109:見失ったフラグ
白銀の鎧を纏った騎士団長バランは、納品された魔石を手に取り、光に透かして確認すると低く重い声で告げた。
「この魔石は――我らが聖大陸を覆う結界の維持に欠かせぬものだ。聖女の祈りだけで張り続けられていると思われがちだが、根幹を支えるのはこうした供給源だ。ひとつ欠ければ、聖域に裂け目が生じ、魔族が忍び込む危険すらある」
堂内に、緊張が走った。
ステンドグラスから差す光が魔石を照らし、虹色の煌めきが祭壇と仲間たちの顔を染め上げる。
(やはり……ただの納品じゃなかったんだ。大陸を守る楔そのものを、俺たちは運んでいたんだ……)
ソーマは思わず背筋を伸ばした。
クリスの横顔も、真剣に結界を見据えている。
「……ご苦労であった」
魔石を受け取ったバランは厳かに頷き、次いで一行へ視線を移す。
「そなたらの名を伺ってもよいか?」
ソーマたちが名を告げると、バランの表情がわずかに揺らいだ。特にジョッシュとクリスの名を聞いた時、その眉間に影が落ちる。
「ふむ……似た名を持つ知人がいたものでな。気にするな」
すぐに笑みを浮かべたが、その奥に何か含みがあるのは明らかだった。
ソーマは心の奥に小さな棘のような違和感を残したまま、深く頭を下げた。
「聖女会議までは一週間ある。聖女の卵のクリス殿と共に聖都を過ごすとよい。信仰の都を知ることも、また旅の糧となろう」
バランの勧めに従い、一行はクリスの案内で聖都の散策を始めることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
聖都アストレアの中心都市は、まさに信仰の結晶だった。
石畳の大通りには花々が飾られ、清らかな水路が道の両脇を流れる。
その水には小さな光粒が浮かんでおり、夜になれば星空のように街を照らすのだという。
「わぁ……すごい……」
エルーナの口から感嘆が漏れる。
聖都の美しさには瞳を輝かせずにはいられないようだ。
中央広場では巡礼者たちが膝をつき、祈りを捧げている。
旅人も商人も、みな白い布を頭に巻き、聖女への感謝を口々に唱えていた。
「ここは……世界で一番、創造神アストリア様に近い場所だから」
クリスの言葉には誇りと畏敬が込められていた。
市場に足を運べば、香辛料の芳醇な香りが漂う。
異国から集められた品々――砂漠の民が織った布、北方の氷原で獲れた魔獣の毛皮、聖女の加護を受けたとされる小瓶の聖水まで並んでいた。
「おいソーマ、これ見ろよ! 聖女の涙だってよ。たった一滴で千年腐らない水になるらしいぜ!」
ジョッシュが目を輝かせる。
「……高すぎるな」
ソーマは値札を見て苦笑した。
庶民には到底手が出ない額だ。
それでも、活気に溢れる聖都は不思議と人を惹きつける。
街全体が清らかな空気に包まれているようで、歩くだけで心が洗われていく気がするのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さらに人で賑わう大通りを歩いていたときだった。
ソーマの視界に、見覚えのある背中が映った。
「……ッ!」
呼吸が止まる。
人ごみの向こう、長身にマントを羽織った男。
その背筋、その歩き方――間違いない。
「ユーサー……?」
ソーマの口から漏れた名に、仲間たちが振り返る。
だが彼の耳には届かない。
ソーマは反射的に駆け出した。
「お、おいソーマ! どうした!?」
「待て!」
仲間の声が遠のく。
人々の肩をかき分け、視線を追う。
確かに――あれは【栄光の架け橋】のリーダー、行方不明と聞かされたはずのユーサーだった。
「待て……待てよ!」
必死に追う。
だが――
辿り着いた先に、ユーサーの姿はなかった。
「どこだ……どこに行った……!」
鼓動が早鐘を打つ。
周囲を見渡すが、そこにあるのは祈りを捧げる群衆、楽しげに笑う子供、露店を冷やかす巡礼者ばかり。
だが、確かに見た。
幻覚や見間違いなんかじゃない。
あの独特の歩き方、肩にかかるマントの色、振り返る直前にわずかに見えた横顔――
(……間違いない。ユーサーだった)
ソーマは歯を食いしばり、さらに路地へ駆け込んだ。
細い石畳の路地裏、静かな修道院の庭、鐘楼の影――隅々まで探すが、どこにもいない。
「ソーマ!」
追いついたジョッシュが肩を掴んだ。
「一体どうしたんだよ、そんな血相変えて」
「……ユーサーを見た。ここにいたんだ」
「はぁ!? ユーサーだって? 行方不明なんじゃ……」
ジョッシュの表情に驚きと疑念が入り混じる。
エルーナも険しい顔で言葉を重ねた。
「見間違いじゃないの?」
「違う。……絶対に、あれはユーサーだった」
ソーマの声は震えていた。
確信と不安、その両方で体が熱を帯びる。
ふと、背後から風が吹き抜けた。
振り返った瞬間、遠くの鐘楼の影が揺れ、そこに一瞬だけ人影が重なったように見えた。
(……あれは、偶然か? それとも……)
冷たい汗が頬を伝う。
まるで自分の焦りを嘲笑うかのように、影はただ静かに揺れているだけだった。
「ソーマさん……」
駆け寄ったクリスが心配そうに覗き込む。
その瞳は、聖女候補らしい優しさに満ちていたが、ソーマはうまく応えられなかった。
(ユーサー……本当にお前なのか。もしそうなら、なぜ姿を隠す? なぜ俺たちの前から消えたままなんだ……)
胸の奥がざわつく。
もし本物なら――なぜ俺たちから姿を隠す?
なぜ、影のように消える?
再会の喜びよりも、不穏な予感の方が強かった。
胸を締め付ける焦燥感に、ソーマは拳を強く握り締めた。
色々な伏線を張りつつ次回聖女会議開幕。
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