123:王城での招集フラグ
黒塗りの馬車が、石畳の大通りを静かに進んでいく。
窓越しに見える王都の街並みは、ソーマたちにとって見慣れたはずの景色だった。
活気ある市場、行き交う人々、衛兵の姿――
だが今日だけは、その光景がどこか遠く、隔てられた世界のように感じられた。
ソーマは座席に深く腰を下ろし、落ち着かない心を隠すように拳を握る。
(……王様か。俺たちが会ってきた王って、正直、第一印象が最悪ばっかりだったんだよな)
脳裏をよぎるのは、旅の中で出会った王たちの姿。
アスエリスのエーメル女王のときは、女王本人よりも周囲のエルフたちがこちらを疑い続け、息苦しかった。
アスガンドのウォーガン王は、こちらを見定めるような眼差しで、わざと試すような態度をとった。
王という存在は、ソーマたちにとって常に気を抜けず、決して油断できない相手だった。
「ねぇ……ソーマさん」
不意に、隣に座るクリスが不安げな声を上げた。
彼女の細い指は、無意識にローブの端をぎゅっと握っている。
「もし……アスヴァルの王様も……その、あまり良くない人だったら……どうします?」
ソーマはわずかに息を吐き、肩をすくめた。
「どうするって……そりゃ、なんとかするしかないだろ」
強がりのように言いながらも、胸の奥には同じ不安が巣食っていた。
「ふふっ」
対面の座席から、エルーナが口元に笑みを浮かべる。
「ソーマが王に怯えてる姿なんて、ちょっと珍しいわね。大丈夫よ、ソーマならどんな相手でも、言うべきことは言えるんだから」
励ますつもりの言葉なのだろう。
だがエルーナの指先も膝の上で小刻みに揺れていて、彼女自身も緊張しているのが分かる。
(……お前だって落ち着いてねぇだろ)
心の中で小さく突っ込みつつ、ソーマはわずかに笑った。
ずっと黙っていたジョッシュが、組んだ腕をほどかぬまま低く呟いた。
「……最初から好印象な王ってのは、逆に警戒すべきかもな」
「ちょっ……やめてよ、兄さん!」
クリスが肩を震わせる。
馬車の中の空気はさらに張り詰め、期待と不安が渦巻いたまま沈黙が落ちた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やがて、馬車は王城の前で止まった。
高くそびえる城壁、威厳ある門。
白い石造りの城は朝の光を反射し、まるで巨大な聖域のように輝いている。
御者台から降りた兵士が恭しく頭を下げ、馬車の扉を開いた。
「Aランクパーティー【アストレイ】の皆様、国王陛下がお待ちです」
石畳を踏みしめて進む一歩ごとに、ソーマの鼓動は早くなっていく。
豪奢な廊下を抜け、やがて重厚な扉の前へ。
扉がきしむ音を立てて開かれた。
差し込む陽光に照らされる広大な謁見の間。
真紅の絨毯がまっすぐ玉座へと続き、そこに現れたのは――
「よく来てくれたな、勇敢なる者たちよ」
アスヴァル国王、アルヴェロ。
声は威厳に満ちつつも、どこか親しみを帯びている。
背筋の伸びた姿勢、堂々とした歩み。
だが眼差しには温かさがあり、圧迫感よりも安心感を与えた。
ソーマは思わず眉を上げる。
(……え、意外と、普通にいい人そう……?)
玉座に腰を下ろしたアルヴェロは軽く手を上げた。
「そんなに肩肘張らずともよい。私は民と共にある王だ。お前たちは立派に国に尽くしてきた。だから今日は、遠慮はいらん」
その言葉に、クリスが小さく安堵の息を漏らす。
エルーナもふっと肩の力を抜き、ジョッシュでさえ目を細めた。
(……良かった。今までの王様とは違う)
ソーマの胸の緊張も少し和らいだ。
だが、続いた言葉は重く空気を引き締めた。
「さて……本題に入ろう。君たちから託された聖女からの手紙についてだ」
アルヴェロの表情は一転し、真剣な色を帯びる。
「その手紙には、勇者候補――すなわち勇者の卵の中で選ばれる可能性がある者たちを集めよとの依頼があった」
「勇者候補を……?」
クリスが息を呑む。
アルヴェロは深く頷き、低く重い声で続けた。
「だが近年、勇者候補や聖女候補が何者かに狙われ、暗殺や失踪が相次いでいる」
「っ……!」
衝撃の言葉に、ソーマたちは言葉を失う。
ソーマの脳裏には、ユーサーやシオニーの姿が浮かび、胸の奥に冷たいものが広がった。
「真相はいまだ闇の中。候補者の数も減り、残った者たちも実力不足だ。このままでは、世界会議に大きな影を落とす」
玉座に座るアルヴェロの眼差しは鋭く、しかしその奥には悲しみが宿っていた。
「だからこそ……王国として君たちに依頼したい。――先代勇者センドリックを探してほしい」
場の空気が凍りついた。
「センドリック……!」
ソーマは思わず名を繰り返す。
伝説のように語られる前勇者。
その存在は遠い雲の上の存在で、現実に追うべき対象になるとは思ってもいなかった。
「心当たりはないだろう。だが君たちはゼルガンと懇意にしていると聞く。国の問いには答えぬ頑固な鍛冶師だが……君たちなら、何かを語るかもしれん」
アルヴェロの言葉は理にかなっていた。
確かにゼルガンはソーマたちには信頼を寄せている。
ソーマは仲間を見やる。
クリスは不安を抱えながらも、視線を逸らさずに立っていた。
エルーナは挑戦を楽しむかのような瞳を向けている。
ジョッシュはただ一言、静かに頷いた。
(……そうか。俺たちだからできることがある。なら――やるしかない)
ソーマは深く息を吸い、まっすぐ王を見据えて答えた。
「分かりました。俺たち【アストレイ】が、前勇者センドリックの行方を追います」
その瞬間、アルヴェロの口元に安堵の笑みが浮かんだ。
「ありがとう。君たちならば託せると思っていた。世界は今、大きな岐路にある。どうか、その力で未来を切り拓いてほしい」
その声は、命令ではなく、一人の人間としての願いに聞こえた。
だからこそ、ソーマは強く頷けたのだ。
(……世界会議、前勇者の行方。俺たちはまた新しい戦いに巻き込まれる。でも……逃げる気はない。仲間と一緒に、この道を進む)
固く拳を握りしめ、ソーマは心に誓った。
長年行方知らずの前勇者なんて簡単に見つかるんですかね?
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