129:告げられた血脈のフラグ
居間を包む空気は、まだ重苦しく張り詰めていた。
誰もが息をひそめ、言葉を探している。
そんな中で口を開いたのは――ゼルガンだった。
「ソーマ。……以前、アスガンドに行った時のことを覚えているか?」
不意に投げかけられた問いに、ソーマは瞬きをした。
ゼルガンの低い声は、重さを伴いながらも、過去を掘り返すような響きを持っていた。
「アスガンド……列車での移動のときに聞いた話のことですか? ゼルガンさんの妹さんと、商人の人が駆け落ちして……王都で宿屋を始めたって」
ゼルガンはゆっくりと頷いた。
「そうだ。『猪熊亭』――覚えているな」
「ええ。あの話……忘れられるわけないです」
ソーマが答えると、ゼルガンの表情に影が差した。
その様子に、ソーマの胸の奥で、不安が静かに膨らんでいく。
「……その話には、続きがある」
ゼルガンの言葉に、居間の空気がさらに重く沈む。
ソーマは無意識に息を詰め、仲間たちも言葉を失ってゼルガンを見つめた。
「二人の間には……子供が生まれていた」
「……!」
ソーマは驚愕に目を見開き、リンは両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
ケンもランも、何も言わずにただ目を伏せる。
「だが……魔王復活の時のスタンピードに巻き込まれ、妹夫婦は命を落とした」
その言葉に、ソーマの胸がぎゅっと締め付けられる。
だがゼルガンは続けた。
「……しかし、その子供は生きていた」
静まり返った空気に、その言葉だけが深く響く。
ソーマは思わず前のめりになった。
「生きて……いた?」
「ああ。俺たちは魔王封印のため、王都の孤児院にその子を預けた……あの時は、戦いにすべてを懸けるしかなかったからな」
ゼルガンの声には、自責の念と過去への後悔がにじんでいた。
「そして……魔王を封印した後、その子を迎えに行った」
ソーマは固唾を呑む。
リンは震える手でスカートを握り、母の顔をうかがった。
ランは静かに視線を落とし、口を開かない。
「だが……俺には、その子を育てる自信がなかった。男手一つで子供を育てられるとは思えなかったんだ」
ゼルガンは唇を噛み、苦しげに目を閉じる。
「だから……センドリックとサンドラ――ケンとランに託した。真実を伝える、その日まで」
その言葉が告げられた瞬間、ソーマの心臓が大きく跳ねた。
視線をリンに向ける。
リンは震えるように目を見開き、呼吸が乱れている。
「……これが、ソーマ。俺が『まだ語っていない過去がある』と言った、その答えだ」
ゼルガンの言葉は重く、決定的だった。
ソーマは理解した。
――すべてが繋がる。
自分の姉だと思っていたリンが、本当は……
「……母さん」
絞り出すような声に、ランがゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、深い後悔と優しさが混ざっている。
「リン。あなたをこの村に連れてきたのは……王都の暮らしが辛い思い出で満ちていたからなの。リンはまだ幼かったから、はっきり覚えていないかもしれない。でも……孤児院で過ごした日々は、彼女にとって決して楽しい記憶ではなかったはず」
ランの声が震え、リンは唇を噛んだまま、俯いた。
「だから、この村で……新しい生活を与えようと思ったの。成人したら、いつか真実を話すつもりだった」
「……じゃあ、どうして今まで黙っていたの?」
ソーマの問いかけに、ランは苦しい表情を浮かべた。
しばらく言葉を探し、それから小さく吐息を漏らす。
「それは……リンが、ソーマを弟ではなく……男の子として意識し始めていたから」
「――っ!」
ソーマの顔が一気に赤くなる。
リンも耳まで真っ赤になり、慌てて視線を逸らした。
ケンは「ふむ……」と咳払いをして誤魔化し、ゼルガンは目を伏せて腕を組む。
居間の空気は再び凍りついた。
「……そのせいで、真実を告げるタイミングを失ってしまったのよ」
ランの言葉が静かに落ちる。
ソーマの心は乱れていた。
驚き、戸惑い、恥ずかしさ、そして……少しの安堵。
そのときまで黙っていたリンが、ようやく顔を上げた。
大きな瞳は揺れていたが、そこには覚悟の色もあった。
「……じゃあ……私は、お父さんとお母さんの子供じゃないのね」
その声には震えが混じっていたが、不思議と涙はなかった。
ケンとランは目を伏せ、しかし頷いた。
「そう……なの」
「……うん」
リンはしばし沈黙し、両手をぎゅっと握りしめた。
そして――
「じゃあ……ソーちゃんと結婚できるってことね!」
「――はあああああああああっ!?」
居間が一瞬で爆発したような騒然とした空気に包まれる。
ソーマは椅子から転げ落ちそうになり、真っ赤になって叫んだ。
「な、なに言ってんだよ姉さ――!」
「だって血がつながってないなら問題ないでしょ!? むしろ運命じゃない!」
リンの顔は真剣そのもの。
その姿にソーマの頭の中で、鮮烈な光景が走る。
――カチリ。
脳裏に浮かび上がった文字。
『リンとの恋愛フラグが発生しました』
「う、うそだろ……こんなところで!?」
頭を抱えるソーマをよそに、リンは頬を赤らめながらも満面の笑みを浮かべる。
ゼルガンは頭を押さえ、ケンは苦笑い、ランは困ったように微笑むしかなかった。
こうして――血脈にまつわる真実が明かされた夜は、衝撃と笑いと共に幕を閉じたのだった。
第6話のタイトルを見てください。
伏線は張っていました。
ちなみに最初の設定では実の姉弟でした。
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