131:千客万来の真実と世界会議のフラグ
馬車の車輪が小気味よくきしむ音を立てながら、南の街道を進んでいた。
朝の光が窓から差し込み、冷たい冬風がすき間から吹き込んで頬を撫でる。
ソーマはどこか落ち着かない様子で座席に座り、時折、隣に座る父――ケンの横顔を盗み見ていた。
険しくもどこか温和なその横顔。
ついに視線に気づいたのか、ケンが顎をしゃくった。
「……なんだ。言いたいことがあるなら言え」
「えっと……その。昨日、ゼルガンさんが父さんのことを『千客万来』って呼んでたよね。あれって、どういう意味なんだ?」
ソーマの問いに、車内の仲間たちの耳がぴくりと動く。
皆もまた、あの言葉の真意を知りたがっていた。
ゼルガンは腕を組んだまま、にやりと口角を上げる。
「ほう。そこに食いつくか。いい機会だ、教えてやろう」
ソーマは背筋を正し、思わず身を乗り出す。
「『千客万来』ってのはな……俺がセンドリックにつけた異名だ」
「異名……!」
「そうだ。魔王軍との大戦の最中、センドリックは最前線で戦い続けていた。襲いかかる魔物も魔族も、まるで切れ目がねぇ。入れ替わり立ち替わり押し寄せる。だが、センドリックは全部まとめて切り捨てていった」
ゼルガンの声は淡々としていたが、その瞳の奥には熱が宿っていた。
「その姿は、まるで千の客を迎え入れては、片っ端から笑いながら返していくようでな。『千客万来』。俺がそう呼んだのさ」
ゼルガンの回想に、ソーマは思わず目を見開く。
「笑いながら……?」
隣でケンが小さく鼻を鳴らす。
「笑ってたんじゃねぇ。ただ……必死だったんだ。剣を振るえば仲間を守れる。立ち塞がる敵を斬れば、生き延びられる。……それが嬉しくて、気づけば口元が緩んでただけだ」
その言葉に、ランが柔らかく微笑む。
「でも、それがあなたらしいわ。恐怖に飲まれるのではなく、仲間を守る喜びを力に変えていた。だからこそ、皆があなたについていけたのよ」
リンがぱっと目を輝かせ、身を乗り出す。
「すごい……! やっぱりお父さんは伝説の勇者なんだね!」
「やめろ。俺はもう勇者じゃねぇ」
ぶっきらぼうな返し。
だが、ソーマは気づいていた。
その言葉の奥に、照れ隠しの色があることを。
(やっぱり父さんは……本物の英雄なんだ)
誇らしさが胸の奥でじんわりと熱を帯びる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕暮れが港町を赤く染める頃、一行は南の港へと到着した。
潮の香りが風に乗り、魚や干物を売る活気ある声が路地に響き渡る。
「今夜はここで一泊だ。明日の朝、飛竜便で王都へ向かう」
ゼルガンの言葉に一行は頷き、港町の宿へ。
海の幸をふんだんに使った料理を囲み、束の間の安らぎを味わう。
夜、布団に横になりながら、ソーマは王都で待つ出来事を思い、眠れぬほどに胸を高鳴らせていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
飛竜の背に乗った一行は大空を翔ける。
潮騒が遠ざかり、雲を突き抜ける風が肌を打つ。
ソーマは興奮で胸を膨らませるが、隣ではリンがぐったりと項垂れ、後方ではゼルガンも同じように青ざめていた。
「……なんか、似てるな」
吐き気に耐える二人の姿に、ソーマはふと笑ってしまう。
遠くても、確かに血がつながっているのだと実感させられた。
数時間の飛行を経て、やがて王都の城壁が視界に広がる。
白亜の塔と青い屋根、幾重にも広がる街並み。
自分が成長したからこそ、今は遥かに大きく重く見える。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都に着いた一行は、まず冒険者ギルドを訪れた。
カウンターでメルマに依頼完了の報告をすると、彼女の目が大きく見開かれる。
「……せ、先代勇者……!」
瞬間、場が騒然となった。
依頼を相談していた冒険者たちも、酒を飲んでいた者たちも、一斉に立ち上がり、信じられないものを見るようにケンを凝視する。
「う、嘘だろ……生きてたのか……!」
「伝説が……目の前に……!」
ざわめきが広がる中、ソーマは見知った顔を見つけた。
