110:祈りの夜に潜むフラグ
聖都に到着してから、あっという間に一週間が過ぎた。
十二月三十日――ついに聖女会議の日がやってきた。
朝の聖都は、前日までとは明らかに違っていた。
空気は冷たく澄み渡り、街中に祈りと祝祭の香りが満ちている。
人々は白衣を纏い、道には花びらが散り、鐘楼の鐘は朝から幾度も鳴り響いた。
街の全てが、まるで創造神への祝福のために整えられたかのようだった。
クリスが静かに告げる。
「聖女会議は、毎年十二月三十日から年明け一月一日にかけて行われます。聖女様と、聖女候補である卵たちが、夜を徹して祈りを捧げるのです」
「……夜通し祈るってことか?」
ソーマは目を丸くした。
「はい。それが、この大陸を覆う結界を強め、新しい一年を迎えるための儀式です。今年は特に重要です」
エルーナが小さく問い返す。
「千年目……だから?」
クリスは穏やかに頷く。
「アストリア歴は来年、千年を迎えます。創造神の導きが千年続いた証です。だからこそ、今年の聖女会議は特別な意味を持つのです」
街全体が張りつめた空気に包まれている理由が、少しずつ理解できた。
人々は千年の節目を目前に、不安と期待を混ぜながら祈りに臨もうとしていた。
(千年の節目……世界が何か大きく変わるのかもしれない。だが、俺の胸にあるのは……)
聖都全体が祝祭と祈りの熱気に包まれる中、ソーマの心だけは重苦しい影を引きずっていた。
(……もう一週間も探しているのに、手がかりすら掴めない)
あの日、雑踏の中で確かに見た――ユーサーの背中。
それからソーマは毎日、聞き込みを行った。
露店の商人、宿屋の主人、巡礼者――誰に尋ねても「知らない」と返されるばかりだった。
王都のギルドにも魔道通信機で確認したが、返答は変わらず「行方不明」のままだった。
胸に苛立ちと不安が絡みつく。
手元の地図を見返し、街の路地や広場のあらゆる可能性を頭に描きながら、ソーマは何度も人波を見つめた。
「……ソーマ、大丈夫か? 顔がこわばってるぞ」
ジョッシュが気安く肩を叩く。
「あぁ……悪い。気にしないでくれ」
言葉ではそう返すが、拳には知らず知らずのうちに力が入っていた。
焦りが、知らぬ間に体を緊張させていたのだ。
エルーナはため息をつきながら、少し冷ややかに言った。
「祭りの日に影を追い続けるのは不毛よ。今日はクリスが主役なんだから」
「……わかってる」
ソーマは返事をしたが、胸の奥の焦燥は消えない。
クリスがそっと囁いた。
「ソーマさん。……大丈夫です。祈りの日に不安を抱える必要はありません。きっと導きはありますから」
その言葉に、ほんの少しだけ心が和らぐ。
だが、完全に解けたわけではなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
聖都の大通りは、巡礼者で溢れていた。
白衣を纏った人々が道を埋め尽くし、花びらを撒き、讃美歌を口ずさむ。
露店では香辛料や聖水、奇跡の小物が並び、鮮やかな旗や飾りが街を彩っていた。
「すごいな……」
ジョッシュが思わず呟く。
「幻想的……」
エルーナは瞳を潤ませ、聖なる空気に包まれていた。
だが、ソーマの視線は常に人波を探していた。
背の高い影、マントの揺れ、振り返りそうな横顔――そのどれかを求め、無意識に首を動かしてしまう。
(いない……今日も、いないのか……)
落胆と苛立ちが交互に胸を締め付ける。
仲間たちの足取りを乱さないよう必死に取り繕うが、気づけば拳に力が入っていた。
彼は人々の肩を押し分けながら、視界の隅々まで探した。
聖堂の尖塔、鐘楼の影、路地裏……何度も振り返り、全ての人影に目を走らせた。
(……ユーサー、どこにいる……?)
心臓が早鐘のように打ち、焦燥が全身を駆け抜ける。
思わず立ち止まり、目を見開くが、視界には花びらにまぎれた巡礼者たちしかいなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕刻。
聖女と聖女候補たちが大聖堂に集う時間が近づいた。
空は茜色に染まり、鐘楼が荘厳に鳴り響く。
街の人々は大聖堂前に集い、広場には祈りの歌が重なり始めていた。
人波に押されながら歩むソーマの視界に、ふと見慣れた姿が映る。
「……あれ?」
紅髪のツインドリルに、かつて見た露出の高い扇状的な服装。
「ツィーナさん……!?」
思わず声が漏れる。人混みの向こうでツィーナは振り返った。
驚きに目を見開き、やがて信じられないものを見たように微笑む。
「ソーマ……久しぶりね」
ソーマは我を忘れて駆け寄った。
「なんでここに……!? いや、それよりユーサーは!? シオニーは……!」
矢継ぎ早の質問に、ツィーナは一瞬たじろぐも、すぐに落ち着いた声で答えた。
「安心して。大丈夫よ……実はアスエリスの森で魔物に襲われて少し遭難したけど、どうにか切り抜けたの。ユーサーも、シオニーもここにいるの」
「……っ!」
胸の奥で、長く締め付けられていた鎖が外れるような感覚。
ソーマは深く息を吐き、安堵の笑みを浮かべた。
「生きてたのか……」
ジョッシュが大げさに胸を撫で下ろす。
「見間違いじゃなかったんだな! あーよかった!」
エルーナも肩の力を抜いた。
「なら、もう探す必要はないってことね」
クリスも微笑む。
「良かったです……ソーマさんも、少し安心できますね」
ソーマはツィーナに真剣な声で告げた。
「ツィーナさん、すぐにでもギルドへ報告してくれ。行方不明のまま扱われているから」
「……えぇ、そうね」
ツィーナは微笑むが、その目にはどこか影が差していた。
一行は人混みに押されるように大聖堂へ歩を進める。
その背中を、ツィーナはじっと見つめ続けた。
唇がわずかに歪む。
――優しい受付嬢の笑顔の裏に、冷ややかで鋭い意図が宿っていた。
(……やっぱり来てたのね、ソーマ。ふふ……今夜は、きっと忘れられない夜になるわ)
鐘の音が一層強く鳴り響く。
いよいよ聖女会議の幕が上がろうとしていた――
久々登場のツィーナさんを覚えている人はいるのかしら?
作者も読み返して姿や口調を確認しています。
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