13:これは終わりじゃない──新たなフラグ
戦闘の余韻がようやく静まり、荒い息が少しずつ落ち着いていく。
血と鉄の匂いがまだ濃く漂う中、ソーマがラチーナに視線を向けた。
「……オクトヴィアの皆さんは、なんでここに?」
当然の問いだった。
本来なら、彼女たちは別の依頼で動いているはずなのだから。
ラチーナは短く息を吐き、拳についた血を乱暴に拭いながら口を開いた。
「……私たちも、最初はゴブリンの討伐してたんだ。けどな、妙なんだよ」
言葉に呼応するように、仲間たちも無言で頷く。
「森を歩いてる途中でさ……まるで道を示されるみたいに足が動いた。『こっちへ行け』って囁かれるようにな。最初は勘かと思った。けど進むほどに確信に変わった――お前たちがここにいるってな」
ソーマの胸に、ひやりとした感覚が走る。
偶然にしては出来すぎている。
なにかの意志が働いていたとしか思えない。
(……これが、フラグに干渉したって事なのか?)
「気がついたら、ダンジョンの入口に辿り着いていた。導かれるようにしてな」
ラチーナは肩を竦め、苦笑を浮かべた。
「まさかこんな場所を見落としてたとは、不甲斐ない限りだが――結果的に、間に合った。それでいいだろ?」
その声に、ソーマが小さく頷く。
その瞳には驚きと同時に、確かな安堵の色が宿っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ここが、ダンジョンの中心部?」
重厚な扉を抜けた先、広間の中央にそれはあった。
宙に浮かぶ、水晶のような球体――ダンジョンコア。
魔物を呼び寄せ、迷宮を成り立たせる心臓部。
「これを壊せば……すべて収まるはずだ」
ラチーナが静かに言うと、タオナが杖を構えた。
「……けど、これは――あんたたちがやりな」
「えっ? でも助けてもらったのは、俺たちの方で……」
「何言ってんだい。ダンジョンを見つけたのも、ジェネラルにトドメを刺したのもあんたたちだ。成果は、ちゃんと自分たちのものにしな」
「ラチーナさん……」
その言葉に背を押され、ソーマは一歩進み出る。
剣先をコアへ向け、強く握りしめ――突き立てた。
瞬間、空間が震え、風が逆巻く。
ひび割れる音と共に、球体は光を散らしながら砕け散った。
静寂が戻る。
誰もが深く息を吐き、重荷を下ろしたように肩を落とす。
「……これで、本当に終わりですね」
カッセルが肩を回し、鎧の軋みを響かせながら安堵の笑みを浮かべる。
レスクは無言で頷き、盾を地面に置いた。
ジョッシュはその場に腰を落とし、息を荒げる。
「……生きてる……ほんとに、生きてるんですね……」
クリスの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
ラチーナはそっとクリスを抱きしめる。
「……よく頑張ったね。胸を張っていい」
その言葉に、重苦しかった空気が少し和らいだ。
わずかな微笑みと、互いを労わる仕草――それが何よりの報酬だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
崩壊したダンジョンから地上へ戻ると、森の空気は澄み渡り、どこか柔らかく感じられた。
空を仰ぎながら、ラチーナはぽつりと呟く。
「……でも、これで終わりじゃない。きっとまた起きる」
「うん。でも俺たちは生きてる。また戦える」
ソーマの瞳には、迷いのない光が宿っていた。
その姿に、ラチーナはふっと笑みを浮かべる。
「頼もしい後輩じゃないか。……さ、クエストはまだ終わってないよ。報告するまでが仕事だからね」
そうして一行は歩き出す。
深く暗い森を抜け、再び光の差す道へ――
戦いは終わった。しかし、物語は続いていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゲシュ町に戻った一行を迎えたのは、淡い橙に染まる夕暮れの空と、いつもと変わらぬ冒険者ギルドのざわめきだった。
扉を押し開けると、依頼を読み上げる声や、冒険談に笑い合う声が入り混じり、温かな喧噪が広がっている。
その中で、受付の男性がこちらに気づき、目を細めた。
「……おかえりなさい、オクトヴィアの皆さん。そしてソーマさんまで。例のゴブリン調査の報告、ですね?」
