、ひとつの家族が再び繋がったな」
ソーマは深く頷く。
名前に隠された真実が、今ここに明かされた。
――一つの家族の物語が、ようやく始まりを告げたのであった。
まぁ予想できた人いたと思います。
キャラの設定考えててこの名前思いついた時、わし天才やんけとニヤニヤしてたのを思い出しました。
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