112:崩壊のフラグが鳴る時
聖女会議の最中に現れた影――ツィーナと虚ろな瞳のユーサー、そして苦悩に揺れるシオニー。
荘厳な祈りの場である大聖堂は、一瞬にして悲鳴と怒号に塗りつぶされた。
人々の視線は祭壇の前へと釘づけになり、誰もが何が起きているのか理解できずに立ち尽くす。
「シオニー! やめろ!」
ソーマの声が響いた。
その叫びは必死で、喉が裂けるほどの力を込めていたが、届いたはずの少女の瞳はなお揺れていた。
助けを求めるような光が一瞬だけ差したのに、すぐに冷たい影が覆い隠す。
まるで抗いがたい命令に心を縛られているように。
「……なんで、こんな……」
ソーマは拳を強く握りしめた。
その時――大聖堂の大扉が重々しい音を立てて開かれ、金属の軋む音と共に重装備の騎士たちが駆け込んでくる。
「報告! 聖都の各所にて魔物の群れが出現!」
騎士の一人が叫ぶ声は、場の空気をさらにかき乱した。
「巨大な虫、蛇、さらには動く石像の魔物まで……市民が襲われています!」
「な……!」
ざわめきが波紋のように広がり、恐怖が人々の顔を染めていく。
聖なる儀式の場が脅かされるだけでなく、街までもが危機にさらされている――その事実に、祈りを捧げていた群衆の心は一瞬で絶望に染まった。
「くっ……!」
騎士団長バランは歯を噛みしめた。
視線は祭壇の聖女と聖女の卵たち、その前に立つソーマたち、そして混乱をもたらした元凶へと揺れ動く。
「この場を……聖女様を死守すべきか、それとも……」
その逡巡は重く、責任の重さに押し潰されそうな声音だった。
「……俺に任せろ!」
ソーマが一歩踏み出し、力強く言い切る。
「この場は俺たちが食い止める! 騎士団の皆さんは聖都の防衛を優先してくれ!」
「なに……!?」
バランの顔が引きつり、騎士たちの間に動揺が走る。
「だが、聖女様をこのまま危険に晒すなど……!」
その声を遮ったのは、聖女アルマの凛とした声だった。
「……行きなさい、バラン」
静かに、しかし揺るぎない響きが大聖堂を満たす。
「聖都は今、人々の悲鳴で満ちています。彼らを救えるのは、あなた方しかいないのです。私は大丈夫です。聖女の卵たちと自分の身は私が守ります」
その眼差しは迷いなく、まるで全てを見通しているかのような神々しさを宿していた。
「……っ」
バランは一瞬だけ唇を噛んだが、すぐに深く頭を垂れる。
「……御意。必ずや聖都を守って参ります!」
号令一下、騎士たちは踵を返し、重い足音を響かせながら走り去った。
残されたのは、聖女アルマと聖女の卵たちにソーマたち、そしてツィーナとその傍らの二人だけ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ユーサー! 聞こえるだろ! 俺だ、ソーマだ!」
ソーマは必死に呼びかける。
だがユーサーの瞳は深い霧に覆われたように虚ろで、そこにはかつての鋭さも、仲間への信頼も宿っていなかった。
「頼む……目を覚ましてくれ……!」
声は震え、胸の奥を掻きむしられるような痛みに滲む。
「邪魔をしないで!」
シオニーが鋭く叫ぶ。
その声は剣よりも鋭く響いたが、震えを帯びているのをソーマは聞き逃さなかった。
「シオニー……お前、本当にそれを望んでるのか?」
ソーマは必死に訴える。
「その顔……どう見ても助けを求めてるようにしか見えない!」
「ちが……ちがう……! わたしは……!」
必死に否定するシオニーの声は途中で詰まり、唇は震え、瞳には涙がにじんでいた。
ソーマは一歩前へ踏み出し、ツィーナを睨みつけた。
「ツィーナ……お前は一体何者だ! どうしてこんな真似をする! まさか……魔族なのか!?」
ツィーナは静かに口元を歪めた。
そしてひらりと手を振ると、その姿がゆらりと揺らぎ、受付嬢としての美しい面影が完全に剥がれ落ちていく。
現れたのは、冷たい微笑をたたえた謎の女。
黒曜石のような漆黒の髪が闇に溶け、深紅の瞳が異様な輝きを放ち、血のように赤い衣をまとった美女。
その存在だけで空気は凍りつき、聖堂の灯火がかすかに揺れた。
「魔族? ふふ……やめてちょうだい」
女の声は甘美でありながら、刃のような冷たさを孕んでいた。
「そんな下等な存在と一緒にしないで」
「……じゃあお前は、一体……」
ソーマの問いに、女は愉快そうに首を振るだけ。
そして視線をシオニーへと向ける。
「わかってるわよね、シオニー?」
「うっ……」
その一言で、シオニーの顔が苦痛に歪む。
喉を押さえ、必死に何かを言おうとするが、声は出ない。
「やめろ……! シオニーをこれ以上……!」
ソーマが叫ぶが、女はただにやりと笑い、渦から蛇の魔物を呼び寄せた後、その姿を闇の中へと溶かすように消えていった。
残されたのは、虚ろなユーサーと、涙に濡れた瞳で震えるシオニーだけ。
「……ソーマ……」
シオニーの声はかすれていた。
「邪魔をするなら……倒すしかない」
「くそっ……!」
ソーマは奥歯を噛み、二人を見据える。
「ユーサー……! 頼む、戻ってきてくれ!」
その叫びもむなしく、ユーサーは剣を抜き、無言のまま構えた。
次の瞬間――シオニーもまた短剣を握り、涙を零しながらソーマたちへと飛びかかる。
聖女会議の祈りの場は完全に崩れ去り、戦いの舞台へと変貌していった。
いやぁ……筆がのらない……
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