オクトヴィア――かつてゴブリンダンジョンで共闘した冒険者パーティーだ。
「ソーマ!? 久しぶりじゃない!」
リーダーのラチーナが駆け寄ってきて、驚きに目を見開く。
だが次の瞬間、その視線はランへ。
「あなたが……センドリックの仲間の、サンドラ様……!」
ランは少し驚いた顔をしながらも、頷く。
「ええ、そうだけれど……」
ラチーナの瞳が熱を帯び、真っ直ぐに言葉を投げかける。
「私は、あなたに憧れて冒険者になったんです! 拳ひとつで戦場を駆け抜けたその姿……ずっと目標でした!」
まるで告白のような熱さに、周囲の仲間も思わず息を呑む。
ランは戸惑いながらも、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう。私の歩んだ道が、誰かの力になっているのなら……それほど嬉しいことはないわ」
ラチーナの頬が真っ赤になり、オクトヴィアの仲間たちが「おお……」と感嘆の声を上げる。
だが、その熱気を冷ますように、低く鋭い声が響いた。
「お前たち――すぐに王城へ向かえ」
現れたのはギルドマスター、カルヴィラ。
厳しい眼差しが一行を射抜き、場を一瞬で静める。
「国王陛下がお待ちだ。……ぐずぐずするな」
一行は頷き合い、王城へと足を進めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
重厚な城門をくぐり、豪奢な廊下を抜ける。
やがて大広間に通され、しばしの待機を命じられる。
時間が経つごとに、ソーマの胸は高鳴り、仲間たちも緊張を隠せない。
やがて――
「入れ」
衛兵の声が響き、扉がゆっくりと開かれた。
玉座に座るは国王アルヴェロ。
その威厳ある姿は、大国を背負う者の風格に満ちていた。
「久しいな、センドリック」
低く響く声。
ケンが一歩進み出て、頭を下げる。
「アルヴェロ……勇者のギフトは失った。だが、できることはやるつもりだ」
王の目が細められ、静かな笑みが浮かぶ。
「それで十分だ。それでこそ『千客万来』よ」
その視線がソーマへ。
「そして……ソーマよ」
「は、はい!」
背筋を伸ばし、ソーマは答える。
「以前の謁見の折、既視感を覚えた……そういうことか。センドリックの息子であったとは」
国王の納得の笑み。
ソーマは誇らしく胸を張り、深く頭を下げる。
「父のように、強くなれるよう努力いたします」
「うむ……期待しているぞ」
玉座からの言葉は重く、そして温かかった。
「一週間後。各大陸の代表がこの王都に集い、世界会議が開かれる。……そこで全てが決まる。覚悟しておけ」
その宣告が、大広間に響き渡った。
息を呑む一行に、アルヴェロはさらに言葉を続ける。
「そして――アストレイよ。君たちも、この場に立ち会ってもらう」
「……えっ!?」
ソーマは思わず声を上げる。
世界会議には、各国の代表が集いこの世界の命運を決める場だ。
自分のような若輩者が出席していいものなのか。
「アルヴェロ、それは……!」
とケンが眉をひそめる。
だが国王は首を横に振った。
「彼らはこれまでの戦いの最前線に立ち、現状を最もよく知る者たちだ。机上の空論を並べるだけの会議では意味がない。現実を語れる者が必要なのだ」
ゼルガンが腕を組んだまま、低く笑う。
「……ほう。王様にしてはわかってるではないか」
ランは静かに頷き、ソーマを見つめる。
ソーマは胸の奥が熱くなるのを感じた。
驚きと同時に、認められた誇らしさが込み上げてくる。
(俺たちも……世界の未来を決める場に立つのか……!)
震える声を必死に抑え、ソーマは深く頭を下げた。
「……承知しました。身に余る大役ですが、全力で務めさせていただきます」
国王は満足げに頷き、その場の緊張を解くように手を振った。
「うむ。それでよい。――退れ」
一行は深く一礼し、王の前を後にした。
――王都の空は、次なる舞台の始まりを告げるかのように、どこまでも青く広がっていた。
千客万来ってワード思いついた時わし天才やんけとニヤニヤしてたのを思い出しました。
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