119:架け橋を繋ぐ最後のフラグ
【栄光への架け橋:ユーサー・インサラム視点】
翠大陸アスエリス。
広大な森が波打つように広がるこの地に、僕たち【栄光の架け橋】は足を踏み入れた。
大陸全土を覆う緑は、どこまでも濃く深い。
森の吐き出す湿った空気が肺を満たし、鼓動を重くする。
依頼は一見、単純なものだった。
――この大陸に存在するという聖女の卵を説得し、聖女会議に連れて行くこと。
勇者候補である僕、聖女候補のシオニー。
仲間であるジェラウド、エーデル、アイムに課された使命は、それだけのはずだった。
だが、森は僕たちを拒むかのように、ひたすらに冷たく暗かった。
「……フォレストエルクに乗れていればなぁ」
斥候のアイムが低く呟き、鬱蒼とした枝葉を払いながら先を進む。
翠大陸の誇る聖獣フォレストエルク。
この地を旅する者にとって欠かせぬ足であるはずの彼らは――僕たちを拒絶した。
「私のせいで徒歩になってしまって、ごめんなさいね」
そう言ったのは、今回の依頼の案内役を務める僕たちの担当受付嬢――ツィーナだった。
彼女の微笑みは穏やかに見えたが、どこか張り付いた仮面のように思えた。
「……あんたが腹黒いからじゃないの? フォレストエルクも本能で察したのよ」
すかさずシオニーが刺のある言葉を投げる。
僕の隣で険しい表情を見せる彼女の声には、敵意すら混じっていた。
「ふふ……あなたほどじゃないと思うけど?」
ツィーナの挑発的な笑み。
空気がぴりぴりと張り詰める。
「やめろ、二人とも」
僕は慌てて声を上げ、二人の間に割って入る。
「今は喧嘩している場合じゃないだろ」
言葉で押さえ込んだものの、心の奥に嫌な予感が巣くった。
その時、背後から声が飛ぶ。
「リーダー、そのマント……」
魔法使いのエーデルが顎をしゃくった。
振り返ると、僕のマントが風にはためいている。
裏地に縫い付けられた布――それは、ソーマが作ってくれた団旗だった。
「それって……ソーマが作った旗だろう? いつの間に……」
ジェラウドも目を丸くする。
僕は思わず顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ああ……ただ、持っていたくてな」
ごまかすように言う僕に、アイムがにやりと笑いかける。
「へぇ、勇者様がそんなにソーマにご執心とはな」
「う、うるさいっ!」
思わず声を荒げる。
だが、胸の奥に誇らしさが湧き上がっていた。
ソーマが作ってくれた旗を纏うことで――どんな困難にも立ち向かえる気がしたのだ。
しかし、その矢先。
「……止まれ」
ジェラウドが低く唸り、盾を構える。
アイムの耳が僅かに動く。
「……何か来る」
森の空気が変わった。
生暖かい粘りつくような瘴気が、足首に絡みつく。
ざわり、と木々が揺れた瞬間――
「ここでいいかしら」
ツィーナの声が背後から響いた。
僕たちの列から一歩下がり、妖艶な笑みを浮かべる。
両手を広げ――
「来なさい、私の愛しい子たち」
地面が蠢き、森が呻く。
無数の蛇が土から這い出し、木々から落ち、地面を埋め尽くすように現れた。
「っ……!」
黒、緑、赤――色とりどりの鱗。
視界いっぱいにうねる蛇の波に、全身の毛が逆立つ。
「構えろ!」
僕の声で仲間たちが一斉に武器を抜いた。
ジェラウドが盾で蛇を弾き、エーデルの氷で凍てつかせる。
アイムの短剣が閃き、数匹の蛇を斬り伏せる。
だが――
「数が……多すぎる!」
「きりがない……っ!」
蛇は倒しても倒しても尽きることなく湧き出し、やがてジェラウドが膝をつき、エーデルが杖を落とし、アイムが地に崩れ落ちた。
「こんな……ところで……」
「まだ……死にたく……」
「たす……け……」
仲間たちの声が掠れていく。
残ったのは、僕とシオニーだけ。
「な、何が目的だ!」
僕の叫びに、ツィーナは唇を歪めた。
「決まってるじゃない。勇者と聖女候補を殺すことよ。そのために……一年以上もあなたたちに付き合ってあげたんだから」
「っ……!」
裏切り。
その事実に血の気が引く。
だが剣を握る手は、震えながらも離さなかった。
「……ここで僕たちが倒れても、意思は繋がれる。僕たちの絆は消えない!」
マントを握りしめ、旗を胸に押し当てる。
「これを作ったソーマに……必ず託される!」
その名を口にした瞬間、ツィーナの表情が変わった。
にやりと笑みを浮かべ――その姿が、溶けるように変化する。
蛇を模した艶めかしい衣装、紅の瞳。
「……ソーマ、ね」
艶やかに囁く声。
僕の背筋に戦慄が走る。
「殺すつもりだったけれど……気が変わったわ」
視線は、震えるシオニーへと注がれる。
「シオニーを助けたいでしょう?」
彼女は黒い蛇を掴み、僕の前に差し出した。
「助けたければ――この子を飲みなさい」
「……っ!」
胸がざわめき、胃が捻れる。
黒蛇の瞳は、深淵の闇を映していた。
「やめて、ユーサー! そんなの……!」
シオニーの声が必死に響く。
だが僕の足は、勝手に前へと進んでいた。
「……僕は……仲間を……愛する人を、見捨てられない!」
蛇を掴み、喉へ押し込む。
「ぐああああああっ!」
体が灼ける。
血が逆流し、内臓が焼かれる。
吐き気と共に血を吐き、膝をつく僕に、シオニーが駆け寄る。
「ユーサーっ!」
その腕に支えられながら、霞む視界で彼女を見た。
「ユーサーを助けたければ……聖女会議で――聖女を殺しなさい」
ツィーナの声が冷たく響く。
シオニーの顔が絶望に歪み、震える声で答えた。
「……わかった……! わかったから、ユーサーを……!」
僕はその手を掴もうとした。
だが力は、もう残っていなかった。
(……すまない、シオニー……)
口の中に血の味が広がる。
意識が遠のく。
最後に思い浮かんだのは――ソーマの顔。
(……魔王が復活して、勇者に選ばれたら……もう一度、一緒に……)
共に笑い、未来を語った日々。
背中を預け合った戦い。
あの旗の輝き。
(……僕がいなくても……ソーマなら……きっと……)
胸の奥で、最後の祈りが灯る。
団旗に描かれた夜空の星々と、架け橋の先に広がる光を胸に抱き――僕の意識は、闇へと呑まれていった。
これにて第6章完結です。
第6章も無事に毎日投稿する事が出来ました。
いやぁ自分で決めたストーリーですが後半書くペースが明らかに落ちました。
まぁその辺の感想も含めて近況報告で書かせて頂きます。
物語はこのまま第7章へと移ります。
第7章も毎日更新目指して書き続けます。
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