111:祈りの夜にさすフラグ
十二月三十日の夜――聖女会議がついに幕を開けた。
聖都の大聖堂は、外の凍てつく冷気を忘れさせるほどに光に満ちていた。
高い天井に吊るされた無数の燭台は、まるで夜空の星座を閉じ込めたかのように輝き、祭壇を覆う金銀の装飾は、その光を反射してさらに眩く瞬いている。
聖女と聖女候補たちの純白の衣は、神々しい輝きを帯び、清廉なる祈りの場をさらに際立たせていた。
参列する市民や巡礼者たちは息を呑み、わずかな物音さえ許されぬかのように背筋を伸ばす。
子供でさえ、母に抱かれながらも目を見開き、静かに見守っていた。
「……すごい」
エルーナが小さく呟いた声は、祈りの空気にすぐさま吸い込まれ、消えていった。
ソーマも無意識に喉を鳴らし、拳を握りしめる。
その時――正面の階段に一人の女性が姿を現した。
白銀の光をまとう存在。
聖女アルマ。
彼女が一歩、階段を降りるごとに、群衆の胸に衝撃が走った。
ある者は感極まって涙を流し、ある者は自然と頭を垂れ、嗚咽を堪える。
その歩みは静かでありながら、まるで大地そのものが彼女を支え、導いているかのような威厳に満ちていた。
「皆さま……よくぞ、この日を迎えられました」
澄み渡る声が大聖堂全体を包み込む。
柔らかなはずの声が、なぜか胸の奥底まで届き、魂を震わせる。
至る所から膝をつく音が重なり、敬虔なる沈黙が場を満たした。
ソーマも息を呑む。
(……これが、聖女……。ただ立っているだけで人を圧倒する存在感……)
だが、不思議なことに、アルマの瞳の奥には柔らかな温もりが宿っていた。
その優しさは、クリスが弱き者に寄り添う時に見せる笑みに似ていた。
「今年もまた、この祈りにより、大陸を守り、世界に平穏をもたらしましょう」
アルマの微笑みとともに、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
人々の吐息が揃ってもれると、まるで冷たい空気に温もりが灯ったかのようだった。
ソーマは胸の奥から熱が込み上げるのを感じた。
(……この人こそ、世界の希望……守らなきゃ……!)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アルマの挨拶が終わると、聖女候補たちは彼女の後に続き、祭壇の中央へ進む。
そこには、ソーマたちが納品した巨大な魔石が鎮座していた。
聖都を囲う結界を維持するためのそれは、神々しい光を放ちながら静かに脈動している。
聖女と候補以外の者は下がり、ただ見守るのみ。
大聖堂はさらに張り詰め、息をするのもためらうほどの緊張感に支配されていった。
ソーマは目を凝らし、白衣の列に探す。
――いた。
シオニー。
しかし、安堵と同時に違和感が胸をかすめた。
普段の勝ち気で自信に満ちた姿はなく、彼女の肩は小刻みに震え、まるで何かを恐れているように見えた。
(……どうしたんだ、シオニー……?)
祈りが始まると、群衆は唱和を繰り返し、時間の感覚が遠のいていった。
街の鐘が重々しく鳴り、聖堂の石床さえ震える。
やがて年明けが近づくにつれ、会場の熱は高まっていった。
「あと少しだ!」
「千年目を迎えるぞ!」
ざわめきは熱狂へと変わり、祭壇の魔石は鼓動のように光を強めていく。
ソーマも両手を組み、祈りに集中しようとした。
だが――その瞬間、背筋を冷気が走った。
(……今のは……何だ……?)
視線を上げる。
シオニーが、静かに立ち上がっていた。
(な……? どうして……? 儀式の最中だぞ……!)
不穏な気配を感じた直後、脳裏に突き刺さる警告。
《聖女アルマの死亡フラグが発生しました――破壊しますか?》
「ッ……!」
心臓が大きく跳ねた。
幾度も見てきたフラグの警告――だが今回は、聖女の死。
世界を揺るがす危機だった。
「クリスッ! 聖女様を守れ!」
ソーマは咄嗟に叫んだ。
「えっ……!? わ、わかりました!」
祈りに集中していたクリスが驚きつつも必死に両手を突き出す。
瞬間、聖女アルマの前に光の盾が展開された。
直後――シオニーの手に握られた黒いナイフが閃き、振り下ろされた。
甲高い音を立てて、刃は光壁に弾かれる。
「なっ……!?」
シオニーの顔が苦悶に歪む。
その表情は狂気ではなく、必死に抗っているようにも見えた。
「シオニー!? どういうつもりだ!」
ソーマの声は怒りと困惑で震えた。
だが彼女の瞳には――助けを求めるような切実さが揺らいでいた。
(……違う……これは、シオニー自身の意志じゃない!)
その時、大聖堂の空間がぐにゃりと歪んだ。
冷たい風が吹き込み、祈りの光を蝕むように闇の渦が広がる。
そこから姿を現したのは――ツィーナ。
「ふふ……やっぱり邪魔をするのね、ソーマ」
かつて冒険者ギルドの受付で見せていた笑顔は、もはや微塵もなかった。
冷ややかな瞳が、氷の刃のように鋭くソーマを射抜く。
その隣に――青いマントを纏う男が立っていた。
「……ユーサー……」
ソーマの声はかすれて震える。
ずっと探し求めた仲間。
だが彼はツィーナの隣で、虚ろな瞳を向けるだけだった。
「ユーサー!? お前……どうして……!」
怒号と悲鳴が渦巻く大聖堂。
騎士たちが剣を抜き、民衆は逃げ惑う。
鐘の音が鳴り響き、新しい年を告げるはずのその響きは、今や絶望の合図に変わっていた。
祈りの夜に差し込んだ影は、光を蝕もうとしていた。
ソーマは奥歯を噛み締め、仲間の背中を振り返る。
神聖な儀式は破られ、聖女会議は――戦いの幕開けとなった。
ユーサーとシオニー久々の登場です……
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