代表してラチーナが前へ出る。
表情は真剣そのものだ。
「ああ。森の奥でダンジョンを見つけた。……そしてダンジョンブレイクまで終わらせた」
「やはり……存在していたのですか」
「ただのダンジョンじゃなかった。あれは――遺跡だった」
「遺跡……?」
受付官の眉がひそむ。
ラチーナは言葉を選ぶように、ゆっくり続けた。
「階層は浅いが、整然としすぎていた。自然にできたものじゃない。祭壇らしき構造もあった。誰かが造ったとしか思えない」
重苦しい空気が流れる中、ソーマが口を開いた。
「内部には異常な数のゴブリンが潜んでいました。ナイトやジェネラルまで……スタンピードの兆候があったため、即座にダンジョンブレイクを選択しました」
「……賢明な判断でした。もし町に出ていたら、被害は計り知れません」
受付官は深く息をつき、奥の扉をノックした。
「マスター。ダンジョン調査の報告です」
姿を現したのは、ギルドマスターの女性魔導士。
気品ある装いに、老獪な光を宿した瞳。
「遺跡、ね……興味深いわ。魔法ギルドとしても調査したかったところだけど」
彼女の言葉に、ソーマがすぐ頭を下げる。
「申し訳ありません。状況が切迫していたので」
「責めているんじゃない。町を守った、それが一番大事なこと。ただ……できれば証拠の一つでも残してほしかったわね」
そのとき、タオナが勢いよく前に出る。
「ご安心を! 魔道カメラで映像も写真もバッチリです!」
「……本当?」
魔導士の目が輝き、カメラを受け取ると映像に見入り――低く唸った。
「これは……自然生成では説明できない。魔法陣の痕跡、召喚の兆候、加工された建材……確かに人の手が入ってるわね……」
「ふふん、百枚以上撮りましたから!」
「頼もしいわね、タオナさん。こういう若者がいてくれると、未来も少し明るく見えるわね」
こうして、調査および危険排除は正式に完了と認定され、オクトヴィアには報酬に加え特別協力金が支給された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜──酒場にて。
「かんぱーいっ!!」
ラチーナの明るい声が響き、ジョッキが高く掲げられた。
「飲んで食えお前ら! 今日は私のおごりだよ!」
「いやー、生きて帰ってこれたのが奇跡だな」
「マジで! 途中何度か詰んだと思ったし!」
盛り上がる仲間たちを眺め、ソーマは微笑みながらジョッキを傾ける。
「とりあえず、一段落ってとこだな!」
「まだ俺たちは王都ギルドへの報告が残ってるますけどね」
ラチーナが串をかじりつつ、ぽつりと呟く。
「でも……全部終わった気はしない」
ソーマが頷く。
「あの構造も魔力の流れも……未完成だった。何かの実験中みたいな」
「もし同じものが他にもあるなら――」
「中央ギルドを動かさないと駄目だね。ゲシュ町の規模じゃ抱えきれない」
夜は更け、皿が片付けられ、残ったのはジョッキの山。
ソーマはふと夜空を見上げる。
(それでも……胸の奥に引っかかる何かが、まだ消えない)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【???視点】
冷たく静まり返った空間。
複雑な魔術文字が宙に浮かび、淡く脈打つ魔力が部屋を満たしている。
フードを被った人物が立ち、掌で光る小さな宝珠を弄びながら、楽しげに呟いた。
「せっかく……作ってあげたのに、壊されてしまったか……」
声に怒りはなく、愉快そうな笑みすら混じっている。
「でもいい。また作ればいいだけ。今度はもっと……面白く。試したいことは山ほどある」
魔力が閃き、空間が光に呑まれていく。
フードの人物の姿も、やがて光に溶けた。
物語は――まだ、終わらない。
そして、新たなフラグが静かに、確かに立った。
これにて第1章完!
初めて小説というものを書いてみましたがとにかく大変でした。
色々語りたい事は活動報告にて書かせて頂きます。
※9/18追記 第1章大幅修正した結果35話が13話にまとまりました。
ですが大分テンポが良くなったのでこれで良しとします。
※作者からのお願い
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