113:抗う刃と揺れる心のフラグ
大聖堂を包んでいた祈りの静寂は、もはや跡形もなかった。
割れた窓から吹き込む夜風が燭台を揺らし、砕けたステンドグラスの破片が冷たい月光を反射する。
壁や床を這うように巨大な蛇の魔物が鎌首をもたげ、赤い眼で獲物を狙っている。
そしてその前に立つ二人の影――ユーサーとシオニー。
ツィーナが消えた後も彼らは取り残され、しかし確かにこちらへ殺意を向けていた。
悲鳴をあげる市民、逃げ惑う聖女候補たち。
聖なる祈りの場は、たちまち修羅場へと変わり果てていく。
「皆さん、こちらへ! 私の元に集まりなさい!」
毅然とした声が響く。
聖女アルマだ。
彼女は両手を広げ、光の粒子を溢れさせながら、聖女候補と逃げ遅れた市民たちを一か所に集めた。
白き輝きが瞬き、純白の結界が展開する。
聖なる障壁は、恐怖に震える人々を包み込み、暴風の中の静かな港のように守り抜いた。
「聖女様……!」
「ありがとうございます……!」
涙混じりの声に、アルマは小さく首を振る。
「感謝はいりません。……戦う人々の背を、信じて待ちましょう」
その言葉に、隅で震えていた卵たちが勇気を取り戻したように立ち上がり、互いに寄り添った。
「この人たちは、私が必ず守ります。だから……どうか、心配せずに戦いなさい!」
その一言が、ソーマたちに決意を与えた。
「……分かりました。必ず、この場を切り抜けます!」
ソーマは剣を構え、虚ろな瞳のユーサーを見据える。
長身の体に纏う青いマントが風を切り、その手に握られた剣には稲光が纏わりついていた。
「ユーサー……本当に、俺と戦うつもりか……」
返答はない。
ユーサーは無言のまま、一歩、また一歩と踏み込む。
足取りは迷いなく、まるで糸で操られる人形のように整然としていた。
「っ!」
鋭い斬撃が横薙ぎに迫る。
ソーマは咄嗟に剣を立てて受け止めるが、雷の衝撃は腕を痺れさせた。
(重い……! 前よりも力が増してる……!)
「ソーマ! 危ないっ!」
背後からエルーナの叫びが飛ぶ。
しかしソーマは視線を逸らさず、歯を食いしばった。
「……大丈夫だ。ユーサーの相手は俺がする!」
一歩踏み込み、仲間に背を向けて声を張る。
「ジョッシュ、クリス、エルーナ! シオニーと蛇の魔物は任せた! こっちは……俺が引き受ける!」
「……わかった! 絶対に死ぬなよ!」
「おう!」
仲間の返答を背で受け止め、ソーマは必死にユーサーを引きつけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
仲間たちが武器を構えた瞬間、床を突き破って現れる巨大な蛇の魔物。
鱗が擦れ合い、耳障りな軋みを響かせる。
鋭い牙からは毒液が滴り、空気すら腐らせるようだった。
「くっ……来たわよ!」
エルーナが銃を構え、雷弾を放つ。
しかし蛇は異様な跳躍でかわし、天井近くの柱へ絡みついた。
「……光よ、穿て!」
その合間に、白衣を揺らしたシオニーが魔法を放つ。
蛇の動きと連携するように光弾が飛び、挟み撃ちの形になる。
「ちっ……厄介な!」
ジョッシュがグラブを構え、光弾を受け止める。
爆ぜる閃光で床石が砕け、火花が飛び散った。
「シオニー! 目を覚ましてください!」
クリスが声を張る。
「……目を覚ませだなんて……簡単に言わないで!」
一瞬、シオニーの瞳が潤んだ。
だが光を放つ手は止まらない。
「わたしは……! 命じられているの……! 従わなければ……ユーサーを助けられない!」
「ユーサーを……助ける?」
クリスの表情が揺れる。
シオニーは唇を震わせ、吐き出すように叫んだ。
「他のみんなは……もういない! エーデルも、ジェラウドも、アイムも……あの女の魔物に殺された! ユーサーも……殺されかけて……今は操られてる……!」
その声は絶望と罪悪感に濡れていた。
「だから……助けてほしければ……聖女を殺せって……!」
光が揺れ、シオニーの頬を涙が伝う。
仲間を攻撃するその姿は、苦悩に引き裂かれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソーマはユーサーの斬撃を受け止めていた。
剣と剣がぶつかる度に火花が散り、雷光が視界を焼く。
「ユーサー! 俺だ、ソーマだ! 目を覚ませ!」
叫びは届かず、ユーサーの瞳は虚ろなまま。
冷たい雷の刃が容赦なく振り下ろされる。
「くっ……! これが……本気のユーサーの力か……!」
押し返されそうになりながらも、ソーマは声を張り上げた。
「お前は人形じゃない! 仲間を守るために剣を振るってきた男だろ! こんな姿で終わっていいはずがない!」
一瞬、ユーサーの剣先がわずかに鈍る。
だがすぐに再び冷たい殺意が襲いかかる。
(……届かないのか!? だが、諦めるわけにはいかない!)
「必ず取り戻す……! だから、俺を信じろ!」
声は虚空に消え、返事はない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シオニーの光弾が炸裂し、蛇の魔物が咆哮を上げる。
その戦場の中で、彼女のかすれた声が漏れた。
「……お願い……! 誰か……私を……止めて……! 誰か……ユーサーを……助けて……!」
涙に濡れたその声は、戦いの喧騒に呑まれそうになりながらも、確かに仲間たちの胸に届いた。
(そうだ……シオニーは本気でユーサーを助けたいんだ……!)
ソーマは剣を握り直し、強く叫ぶ。
「だったら、俺たちが絶対に止める! そして救い出す!」
その叫びは大聖堂全体を震わせるように響いた。
剣と剣が火花を散らし、蛇の魔物の咆哮と光魔法が交錯する。
戦場は混沌の渦中にありながらも、一筋の希望の炎が確かに燃え上がっていた。
祈りの夜は、いつしか仲間を取り戻すための戦いへと姿を変えていた。
自分で書いてて何言ってんだと思うでしょうが【栄光の架け橋】好きでした。
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