126:帰郷に揺れるフラグ
ゼルガンの鍛冶場での会合から数日後。
リンは商業ギルドに一週間の有給を申請し、ようやく休みを得ることができた。
「……一週間。正直、魔族の影響で商業ギルドも忙しかったんだけどね。ギルド長に『こんな時だからこそ休める時に休め』って言われちゃったのよ」
出発の日の朝。
リンはそう言いながら大きな旅行鞄を肩に担ぎ、どこか晴れやかな笑顔を見せていた。
「姉さんが休みを取れるなんて、本当に珍しいな」
ソーマが感慨深げに言うと、リンは苦笑しつつ弟の頬を指で突いた。
「ふふ、そういうソーちゃんだって。子どもの頃は毎日『姉さん、遊ぼう!』って言ってたのに……もう立派に冒険者なのね」
茶化すような言葉に、ソーマは耳まで赤くなった。
そんな兄妹のやり取りを見て、エルーナが肩をすくめる。
「全く……和やかな出発だけど、ゼルガンさんが何を考えてるのか、やっぱり気になるわ」
「分からない。でも――きっと大事なことなんだと思う」
ソーマはそう答えながら、胸の奥にわずかな不安を抱えていた。
ソーマたち一行は飛竜便の待合室でゼルガンと合流する。
行き先はソーマの故郷、ヒュッケ村。
飛竜便で南の港町リーゼへ向かい、そこから馬車で北上する最短ルート。
旅費はすべてゼルガンが出すと言ってくれた。
「こういう時は素直に甘えておけ。どうせ俺の貯金なんて使い切る事なんてない」
「いや、でも……」
「いいんだ。俺の決心に必要な金だと思ってくれ」
ゼルガンの一言に押され、ソーマたちは頭を下げて受け入れた。
ゼルガンの瞳には、決して軽くない覚悟の色が宿っていたからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
飛竜便の待合室。
石造りの天井の下、数頭の飛竜が翼を畳んで繋がれている。
その巨体は圧倒的で、獣の生臭さと油の匂いが空気に充満していた。
「……本物の飛竜、見送りで遠目から見てたけど、近くで見るの初めて……」
リンは目を輝かせつつも、わずかに唇を震わせている。
彼女は高所が得意ではないのだ。
「怖くなったら……ソーちゃんに抱き着いちゃうかも」
「えぇっ!? ちょっ、姉さん! やめてくれよ!」
顔を真っ赤にするソーマ。
それを見た仲間たちは一斉に笑みを漏らした。
「ふふっ、いいじゃない。弟に甘える姉なんて微笑ましいわ」
エルーナが意地悪く囁き、ジョッシュが肩を揺らす。
「今までさんざん心配かけたんだ。たまにはリンさんのわがままは聞いてやれ」
そのやり取りの後、搭乗の時間が来た。
乗客が乗り込みしっかりと革のベルトで体を固定するとと飛竜が大きく翼を広げ―
――ごうっ!
轟音を残して飛竜は空へと舞い上がる。
唸る風は翼に絡み、遥か下の大地は一瞬で絵のように小さくなった。
心臓が弾む。
魂ごと空に解き放たれるような――幾度味わっても色あせぬ、圧倒的な爽快感だった。
だが感動も束の間。
隣から苦しげな声が漏れた。
「う……っ……」
「ね、姉さん!? 大丈夫か!?」
「だめ……思ってた以上に、揺れる……」
リンは顔面蒼白になり、口を押さえている。
さっきの冗談とは違い、完全に飛竜酔いだった。
さらに――
「……しゃべるな……余計に揺れる気がする……」
普段は落ち着いたゼルガンまでも、蒼白な顔でじっと座席にしがみついていた。
威厳ある鍛冶師の姿はそこになく、必死に耐える男の姿だけがあった。
「ゼ、ゼルガンさんまで……!? 以前アスガンドに行く時はなんともない様に見えたんですが……」
「……あの時も黙って座ってたさ……」
ソーマは冷や汗をかきながら二人を支える。
そんな光景を見て、クリスが小さく微笑んだ。
「……誰にでも不得意はあるんですね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数時間後。
飛竜は南の港町リーゼに到着した。
乗客が降りていく中、リンとゼルガンは同時に膝から崩れ落ちる。
「……も、もう……二度と乗らない……」
「……俺もだ……」
ぐったりとした二人に、ソーマたちは思わず苦笑するしかなかった。
結局その日は宿屋を取り、一行は休息を取ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
馬車に揺られながら、北へと進む。
港町を離れるにつれ、潮の香りは薄れ、草原と森が広がり始めた。
馬車の中は静かだった。
リンはまだ少し顔色が悪く、ソーマの肩に寄りかかって眠っている。
ゼルガンは窓の外を無言で見つめ、表情を崩さない。
(……やっぱり、何かを抱えているんだ)
ソーマは胸に緊張を抱きつつも、問いただすことはできなかった。
ゼルガンの沈黙は、簡単に破っていいものではないと直感していたからだ。
そんな中、ジョッシュがふと呟く。
「久々に静かな旅だな。最近色々ありすぎたから、こういうのも悪くない」
「うん……」
エルーナが微笑み、クリスは広げた地図を指でなぞっていた。
揺れる馬車の音が、穏やかな時間を刻む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕方。
馬車はついに、ソーマの故郷――ヒュッケ村の入り口に辿り着いた。
「ここが……ソーマの村なのね」
エルーナが目を細め、感慨深げに呟く。
「ああ……ここが、俺の故郷……」
ソーマの声はわずかに震えていた。
久方ぶりに帰る土地。
以前ここを訪れた時、ユーサーと共に互いの道を信じて別れた。
しかしその後、彼は帰らぬ人となった。
胸の奥に去来するのは、懐かしさと哀しさと――これから待ち受けるものへの緊張。
馬車の車輪が土の道を踏みしめ、ゆっくりと村の中へ進んでいく。
その足音は、隠された真実の幕開けを告げるもののように響いていた。
次回、ついに伏線を回収します。
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