124:受け継がれるフラグ
謁見の間に、静かな余韻が残っていた。
ソーマは深く頭を下げ、仲間たちと共にゆっくりと後ずさりしながら出口へと歩みを進める。
赤い絨毯を踏む足音が、やけに大きく耳に響いていた。
(……なんとか無事に終わった、のか……?)
玉座に座るアルヴェロ王の姿を背に、ソーマは胸の奥に残る緊張を押し殺す。
国王の前でのやり取りは無事に終わった――そう自分に言い聞かせながらも、心はまだ波立っていた。
だが、その背へとふいに声が掛かった。
「……ソーマと言ったな」
「っ……!」
名を呼ばれた瞬間、ソーマの足が止まる。
振り返れば、玉座に腰をかけたままのアルヴェロ王が、鋭い視線をこちらへと向けていた。
その眼差しは、ほんの一瞬だが鋭さを帯び、ソーマを値踏みするように揺れる。
喉がひりつき、全身が見透かされるような錯覚に囚われた。
「……」
次の瞬間、アルヴェロは小さく首を傾げ、まるで勘違いでもしたかのように目を細めた。
そして、柔らかな微笑を浮かべる。
「いや……何でもない。下がってよい」
まるで独り言のように呟き、手を軽く振って退出を促した。
(今のは……?)
ソーマの胸に、奇妙な違和感が残る。
けれど確かめる術はなく、扉は重く閉ざされ、謁見の間の冷たい空気は背後に遠ざかっていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王城を後にしたソーマたちは、送ってもらった馬車を断り、そのまま歩みを進めていた。
向かう先は決まっている。
――鍛冶師ゼルガンの工房だ。
「ねぇ、さっきの王様の態度……」
エルーナが歩きながら振り返る。
青い瞳には困惑が浮かんでいた。
「なんだったのかしら。ソーマの顔を見て、何か思い出したみたいな……」
「……俺にも分からん」
ソーマは小さく首を振った。
心当たりなどあるはずもない。
だが、あの一瞬の視線の鋭さだけが、どうしても頭から離れなかった。
「勘違い……ってだけには見えなかったですね」
クリスがぽつりと漏らす。
その声音には不安と苛立ちが入り混じっている。
「まぁ……下手に勘ぐっても仕方ないさ」
ジョッシュがぼそりと呟き、手を頭の後ろに組んだ。
その口調は軽いが、声色には緊張が滲んでいた。
ソーマは答えず、ただ無言で前を向く。
背筋に残る違和感が、冷たい風のようにまとわりついていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やがて、王都の外れに佇む鍛冶工房へと辿り着く。
重厚な鉄の扉を押し開けると、金属を叩く甲高い音と、熱気に満ちた空気が彼らを迎えた。
「おう……来たか」
ハンマーを置き、額の汗をぬぐいながら顔を上げたのは、無骨な鍛冶師ゼルガンだった。
逞しい腕に刻まれた無数の傷跡が、彼の職人としての年月を物語っている。
ゼルガンの目がソーマを捉え、わずかに笑みを浮かべる。
それは弟子を見守る師のような、どこか温かい視線だった。
「聖女会議でのこと……噂は届いてる。随分と厄介な場に居合わせたらしいな」
「……まぁ、色々ありました」
曖昧に答えるソーマに、ゼルガンはふっと吐息をもらし、わずかに目を細める。
「そうか……。実はな、しばらく前にここを訪ねてきた奴がいた」
「え?」
ソーマが首を傾げると、ゼルガンの口から出た名に息を呑んだ。
「……ユーサーだ」
「……!」
その名に、空気が一気に張り詰める。
ソーマたちの脳裏に、かつての仲間の姿が鮮烈によみがえった。
「アイツはな、ある依頼を持ち込んできた。――旗を、マントに加工してほしいってな」
「旗を……マントに?」
エルーナが目を見開く。
ゼルガンはゆっくりと頷いた。
「最初に出会った時のユーサーは……本性を隠し、傲慢で、俺も鼻持ちならんと思っていた。だが、その時のアイツは違った」
ゼルガンの口元に、わずかな驚きと懐かしさが混じる。
「『以前来た時はすみませんでした』って、素直に頭を下げたんだ」
「ユーサーが……謝った……?」
ジョッシュが信じられないといった表情で呟く。
クリスは目を伏せ、唇を強く噛みしめている。
ソーマの胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
(あいつ……変わってたんだな……)
「だから俺も依頼を引き受けた。しっかり仕上げて、完成したマントを渡したよ」
ゼルガンの言葉に、ソーマは黙り込む。
思い浮かべる。
――不器用に笑みを浮かべ、真新しいマントを大切そうに受け取るユーサーの姿を。
(……なのに、あいつはもう……)
悔しさと、言いようのない喪失感が胸を締めつける。
拳を強く握りしめ、ソーマは心の中で誓った。
(必ず……ユーサーの意思を受け継ぐ。俺たちが……)
沈黙を破ったのは、ソーマ自身だった。
「ゼルガンさん……実は国から依頼を受けました。――先代勇者センドリックを探してほしいと」
ゼルガンの目が細められる。
その視線には、言葉にできない重さが宿っていた。
「センドリック……か」
その名を口にしたきり、ゼルガンは黙り込む。
鍛冶場の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが、時間を刻んでいた。
ソーマは待つ。
何かを言おうとしているのか、それとも言うべきか迷っているのか――。
やがて、ゼルガンはゆっくりと腰を下ろし、顎に手を当てた。
「……少し、考えさせてくれ」
低い声が工房に響く。
ソーマたちは顔を見合わせた。
これ以上追及することはできなかった。
ただ、ゼルガンの沈黙の裏に、大きな意味が隠されているのを誰もが感じ取っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時は過ぎ、工房の外には夕暮れの光が差し込んでいた。
ソーマたちはゼルガンに深く頭を下げ、その場を後にする。
心に残ったのは、ユーサーが旗に込めた想いと、ゼルガンの沈黙。
それはきっと、次へ繋がる何かの兆しだった。
(……必ず、受け継ぐ。俺たちが――)
ソーマは夕焼け空を仰ぎ、静かに心に誓った。
王様の名前に『ヴェ』って入ってますがあの3人に関係ない事は伝えておきますので変な考察しなくても大丈夫です。
実際に実は王様がって事にしてもいいですが話の本筋をややこしくするだけなのでやりません。
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